令和2年8月29日に加山雄三さんが、小脳出血で救急搬送されました。新聞報道では、「せき込んだことが原因で小脳出血を引き起こしていた」と報道されています。しかし、脳神経内科専門医としては、最初に小脳出血が起こって、その後、飲んだ水を誤嚥してせき込んだと考えられます。
このように脳出血は、突然発症し、亡くなったり、重篤な後遺症を残す病気です。そのため、多くの患者さんの家族が、「脳出血は突然起こるのですね!」と驚かれます。脳神経内科専門医としては、「脳出血は予兆もなく、突然起こります」とお答えするしかありません。
皆さんも想像してみてください。日々の生活の中で突然命を落としたり、重い後遺症を残したら、家族、仕事、周囲に多大な影響を及ぼすのではないでしょうか? 脳出血は人間に急速にそのような事態をもたらす恐ろしい病気です。
しかし、脳出血は血圧のコントロールや、検診で早期発見・予防することが可能です。今回の記事では、脳神経内科医専門医の長谷川嘉哉が、脳出血の症状、原因、治療法、予後について解説します。
目次
1.脳出血とは
脳出血とは何らかの原因により脳の血管が破れてしまい、脳の中に出血を起こす病気です。血管から溢れた血液は血腫という血の塊を作ります。その血腫が脳に直接ダメージを与えたり、また、血腫が大きくなることや脳のむくみ(浮腫)により頭蓋骨の中の圧が高まり、正常な脳を圧迫することで脳の機能に様々な障害を生じさせます。
重篤な場合は、決められた容積しかない頭蓋内で、脳の浮腫が進行することで、生命を維持するうえできわめて重要な延髄を圧迫します。その結果、心停止もしくは呼吸停止となり死に至るのです。
2.脳出血は2種類ある、とは
脳出血には以下の2種類があります。
2-1.クモ膜下出血
クモ膜下出血は脳動脈瘤と言われる血管のふくらみが、ある日突然破裂することによって起こります。好発年令は50〜60才台ですからまさに働き盛りの世代を突然襲う病気です。発症確率は女性が2倍多く、危険因子は、高血圧・喫煙・多量の飲酒です。
脳動脈瘤は血管の分岐部の血管が弱い場所に風船のように発生します。通常血管は弾性に富む強い組織ですが、血管の弱い箇所から発生する動脈瘤は強い構造を有していません。ですから動脈瘤は破裂し、クモ膜下出血を起こすのです。
2-2.脳内出血
脳内出血の原因は主に高血圧です。脳の中の細い血管は脆く、さらに血圧の負荷が強くかかる場所であるため、長期間の高血圧にさらされるとより一層脆くなります。そうすると、脆くなった血管の壁の一部に裂け目ができ、その部分にさらに圧が加わることで血管が破裂して脳出血を引き起こします。
3.症状1・突然死するのがクモ膜下出血
直前まで何の症状もなかった人が、突然亡くなる病気の代表的な疾患が、クモ膜下出血です。新聞の死亡欄でもよく見かけますし、ご家族や友人や芸能人でクモ膜下出血になって、亡くなったり寝たきりになった方もいらっしゃると思います。
脳動脈瘤はよほど大きくなって周囲の組織を圧迫しない限り、何の症状もありません。ですから元気な人でも突然脳動脈瘤が破裂してクモ膜下出血となる可能性があるわけです。脳血管障害全体の死亡率は年々減少してきましたが、くも膜下出血の発症数や死亡数は殆ど変化がありません。年間2万人程度の人が発症します。発症するとおよそ3分の1の方が死亡し、3分の1の方が障害を残しますが、残り3分の1の方は元気に社会復帰することができます。
4.症状2・脳内出血は部位によって多彩な症状を現す
脳出血の起こりやすい部位はある程度決まっており、頻度の高い部位とそれぞれの症状の特徴があります。
4-1.被殻(ひかく)出血
頻度は最も高く、脳出血の40〜50%程度を占めます。片麻痺の運動障害が強く出ます。
