健康診断等で、高血圧を指摘された方は多いと思います。しかし、症状もないので何となく放置している方もいらっしゃいます。また、マスコミや関連本での間違った情報を信じて、高血圧をそのままにしている方もいます。しかし、これはとても危険なことです。
はっきり申し上げます、高血圧は治療が必要です。放置してよい理由はありません。私は、脳神経内科専門医として、脳出血や脳梗塞の患者さんを診ています。その経験で言えることは「血圧のコントロールをすることで、多くの病気を予防できる!」です。今回の記事は、血圧のコントロールをすることが、どれだけ病気による不幸を減らすことができるかをご紹介します。是非、高血圧の正しい対応を知っていただければと思います。
目次
1.高血圧とは
心臓から送り出された血液が、血管の壁を押す力が「血圧」で、これが一定以上に高い状態が「高血圧」です。心臓が収縮して血液が送り出されているときの最も高い血圧を「収縮期血圧」(上の血圧)、心臓に血液が戻ってきているときの最も低い血圧を「拡張期血圧」(下の血圧)と呼びます。
1−1.高血圧の基準
血圧は水銀柱を何ミリ・メートル(mm)押し上げる力があるか、つまり水銀柱の高さ(mmHg)で表します(Hgは水銀のことです)。健康な若い人では120/80mmHg(収縮期血圧/拡張期血圧)くらいです。「収縮期血圧が140mmHg以上」か「拡張期血圧が90mmHg以上」の場合を高血圧としています。どちらか一方が上回っていても高血圧です。
なお米国では、米国心臓病学会(ACC)と米国心臓協会(AHA)を中心に11の学術団体が連名で2017年11月にACC/AHA高血圧ガイドライン2017を公表。高血圧の基準値を25年ぶりに変更し、従来の140/90mmHgから、130/80mmHgに引下げました。
1-2.測定方法
通常外来では、水銀計血圧を測ります。しかし、診察室で医師や看護婦に測ってもらった血圧は高いが、自宅で自分で測ると正常という人もいます。白衣の医療スタッフの前では血圧がアップするという意味で『白衣高血圧』と呼びます。
この場合は、自宅での血圧を参考にします。家庭で測定した場合の高血圧基準はまだ決まっていませんが、「135/80mmHg以上」と考える医師が多いようです。なお、家庭で使う血圧計は、精度の面から指や手首で測るものよりも腕に巻いて測定する「上腕用」をおすすめします。
1-3.おすすめの測定タイミング
血圧は、変動します。その点を理解するためにも毎日の血圧測定をお勧めします。この場合の測定時間は、起床後かつ朝食前がお勧めです。この時間帯は、自律神経が睡眠中の副交感優位から、起床後の交感神経優位になるため、最も血圧が高く出るからです。
そのため、この時間帯での血圧が正常であれば、1日中の血圧も正常と考えられるのです。逆に言えば、この時間帯に心筋梗塞や脳出血も起こりやすいと言えます。
2.高血圧に症状はないから危険とは
高血圧にはどんな症状があるのでしょうか?
2-1.静かなる殺人者
高血圧による自覚症状は、普通はありません。これが重要な点で、症状がないからと放置していると、大変なことになります。徐々に体を蝕んでいっているわけで、高血圧が「サイレント・キラー」、つまり「静かなる殺し屋」と呼ばれるのもまさにこの点にあります。
2-2.症状があるときに測定するから血圧が上がっている
しかし、「フワフワしたから血圧を測ったら高かった」、「気分が悪いから血圧を測ったら高かった」と言う方がいますが、それは間違いです。体調が悪い時に、血圧を測ると高く出るのです。決して、血圧が原因でなく、血圧が高いのは結果でしかないのです。
時々、救急で若い先生が、めまいを訴えて受診された患者さんの血圧が高いことに対して、降圧剤を使うことがありますが、避けたい治療です。安静にして、めまいが改善すれば血圧は自然に下がるのですから。
3.高血圧を放置すると
高血圧を放置すると、全身の血管の動脈硬化性変化を進行させます。長年にわたる健康調査や生命保険の加入者調査などによって、血圧が高い人ほど心臓血管系の病気になりやすく、しかも死亡率が高く、こうした傾向はとくに収縮期血圧が140mmHg以上、拡張期血圧が90mmHg以上になると急に高まることがはっきりしています。
