映画「アリスのままで」レビュー・専門医が語る若年性認知症の現実

映画「アリスのままで」レビュー・専門医が語る若年性認知症の現実

映画「アリスのままで」(2014年・米国)は、若年性アルツハイマー型認知症になった女性とその家族の姿を描いた名作です。主演のジュリアン・ムーアは、この映画でこの年のアカデミー賞主演女優賞を受賞しました。

映画の主人公、ニューヨークのコロンビア大学で教鞭をふるう50歳の言語学者アリスは、ある日来賓として招かれた講演中に、突然言葉が出てこなくなりました。さらにジョギングをしている最中、自分がどこにいるか分からなくなってしまうということも。また、アリスは怒りやすくなりました。心配したアリスは自ら病院を受診。そこで若年性アルツハイマー型認知症(以下、若年性アルツハイマー)と診断されたのです。映画はアリスの病いの進行過程をもとに、本人と家族の有様を繊細に描いているものです。

認知症のご家族は、認知症についてはとても関心をもち、関連の本や映画もよく見られています。ときに外来で映画の内容についての質問をされることがあります。そのため、私はそれなりの回答ができるように、認知症関連の映画は極力観るようにしています。

ではこの映画を認知症専門医である私、長谷川嘉哉はどう観たか、またこの映画の背景となった「若年性アルツハイマー」の実際について今回はお伝えします。

目次

1.認知症専門医として「アリスのままで」をどう感じたか

この映画は、若年性アルツハイマーという病気がストーリーの最も大きな要因となっています。専門医として解説します。

1-1.ムーアの演技は

若年性アルツハイマーを題材にした作品は、日本では渡辺謙主演の『明日の記憶』、韓国映画『私の頭の中の消しゴム』などありますが、どうしても、感情移入で涙腺を刺激するようなものが多いものです。

しかし、この映画は、とてもクールでシビアな映画に仕上がっていたのが意外でした。ヒロインの若年性アルツハイマーの進行を淡々と見せていくという内容で、愁嘆場がほとんどない作りになっています。認知症が進行し、覚醒度が落ちてきた雰囲気も、とてもリアルでした。そのため現実を知る専門医としても、安心して観ることができました。

1-2.症状や進行過程はどうか、老人性との違い

若年性アルツハイマーを発症した場合、老人性の認知症に比べ、進行は急激です。映画の中では、「自宅のトイレの場所が分からなくなり尿失禁してしまう場面」も描かれていました。私の外来でも自宅内で迷子になるのは若年発症の方が殆どです。

アリスは、前もって将来の自分に対して認知症が進行した場合は、自殺をするように自分自身にメッセージを送っています。しかし、進行したアリスは自殺を遂行できないほど、認知症が進行してしまっていました。このように若年発症の認知症の場合、自殺しようとするときには自殺することさえできない状態は実際に多いものです。

Unhappy Businesswoman Sitting In Office
「どうしたらいいか分からない」ことに悩むうちに、どうすることもできなくなります

1-3.遺伝子検査が進んでいる米国の医療界

日本に比べ、アメリカは遺伝子検査も進んでいます。さらに、子供それぞれの意志によって遺伝子検査を受けるか否かの選択をしている点も驚きでした。アリスのケースは、プレセネリンの遺伝子異常とされていました。映画内では、親の責任として3人の子供に遺伝する可能性がある認知症であることを話していました。結局2人の子供が遺伝子診断を受け、長女は遺伝子陽性、長男は陰性。次女は検査を拒否したのです。

1-4.介護環境面では

アリスのご主人は医師であり経済的問題はなさそうでした。そのため介護者を雇ったり施設への入所も検討されていました。誰もがこのような充足した態勢を敷くことができるかどうかは、米国でも日本でも少々疑問が残ります。

Lady talking to nurse
現状では誰しもがアリスのように最高の環境で介護を受けられるわけではありません

2.若年性アルツハイマー型認知症の実際とは

映画の世界とは違い、自分ごとに置き換えると、現実的な問題として考えることがいっぱいあります。ちなみに、若年性アルツハイマーは65歳未満で発症する認知症のことです。

若年性と高齢者での認知症では、病理的な違いはないため、ともに診断名に“アルツハイマー”がついています。しかし、病気の勢いが全く違います。高齢者のアルツハイマー型認知症は、年単位で進行することが多いのですが、若年性アルツハイマーはときに月単位で進行することさえあるほど急激です。