高血圧を放置した場合に、起こしやすい部位です。私は外来で、40歳代で脳内出血を起こされた患者さんの頭部CTをみて、「○○さんは、典型的な部位ですね」とご説明したことがあります。その説明に患者さんは驚かれたようです。なぜなら患者さん自身は、40歳代に脳出血を発症したため「特別な病気」にかかったと思われていたようです。しかし、高血圧を放置すると最も起こしやすい部位に出血したに過ぎなかったのです。
私は、高血圧のコントロールの重要性を理解いただくために、講演ではこのエピソードをご紹介するようにしています。
4-2.視床
脳出血の30%程度を占めます。高齢に伴い、頻度が増える部位です。片麻痺といった運動障害の程度は軽いのですが、感覚障害が強く出ます。なかでも耐えがたいしびれ・痛みを視床痛と呼びます。このしびれ・痛みは、消炎鎮痛剤が効果がないことが多く、ほかにも決定的に効果があるものがないのが現状です。
視床痛に対しての理解のない医師にかかると適切な対応をしてもらえないことも多いものです。脳神経内科専門医では、抗てんかん薬・神経性疼痛緩和薬・抗うつ剤・漢方薬などを組み合わせることで対応します。
4-3.皮質下
脳出血の10〜20%程度を占めます。症状としては、視野の半分が見にくくなる半盲を訴えることがあります。しかし、運動障害はほとんど起きないため、病院に受診しないで自然に改善することもあります。
皮質下出血の原因は、脳の血管に加齢により発生する異常蛋白(アミロイド)という物質が沈着し血管が脆弱化。これにより出血するものです。70才以上の高齢者に多く、「高血圧の有無に関係なく再発率が非常に高い」という特徴をもっています。
4-4.小脳
脳出血の10%程度を占めます。強烈な回転性めまいで発症します。高齢者が、めまいを訴えることは多いものです。症状があまりに強く、立ち上がることも、歩くこともできいないような場合は、頭部CTを取ることが必要です。
4-5.橋
脳出血の10%程度を占めます。橋は脳幹の一部のため、発症直後は呼吸抑制が強く起こり、生命的危険が高くなります。その後、生命的危険性を脱した後も、嚥下障害や構語障害を残します。
5.クモ膜下出血の治療方法は
クモ膜下出血の治療の第一目的は再破裂の防止です。
5-1.ネッククリッピング
全身麻酔下で頭蓋を開け、動脈瘤のネックを金属製のクリップで挟んで、動脈瘤に血液が行かなくなるようにします。この手術は発症から72時間以内に行うのが原則です。
5-2.血管内手術(コイル塞栓術)
最近ではネッククリッピングの代わりに血管内手術という方法も行われます。これは血管造影と同じように股の動脈からカテーテルを入れ、これを脳動脈瘤の中まで持っていってプラチナでできた細いコイル(GDCコイル)でパックする方法です。コイル塞栓術ともいいます。
股の動脈に針を刺すだけですから、ネッククリッピングよりも患者さんにとっては負担が少ない方法です。そのため、コイル塞栓術は直接手術が難しい場所の脳動脈瘤や重症者・高齢者の場合に多くおこなわれます。
6.脳内出血の治療
脳内出血は、基本は内科的な保存的治療を行います。
6-1.降圧剤と抗浮腫剤
脳出血急性期は外科的治療の有無に関わらず、降圧薬による血圧のコントロールが基本となります。同時に、脳出血では脳がむくむ(脳浮腫)ことにより頭蓋骨内の圧が高まり、正常な脳組織を圧迫することで致命的になりうるため、脳浮腫を改善させる薬を使用します。
6-2.血種除去
出血量が多い場合は、外科的に血種除去術を行います。手術には開頭血腫除去術と定位的血腫溶解除去術があります。