「たかが高血圧ぐらい」と考えがちですが、放置すると心臓や血管、さらに他の臓器にも障害をきたし、心不全(心臓の肥大)・脳血管障害(脳出血・脳梗塞)・冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)・腎不全(タンパク尿)・大動脈瘤・閉塞性動脈硬化症など、全身の臓器に病変が起こりやすくなります。
4.高血圧の原因は
高血圧と診断された方のうち、90%は本態性高血圧といって、「原因が明らかでない」高血圧であることがわかっています。
4-1.遺伝
「原因が明らかでない高血圧」というのは、原因が複数考えられるという意味で、「全く原因がわからない」というわけではありません。この「原因が複数考えれる」というものの一つに、「家族歴」が深く関係しています。つまり高血圧となる原因の一つに、遺伝因子が関係しているのです。
ちなみに、高血圧の研究に用いられる高血圧自然発症ラット(SHR)は、高血圧のラットを近親交配することにより作成 されました。つまり、親が高血圧の場合、人間でも高血圧自然発症ラットと同様に高血圧になる可能性が高いのです。
4-2.高血圧の原因は食塩ではない
近年の研究では食事による塩分摂取量と高血圧の間には、因果関係のないことがわかってきています。極端な減塩は、ストレスはもちろん他の健康被害をもたらすこともあるのです。詳しくは、以下の記事も参考にしてください。
4-3.ストレス
精神的なストレスが、高血圧の原因になっているという確かな証拠はまだありません。しかし、ストレスによって血圧が上昇するのは日常、しばしば経験することです。
例えば、退職に伴い、血圧が下がった患者さんもいらっしゃいます。入院して安静にするだけで、血圧が低下される方もいます。これは、リラックスすることで交感神経の緊張状態がとれて血圧が下がるためと考えられています。
5.高血圧の治療が、寿命を延ばした
収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧90mmHg以上の人では、薬で血圧を下げる降圧治療によって合併症や死亡率が下がることもわかりました。こうした状況は高齢の方でも同じことです。だから、「140/90以上」を高血圧にしているのです。
5-1.高血圧は余命を短くする
高血圧の長期化は、合併症により短命になりやすくなります(表:Pickening、1974)。若年から血圧が高い患者さんの余命は平均寿命よりかなり短くなります。もちろん、若年からの高血圧患者さんは、肥満や高脂血症などの他の要因も兼ね備えている場合が多いことも一因となっているのでしょう。しかし、持続的に高血圧の状態が続くことのデメリットは明らかです。
年齢 | 性別 | 正常血圧 | 高血圧(150/100以上) | |
余命 | 余命 | 余命の減少 | ||
35歳 | 男 | 41.5年 | 25.0年 | 16.5年 |
45歳 | 男 | 32年 | 20.5年 | 11.5年 |
女 | 37年 | 28.5年 | 8.5年 | |
55歳 | 男 | 23.5年 | 17.5年 | 6年 |
女 | 27.5年 | 23.5年 | 4年 |
5-2.正しい治療をして80歳代でも心肥大なし
高血圧を放置していると、心臓自体に負荷がかかり続けるため、心臓の壁が厚くなり、心肥大になります。しかし治療をすれば心肥大を予防することができます。先日も、50歳代から30年間降圧剤を服薬していた患者さんの心エコーを行ったところ、心臓の壁や動きに全く異常は認めませんでした。これなどは、血圧の正しいコントロールの賜物と言えるのです。
5-3.40歳代で脳出血
逆に、高血圧を指摘されたのに、経営者仲間の「血圧なんて下げないほうが元気だ!」と言った間違った知識を鵜呑みにされた40歳代の患者さんがいます。その結果、高血圧性脳出血を発症。生涯、左の完全片麻痺を残しました。患者さんの出血部位は、血圧さえコントロールされていれば、発症は予防できる被殻という部位でした。
6.降圧剤
血圧を下げる降圧剤の種類はたくさんあります。この章では薬について簡単に解説します
6-1.血圧を下げる薬は7種類
保険で認められている高血圧の薬は、基本は、血管を広げることによって血圧を下げます。作用機序の違いで下記のように大きく7種類に分類することができます。
- カルシウム拮抗薬
- β遮断薬
- ARB/ACE阻害薬
- 利尿薬
- α遮断/α2作動薬
- これら複数の配合剤
