医師として日々臨床の現場に立つ中で、理学療法士(PT)・作業療法士(OT)の存在の大きさを痛感しています。とくに回復期や慢性期のリハビリにおいては、彼らの観察力、知識、技術は非常に高度で、私たち医師が思いつかない視点や介入を提案してくれることもしばしばあります。実際には、リハビリ現場では医師よりもPT・OTのほうが患者さんの身体の変化をつぶさに捉え、きめ細かいアプローチを実践しています。しかし日本の制度上、彼らは「医師の指示の下で働く」立場であり、独立開業が認められていません。一方で、按摩・マッサージ師や、無資格のリラクゼーションマッサージ業者は自由に開業し、広告を打ち、多くの顧客を集めています。この違いは、一体どこから来ているのでしょうか?
目次
1.サロンで出会った理学療法士の衝撃
先日、偶然立ち寄った身体ケアのサロンで、理学療法士の資格を持つスタッフに施術をしてもらいました。最初は気軽な気持ちでしたが、その施術の的確さ、評価の深さ、身体機能に対するアプローチの多角性に、私は驚かされました。
まさに「プロ中のプロ」。その方は、医療機関で長年勤務された後、制度の限界を感じて独立を志し、サロンという形で働いておられました。現行の法律では、「理学療法」として開業することはできないため、名称を変えてリラクゼーションサロンとしての営業をしているとのこと。これでは、せっかくの高度な専門性が、社会に十分に活かされているとは言えません。
2.なぜ理学療法士・作業療法士は開業できないのか?
現行制度では、理学療法士および作業療法士は「医師の指示のもとでリハビリを提供する」ことが定義されています。そのため、医師の管理下にない施術は「理学療法」「作業療法」とは認められず、保険診療も適用外となりますこれはあくまで「安全性確保」の名の下に設定された制度であり、確かに急性期や病態管理が必要な患者に対しては、医師との連携が不可欠です。しかし、慢性期の運動療法や機能回復、予防的アプローチなどは、むしろ理学療法士・作業療法士の得意分野であり、独立性のある対応が可能なはずです。制度がその成長を縛っている現状は、もったいないとしか言いようがありません。
3.無資格マッサージとの差
皮肉なことに、国家資格のないリラクゼーションサロンや整体などは、法的には「医療類似行為」としてグレーゾーンでの営業が可能です。マッサージ師(あん摩マッサージ指圧師)は国家資格ではありますが、養成過程の内容はPT・OTと比べると、運動器機能や神経評価の専門性では及ばない場合もあります。それにもかかわらず、彼らは自由に店舗を開き、広告を打ち、「身体のプロフェッショナル」として顧客と直接契約し、経済的にも成功を収めています。この不均衡な状況は、制度のギャップにより、真の専門家が正当に評価されにくいという問題を浮き彫りにしています。
4.理学療法士・作業療法士こそ“真のボディスペシャリスト”
理学療法士や作業療法士は、解剖学、生理学、運動学、病理学などに基づいた科学的アプローチで患者の身体機能を評価・改善します。単なるマッサージとは一線を画し、根本原因へのアプローチが可能です。たとえば、歩行が不安定な高齢者に対しては、筋力や関節可動域、バランス能力を詳細に分析し、自宅環境や生活習慣まで考慮して支援計画を立てます。小児から高齢者、スポーツ障害から脳卒中後遺症まで、幅広い分野に精通しています。このような知識と技術をもった人材が、制度によって“縛られた存在”であるというのは、患者・利用者にとっても損失です。
5.将来的な制度改革への希望
近年、理学療法士や作業療法士の開業を認めるべきという声は、業界内外で高まってきています。とくに「予防医療」や「地域包括ケア」が重視される中、専門職が地域に根ざして活動できるようになることは、日本の医療全体の効率化にもつながります。将来的には、医師の診断とは切り離された形でも、運動機能の改善や身体のメンテナンスといった分野での理学療法士・作業療法士の開業権限の一部緩和が期待されます。そのためには、制度改革だけでなく、一般の人々への啓発も欠かせません。
6.最後に:本物のプロフェッショナルに、光を
私たち医師が尊敬する“本物のプロフェッショナル”が、制度の壁に阻まれながらも懸命に現場で努力している姿を、もっと多くの人に知っていただきたいと思います。理学療法士・作業療法士の力を、もっと自由に、もっと広く活かすことができれば、私たちの健康寿命はさらに伸び、社会全体が豊かになるはずです。「国家資格なのに、開業できない」——この現状を変えるには、制度と意識の両方を見直す必要があります。そして、私たち一人ひとりが、真に専門的なケアを受けたいと思うならば、それを提供できる人材を正しく評価し、支えていく社会を目指すべきなのです。
ちなみに長谷川が見つけた理学療法士さんによるリラクゼーションは以下です。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。