- 開頭血腫除去術:意識障害が強く出血が大きい場合に行われます。開頭といって骨をはずして脳を一部分切開して出血を吸引する方法です。脳の腫れが強いときは骨をはずしておくこともあります。(もちろん良くなれば後でまた手術をして骨を戻します。)
- 定位的血腫溶解除去術:出血が中等度で意識障害は軽いが麻痺が強い場合に行います。頭蓋骨に穿頭と言って小さな穴をあけ、特殊な装置で出血の中心部に1mm以内の誤差でチューブを挿入し、血腫を吸引する方法です。
7.健康面と金銭面での予防方法
脳出血は早期発見・予防することができます。
7-1.検診で動脈瘤を見つける方法
脳ドックで、頭部のMRAを受けましょう。頭部MRAは磁気共鳴という物理現象を利用して、血管を立体画像として映し出す検査です。動脈硬化が進行して血流が細くなっている血管を見つけることで脳梗塞を早期発見できます。動脈瘤を発見することでクモ膜下出血を早期発見できます。頭部MRAで異常がなければ2年間は脳梗塞や脳出血を発症する可能性はかなり低いと言えます。
クモ膜下出血の早期発見のためには絶対に欠かせない検査です。時々、人間ドックでMRIだけ撮影してMRAは検査されていない方がいらっしゃいます。必ずMRAも含めるようにしましょう。
7-2.血圧のコントロールが絶対
脳出血の予防法は、クモ膜下出血も脳内出血も血圧のコントロールに尽きます。大規模な調査では血圧が140/90mmHg以上では、優位にそうでない人の群と比べて脳出血が多かったといわれています。いずれにしても高血圧があればきちんと降圧剤を飲んで予防するに限ります。
脳出血が昭和50年を境に減少の一途をたどっている理由の一つは食生活の変化ですが、もう一つは降圧剤の予防効果と言っても過言ではありません。事実重症の意識障害を来たして運ばれてくる脳出血患者さんのほとんどが、高血圧があっても放置していた人か、もしくは高血圧があるのに途中で薬を止めてしまっている人なのです。
7-3.後遺症として麻痺になった際の保険
脳出血を起こした場合、後遺症として片麻痺を残すことが最も多いのです。しかし、片麻痺だけでは高度障害認定されることは、通常の生命保険では難しいです。その中でも、ソニー生命の生前給付保険は高度障害の適応でない片麻痺でも支払われます。
ソニー生命の生前給付保険は支払事由が、「従来の要介護2以上と高度障害、死亡に加え身体障害者手帳1~3級」です。高度障害の適応にならない、片麻痺になっても死亡保険と同等の金額が支払われます。ファイナンシャルプランナー資格をもつ脳神経内科専門医の長谷川が絶対的にお勧めする保険です。以下の記事も参考にしてみてください。
8.アルコール多飲は最大のリスク
脳梗塞や心筋梗塞のような、血管が詰まることにより発症する疾患は、適量の飲酒がリスクを下げます。
*適量の飲酒:日本酒なら1合相当、ビールなら350㎖程度
しかし、脳出血については、飲酒しないことが最もリスクを減らします。
つまり、「脳梗塞・心筋梗塞のためには適量の飲酒が望ましいが、脳出血は飲まないほうが良い」のです。ならば、どうすれば? 結論は、「好きなら適量を飲んでください。嫌いなら、無理して飲むことはありません」です。
ただし、アルコールの大量飲酒歴のある方は、それによって血管壁が弱くなっています。そのため死亡リスクが高まっているのです。救急で軽い脳出血で入院された患者さんが、その後に再出血を起こして亡くなることが多いのです。そのため、私が勤務医のころは、アルコール多飲歴がある患者さんには、通常よりも厳しい説明をしていたものです。
9.まとめ
- 脳出血は、突然死亡したり、重い後遺症を残す怖い病気です。
- 内科的保存療法を基本として、時に手術を行います。
- 脳出血は、早期発見・予防も可能です