その全てが血管を広げて血圧を下げることには変わりがないですが、カルシウム拮抗薬であれば最終的に血管を広げるスイッチを阻害するし、α遮断薬とβ遮断薬であれば血圧を上げるノルアドレナリンがくっつく受容体をそれぞれ遮断して、ARBとACEは腎臓で腎血流を維持するための生理物質が血圧を上げてしまうのでそれを遮断、利尿薬は血液中の水分を外にだすことで血管に掛かる負荷を軽減することで血圧を下げます。
このように、高血圧の薬は作用機序が異なれば作用点が異なるため、仮に副作用が出ても、作用機序の異なる薬を使うことで、患者さんに合った薬を見つけることができます。
6-2.副作用への過剰な心配は不要
降圧剤の服用に対して、過剰に副作用を心配される方がいます。確かに副作用はあります。しかし、高血圧を放置することで発症する多くの疾患と比べれば、重大なものではありません。できれば、「素直」に服薬する方がメリットは大です。
6-3.サプリはあくまで予防
多くのサプリメントが発売されていますが、保険適応の薬に比べると効果は弱いものです。予防的に飲むならば問題ありません。しかし、高血圧の基準を満たした場合は、素直に医師から処方された降圧薬を飲むことが絶対です。
7.生活習慣での対策法
降圧薬治療以外にも生活習慣の改善は大事です。
7-1.肥満を改善する
肥満者はそうでない人に比べて、高血圧が2~3倍多いことがわかっています。肥満は高血圧だけでなく、糖尿病やこれに近い状態の「耐糖能障害」、「脂質代謝障害」になりやすく、心臓への負担もかけやすいので、心臓血管系合併症の危険因子が集積した状態となるのです。
7-2.酒はほどほどに
飲酒量が増えるほど血圧が高く、高血圧になりやすいこと、毎日飲む人やアルコール依存症の人では禁酒や節酒によって血圧が下がることがわかってきました。
高血圧の人への多くの医学的勧告では、1日のアルコール摂取量をビール大ビン1本、日本酒で1合、ウィスキーでダブル1杯までということになります。
7-3.適度の運動を
降圧を目的にした運動療法は、軽症の高血圧で心臓血管系の合併症がない場合が対象となります。手足の大きな筋肉が収縮・弛緩を繰り返す全身運動、例えば歩行、ジョギング、自転車、ゆっくりとした水泳などが適しています。
7-4.カリウムを十分に
意外に知られていないのがカリウムの効果です。体内の重要なミネラルの一種であるカリウムは、野菜、果物、豆、いも類に多く含まれていて、摂取が多いと血圧を下げる働きがあります。逆に摂取が少ないと、血圧を上げるように働くので、いま挙げた食品を十分にとる必要があります
7-5.禁煙と低脂肪食
喫煙は心臓血管系の病気の重要な危険因子ですから、禁煙は降圧治療の目的を果たすための必須条件です。また、血圧との直接の関係はありませんが、動脈硬化の進展防止、冠動脈疾患の危険因子を減らすために、低脂肪食、低コレステロール食にし、魚類を多くとるように心がけましょう。
8.間違った情報(認識)の例
高血圧に対する間違った情報が氾濫しています。
8-1.血圧の薬は、一度飲み始めると一生飲み続けないといけない
決して、血圧の薬を飲んだせいで、一生飲み続けないといけないような状態になるわけではありません。もともと、高血圧の素因を持っている人は、放置すれば長生きできない人達なのです。この人達が、血圧の薬を飲み続けることで、血圧が正常な方と同じように長生きができるようになるのです。
8-2.血圧の薬を飲むと血管がぼろぼろになる
これは全く間違っています。血圧が高い状態を放置すると、動脈硬化性変化が悪化して、血管がボロボロになるのです。血圧の薬を飲むことで、血管がボロボロになることを防ぐのです。
8-3.○○したら血圧が下がる
本や雑誌の、「○○したら血圧が下がる」は嘘とは言いませんが、あまり信用しないでください。少なくとも医師であればそんなことは言いません。先日も結構売れている「薬に頼らず血圧を下げる方法」という本を読みました。著者は、薬剤師さんです。本当に脳血管障害を診てきた専門医かららすると、患者さんが鵜呑みにして標準治療を放棄することになる恐れがあり、ととても危険だと感じました。
9.まとめ
- 高血圧は、心不全・脳血管障害・冠動脈疾患・腎不全・大動脈瘤・閉塞性動脈硬化症など、全身の臓器に影響を与えます。
- そのため、高血圧を指摘されたら症状がなくても、治療をお勧めします、
- 巷にあふれる高血圧の間違った情報に、振り回されないようにしてください。