私は5年日記を25年間続けています。
この話をすると、決まって聞かれる質問があります。
「どうやったら、そんなに続けられるんですか?」
――申し訳ありませんが、この質問をした時点で、その人は“継続には向いていない”可能性が極めて高い。
これは意地悪でも、根性論でもありません。
むしろ、長年の臨床と観察から導き出された、かなり冷静な結論です。
目次
1.継続できる人は「方法」を聞かない
5年日記を25年続けるために、特別なノウハウが必要でしょうか。
高価なペン? 特別な時間管理術? モチベーション維持法?
答えはすべて NO です。
必要なのは、
・毎日やる
・気分に左右されない
・やるかやらないかを考えない
ただそれだけ。
つまり「どうやったら続けられるか?」という問いそのものが、
すでに 継続を“イベント化”している証拠 なのです。
続く人は、始める前から
「続けるかどうか」を選択肢に入れていません。
2.我が家の異常な(?)事例
我が家では、父も姉も、そして3人の娘たちも、5年日記を続けています。
父に至っては10年日記です。
誰一人として
「三日坊主になったらどうしよう」
「忙しい日は無理かも」
などと言ったことはありません。
淡々と、当たり前のように書いている。
これは家庭環境の影響もあるでしょう。
しかし、それだけでは説明できない“差”が、確実に存在します。
3.残酷だが否定できない「遺伝的要素」
継続力には、かなりの程度遺伝的要素が関与していると私は考えています。
・衝動性の低さ
・報酬を先送りできる能力
・ルーティン耐性
・感情に行動を支配されにくい気質
これらは、努力だけで簡単に書き換えられるものではありません。
臨床の現場でも、
「運動が一生続く人」
「薬を正確に飲み続けられる人」
「生活リズムが崩れない人」
には、明らかな共通点があります。
逆に、続かない人も驚くほど一貫しています。
4.継続できない人が必ず口にする言葉
ここで、私が長年聞いてきた
「継続できない人の常套句」 を挙げましょう。
・「時間ができたらやります」
・「余裕があるときに始めます」
・「気分が乗ったら」
・「モチベーションが続かなくて」
・「完璧にやりたいので」
これらの言葉に共通するのは、
自分の行動を“感情任せ”にしている点 です。
感情に主導権を渡した瞬間、継続は終わります。
5.継続は「才能」であり、「向き不向き」がある
これは厳しい現実ですが、継続は努力ではなく 資質 です。
筋トレが得意な人、語学が得意な人がいるように、
「同じことを続けられる人」と「続けられない人」がいます。
だから私は、
「続けられない自分を責める必要はない」
とも思っています。
ただし一方で、
続けられない人が、続けている人に方法を聞いても意味はない。
これははっきり言っておきたい。
6.それでも日記を勧める理由
では、継続できない人は日記を書く価値がないのか。
そんなことはありません。
・3日書いてやめてもいい
・1年空いても、また書けばいい
・形にこだわらなくていい
ただし、「一生続けたい」と思うなら、
まず自分の気質を正確に理解することです。
「自分は継続型の人間なのか?」
それを見誤ると、人生は無駄な自己嫌悪で満たされます。
7.最後に
25年間、5年日記を書き続けてきて思うのは、
日記が人生を変えたのではありません。
「続けられる自分」という事実が、人生を静かに支えてくれた
それだけです。
もしあなたが今日、
「どうやったら続けられますか?」
と聞こうとしたなら――
まず、その問いを手放すことから始めてください。
継続は、問いではなく、性質です。
そしてそれを受け入れた人だけが、
淡々と、強く、生き残ります。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。