2-1.若年性アルツハイマーの頻度

自分も若年性アルツハイマーになったら、どうしようと心配になった人も多いと思いますが、患者数は調査時点で4万人弱です。

老人性アルツハイマー型も含めたアルツハイマー型認知症のうち4〜5%が若年性とされています。2009年に発表された若年性アルツハイマーの調査によると、 男性の方が女性よりも多く、推定発症年齢の平均は約51歳です。


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2-2.誰でも起こりうる

原因については、映画のように遺伝性をもったものも報告されていますが、9割以上は明確な遺伝性を持っていません。

「遺伝がないから(親族に同様のケースがないから)安心」ではなく、つまり「誰でも若年性アルツハイマーにはかかる可能性がある」のです。

2-3.発症しても進行を止められる可能性はある

私の臨床経験では、アリセプトの最大容量である10mgを処方することで10年以上進行が止まっているケースを数例経験しています。そのため、若年性アルツハイマーの患者さんには、通常の第一選択肢であるリバスタッチ/イクセロンパッチの処方ではなく、最大容量10㎎の投与を見越してアリセプトを処方します。しかし、残念ながら多くは急激に進行し、自宅での介護が困難となり施設入所となります。

そして、最後には口からの食事がとれなくなって、胃ろうを作るか否かの決断を家族がしなければならなくなります。ちなみに米国では認知症患者さんの末期に胃ろうが導入されることは絶対にありません。しかし、日本では若年性アルツハイマーの患者さん発症年齢が若いこともあり、多くは胃瘻ろう導入されることが多いようです。

胃ろうをやるべき人、しない方がいいだろう人については以下の記事にて詳細に解説しています。

1-4.若年性アルツハイマーの問題

頻度的には、高齢者のアルツハイマー型認知症に比べて少ない若年性アルツハイマーですが、病気以上に大変なことがあります。

それは日々の経済的問題をどうするかです。映画のように仕事を失っても家族が家計を維持しながら充実した医療介護を受けられることは、なかなかありません。

この病いは急激に症状が進行するため、職場でも問題になることが多く、退職を勧められるケースも多々あります。しかし、一家の大黒柱がいきなり職を失ってしまうことは大問題です。

私の患者さんでも、あまりに仕事を覚えることができないため、同僚がノイローゼ気味になり退職を勧告された方がいらっしゃいます。結局、退職を受け入れたのですが、住宅ローンを滞納、銀行による自宅の競売後、自己破産、生活保護となってしまいました。

このような悲劇を産まずに、不幸を最小化する知識を以下の記事でお伝えしています。

3.専門医が想像する「アリスのままで」の結末

この映画は最後、この家族がどうなっていくかが皆さんの想像に任される形で終わり、多少モヤモヤしたと思います。ですので自分なりに想像してみます。

きっとアリスは、自宅で家族に囲まれ、穏やかな最期を迎えることができたのだと思います。なぜなら静かに流れる映画のなかでも、患者さん自身が「自分の最後に対する明確な意志」を持っているからです。そして、そんな意志を受け入れる理解ある御主人や子供たちにも恵まれているからです。

さらに、十分な介護を受けられるだけの経済的な余裕にも恵まれています。そして何より食事がとれなくなっても胃瘻を導入する事がないアメリカの実情が大きいのです。

ちなみに映画の中では、後半は寝ていることが多くなっています。この状態は、傾眠というよりは神経細胞の減少が進行し、覚醒度が落ちてきているのです。こうなると自ら、食事をとる意志も無くなり経口摂取が不可能となっていくのです。この段階を医療の現場では「拒食」と表現します。(脳血管障害の場合は、食べる意志があってもうまく食べられない状態になります。こちらは嚥下障害といいます)

仮に、この映画の舞台が日本で、患者さん自身に明確な意志がなく、家族もいない。さらに経済的にも余裕がなければ、入院後胃ろうが増設され、医療・介護施設をたらい回しになるうちに亡くなることになります。穏やか最期を見迎えるには、自分自身の意志、家族、経済力、そして胃ろうを導入しないことが重要なのです。

4.まとめ

  • 映画として、映画「アリスのままで」はお勧めです。
  • 映画を観ることで、誰でもなる可能性のある若年性アルツハイマーについて理解することができます。
  • 胃ろうを導入しないアメリカでは、主人公のアリスは、自身の意志、それを受け止める家族、経済的余裕から幸せな最期を送ったと思います。
長谷川嘉哉監修シリーズ