先日、「大いなる不在」という映画を見てきました。主人公が認知症に罹患しており、周囲や家族が困っている姿が描かれていました。認知症専門医としては、驚くべき症状でもなく、適切な医療と介護で十分対応できるレベルでした。しかし映画の中では、適切どころか、全く対応されることなく最終的に警察が関わることになってしまいます。これでは、視聴者は「認知症は大変」という不安だけが煽られてしまいます。今回の記事では月に1000名の認知症患者さんを診察する専門医が、認知症は映画ほど大変でないことをご紹介します。
目次
1.認知症は周辺症状で困る
そもそもですが認知症は何が困るのでしょうか?そして認知症は誰が困るのでしょうか?確かに本人自身が、物忘れに困ることはありますが、周囲にはそれほどの影響はありません。それよりも、中核症状としての物忘れが進行し、幻覚・妄想・易怒性・介護抵抗といった周辺症状が出現すると本人でなく、周囲が困るのです。そのため、映画やドラマでは、観客を煽り・不安にさせるために認知症の周辺症状を過剰に描くのです。
2.藤竜也さんの病名・進行度は?
映画の中では若い頃はイケメンで定評のあった藤竜也さんが認知症の役を演じています。実際に診察をしていませんが、認知症専門医であればおおよそ診断がつきます。認知症の症状として、物忘れから始まり、妄想・易怒性・幻覚といった周辺症状が出現しています。認知症の評価スケールであるMMSEであれば、30点満点の15点を切っていると予想されます。そこまで認知症が進行しても、運動機能は保たれており、歩幅も正常で、姿勢も維持されています。以上から、認知症の中でも、アルツハイマー型認知症の重度と診断されます。私の著書『ボケ日和』で紹介した、認知症の進行を春夏秋冬の季節で分けるなら、すでに春や夏ではなく秋の段階ですから周囲はかなり大変です。
3.適切な医療的対応は?
まずは専門医を受診して、画像診断・MMSE等の神経心理テスト、血液検査を行って確定診断をします。ただし、ここまで進行していると、私が映像と症状だけで診断した「重度アルツハイマー型認知症」である可能性はかなり高いです。ここから医学的な対応ですが、専門外の先生の中には、抗認知症薬の特性を理解していない方もいらっしゃいます。安易に、抗認知症薬の中でも、アリセプト、レミニール、リバスタッチパッチというアクセル系の薬を使ってしまうことがあります。そうなると、周辺症状に油を注ぐようにさらに悪化してしまいます。今回の藤竜也さんのケースではブレーキ系のメマリーを柱に、漢方の抑肝散を追加。さらに効果が不十分出れば抗精神病薬の少量投与が必要です。これらの治療で7~8割の患者さんは、穏やかになり、妄想や易怒性も改善します。
認知症の薬については以下の記事も参考になさってください。
4.適切な介護的対応は?
映画の中では介護申請すらしていませんでした。介護の基本は、まずは介護申請。今回の藤竜也さんのケースでは間違いなく介護度が付きます。少なくとも介護度2、周辺症状が出現している点を加味すれば介護度3でもおかしくありません。まずは在宅サービスとして訪問介護、通所介護から開始、適宜ショートステイも組み合わせます。もちろん並行して医療的処置で穏やかになっていただく必要があります。結果、在宅生活が可能になることも多いものです。しかし、介護者が再婚した奥様一人である点を考えると、どこかで施設入所も検討する必要があります。
5.認知症を過剰に恐れることはない
認知症は、正確な診断のもと適切な医療・介護的対応をすれば、中核症状から周辺症状に移行しても恐れることはありません。仮に、メマリー等の薬で周辺症状がコントロールできなければ精神科病棟での入院・治療も可能です。つまり映画やドラマで描かれるような、どうにもならない認知症というものは殆どないのです。もう少し、認知症を描かれる方々には勉強をしてもらえると嬉しいです。
6.まとめ
- 映画やドラマでは認知症の大変さを過剰に描く傾向があります。
- 特に周辺症状の大変さが描かれますが、実際は薬でかなりコントールできます。
- 映画ドラマで描かれる認知症に、過剰な不安を持つ必要はありません。