私は、1万人を超える保険販売員の前で講演をしてきました。その際に不思議に思ったことがあります。それは、保険業界では「脳卒中」という言葉が普通に使われているのです。私自身は医師になって32年、「脳卒中」なんて病名は使ったことがありません。今回の記事では、脳神経内科専門医の中では「脳卒中」という言葉が死語である理由についてご紹介します。
目次
1.脳卒中という言葉は古すぎる
そもそも「卒中」という言葉自体が古いものです。昔、人が突然意識を失って倒れ、昏睡状態になるような発作を目にしていた人が、「卒中」と呼んだのです。ちなみに意識はあるが半身に麻痺を残るような状態は、「中気(ちゅうき)」あるいは、「中風(ちゅうふう)」と呼んでいました。つまり脳卒中という言葉は、中気や中風と同じほど古い言葉なのです。
2.脳卒中を今の言葉で言うと?
脳卒中とは、現代医学では脳血管障害といいます。脳血管障害は、脳の病気の総称であり、大きく分けて以下の3つに分類されます。
2-1.脳梗塞
脳の血管が詰まって血が通らなくなって、脳の一部が死んでしまう病態。脳血管障害の約76%を占め、最も頻度が多いです。
2-2.脳出血
脳の内部にある血管から出血して脳自体が障害を受ける病態。脳血管障害の約18.5%を占めます。
2-3.くも膜下出血
脳の表面にある血管に動脈瘤ができ、瘤が破れることで脳の表面がダメージをうけてしまう病態を言います。脳血管障害の約5.6%を占めます。
3.CT技術が脳卒中を死語にした
なぜ脳卒中という古い言葉が、用いられていたのでしょうか?これは頭部CT検査の発明と普及によります。CTがない時代には、脳卒中の中の3つの疾患、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血は、症状での鑑別は難しかったのです。いずれも突然意識を失うと点では同じであり、「脳卒中」という言葉はとても便利だったのです。
しかし、頭部CTという技術が開発され、1975年8月26日国内初のCT検査が行われてからは、その鑑別はとても簡単になりました。頭部CTを撮れば一瞬で3つの病態の鑑別が可能となったのです。その後、頭部CT検査は普及してからは、医療現場で「脳卒中」という病名をつけることはなくなったのです。
4.保険会社さんへのお願い
保険会社さんには、ファイナンシャルプランナー資格をもつ脳神経内科専門医として以下のお願いがあります。
4-1.脳血管障害への名称変更を
さすがに脳卒中という言葉は古すぎます。そしてその言葉を使っている保険販売員さんにセミナーでこの話をすると、初めて知った方が大半です。保険加入者としては、保険販売員にはできるだけ多くの知識を持っていただきたいものです。その保険販売員さんが医療の現場では使われてもいない「脳卒中」という言葉を平気で使っていると信頼感が落ちてしまいます。業界を挙げて「脳卒中」を「脳血管障害」に変更してもらいたいものです。
4-2.同時に、片麻痺でも保障
同時に保険業界の方には脳血管障害に伴う片麻痺に対する保障についても見直してもらいたいものです。現状、多くの方加入している死亡保険金では片麻痺は、高度障害の適応がないため、保障されていません。保険加入者は、そのことを知りません。何しろ保険販売員さえもそのことに気が付かずに販売しているのです。片麻痺と高度障害については、以下の記事も参考になさってください。
4-3.さらに言えば高次脳機能障害も
脳血管障害の症状の中に、高次脳機能障害というものがあります。高次脳機能障害の第一の特徴は、見た目は正常に見えることです。しかし、記憶力が低下したり、物の認識力が低下したり、人格が変わってしまうことで、従来の仕事はできなくなるのです。高次脳機能障害は、「見えにくい障害」といわれ、検査などで他覚的に診断することもできないため、保険での対応も困難です。現状、高次脳機能障害に対応できる保険は殆どありません。高次脳機能障害への対応できる保険の開発を期待したいものです。高次脳機能障害については、以下の記事も参考になさってください。
5.まとめ
- 頭部CTが普及してから、医療現場では脳卒中という病名は使われません。
- なぜか保険業界では、脳卒中という言葉が使われ続けています。
- 保険販売員さんの信頼感を維持するためにも業界を挙げて「脳卒中」を「脳血管障害」に変更してもらいたいものです。