「最近、同じ話を繰り返す」「些細なことで怒りっぽくなった」「曜日感覚がなくなった」
ご家族にこのような方がいらっしゃいませんか?認知症の症状かも?と心配になるかもしれません。
しかし、年を取ればしょうがない、そこまで不安にならなくても良い?と思われる気持ちもあるでしょう。
認知症の症状は“十人十色”と言われるように、人によって様々です。
しかし、認知症の症状は、進行段階によりおおよそ決まっています。したがって、認知症の症状について理解を深めれば早期発見が可能になります。認知症の早期発見には多くのメリットがあることを知ってください。実際に早期発見により改善できた事例が参考になると思います。
この記事では、毎月1,000名の認知症患者さんを診察している認知症専門医の長谷川が、認知症ではないかと不安になった方のために、症状の特徴と早期発見のメリットを解説します。最後まで読んでいただければ、認知症の早期発見ができるようになります。ぜひ参考になさってください。
目次
1.認知症の症状 段階別代表例
認知症の症状は、大きく二つに分かれています。認知症の初期で見られる中核症状と、症状が進行してから現れる周辺症状です。医師の間では、周辺症状をBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)という難しい言葉を使います。しかし、私が外来で説明する場合は、『中心となる中核症状が進行すると、周囲の周辺症状が出現する』という説明が分かりやすいので、周辺症状という言葉を使っています。
1−1.中核症状・5つの代表例
いわゆる物忘れです。比較的初期にみられる症状です。
- 記憶障害・・同じ話を繰り返す・同じ質問をするです。
- 見当識障害・・現在の日付や時間や場所が分からない。
- 料理ができない・・料理のレパートリーが減ります。味付けもどこか変。そもそも、料理自体をしたがらなくなります。『いつから認知症の症状がありましたか? 』の質問に答えられないご家族は多いのですが、料理ができなくなった時期は覚えているものです。実は、料理ができなくなった時期イコール認知症の発症時期とも言えるのです
- 金銭管理ができない・・通帳や印鑑を頻回に失くす。小銭を組み合わせることができないので、財布の中は小銭が一杯です。ちなみにATMの機械が使いこなせれば、正常であるか認知症があっても早期です。暗証番号が管理をして、機械操作をするためには、それなりの脳の機能が必要だからです。
- 身だしなみが乱れる・・男性であれば髭を剃らなくなる。女性であればお化粧をしなくなるです。着ているものも何となくだらしがなくなります。
1−2.周辺症状・5つの代表例
中核症状が進行すると周辺症状が進行します。周辺症状とは幻覚、妄想、性格変化、せん妄、易怒性、暴言・暴力、介護抵抗、徘徊などです。ご家族によっては、周辺症状は認知症の症状と理解できない方もいらっしゃいます。中核症状は認知症の症状と理解されやすいのですが、周辺症状も含めて認知症の症状なのです。「変なものが見える」「誰かがお金を盗っていった」「穏やかだった人が怒りっぽくなった」なども認知症の症状であることを知ってください。
- 幻覚・・変なものが見える。時に庭に誰かがいると言って、警察に電話をしてしまう方もいらっしゃいます。
- 妄想・・被害妄想は、『誰かがお金を持って行った!』、嫉妬妄想で『配偶者が浮気をしている!』と思い込むことです。妄想の定義は、『真実でない事を真実だと思ってしまうこと』で、修正がききません。ご家族によっては、患者さんに『そんなことはない』と説得した方が良いですか?と聞かれる方もいらっしゃいますが、残念ながらどれだけ説得しても修正できない点こそが、妄想の特徴です。ちなみに、妄想の対象のになるご家族は最も介護に関わっている方です。自分は、これを”介護の勲章”と言っています。
- 易怒性・性格変化・・些細なことで声を荒らげるようになります。性格変化では、穏やかだった人が怒りっぽくなります。逆に性格の先鋭化では、もともときつかった人が、よりきつくなります。不思議と、もともときつかった人が穏やかになることは殆どありません。
- 過食・拒食・・食事をしたことを忘れるので、何度も食事をします。しかし、不思議と下痢もしませんし、その結果糖尿病等が悪化しない点が不思議です。症状がさらに進行すると食事自体を拒否します。この段階で、胃瘻を作るか否の選択がご家族に求められます。できれば、元気なうちに自分の希望を家族に伝えておかれる良いでしょう。
- 失禁・排尿障害・・介護者を最も疲弊させる症状です。朝起きたら、トイレや廊下が排泄物だらけだと、介護負担が急激に重くなります。失禁した下着を、タンスの中に隠す方もいらっしゃり、より介護者を悩ませます。在宅介護が不可能を感じる最大の症状ともいえます。
2.周辺症状が出るまでに受診を勧める理由とは?
専門医としてご家族に、『患者さんの症状で何か困ったことはありませんか?』と問いかけます。ご家族は、中核症状では困りません。同じ話や質問を繰り返されても、イライラしても実害はありません。
一方、周辺症状が進行してくると、家族が泥棒扱いされたり、暴力を振るわれたりと実害が出現して、結果的に困るのです。つまり、『患者さんの症状で何か困ったことはありませんか?』を聞くだけで、中核症状の段階なのか、周辺症状まで進行しているのかが判断できるのです。
ご家族は、中核症状の段階では実害がないため、受診を先延ばししがちです。しかし症状を改善させる可能性が高い、中核症状の段階での受診をお勧めします。一般的に、医療機関には発熱、頭痛、咳といった困ったときに受診するものです。認知症では困ったとき、つまり周辺症状が出現した時の受診では、幻覚・妄想と言った対処療法が主となります。認知症そのものの治療ができないため、周辺症状が出現する前の受診が望ましいのです。認知症の医療機関受診のコツは、家族が困らないうちに受診することなのです。
3.治療可能な疾患の場合もある
認知症は神経細胞の減少によっておこります。しかし、他の疾患のせいで認知症のような症状を呈していることがあります。この場合は、その疾患を治療することで認知症の症状が改善することがあります。
3−1.慢性硬膜下血腫
治る認知症の代表疾患です。物忘れや歩行障害、トイレの失敗など、認知症とよく似た症状が現れるます。転倒や頭をぶつけたエピソードから4週間前後で症状が出現します。 しかし、高齢者の場合、頭を打ったことを自覚していないこともあるので、注意が必要です。頭部CTを撮ればすぐに診断ができます。脳に溜まった血腫を除去すれば脳は正常な状態に戻ります。
3−2.正常圧水頭症
歩行障害、認知症、尿失禁の3つが主症状とする疾患です。先ほどの慢性硬膜下血腫と症状も似ていますが、頭部のCTを撮れば簡単に鑑別ができます。脳室に貯まった水をお腹の中などに導いて腹膜の静脈から吸収させたり、直接静脈内へ導いて吸収させると治すことができます。
3−3.甲状腺機能低下症
一般的な診療で、いきなり甲状腺ホルモンを測定することはありません。しかし、認知症専門外来では全例で血液検査で甲状腺ホルモンを調べます。甲状腺ホルモンが低下すると、活動性が鈍くなり、昼夜を問わず眠く、全身の倦怠感が強く、記憶力や計算力の低下がみられます。まさに認知症のような症状がみられます。しかし、低下した甲状腺ホルモンを補充すれば症状は改善します。認知症専門医としては絶対に見落としてはいけない疾患です。逆に、内科に受診していても、認知症専門外来で初めて見つかることも結構あるので注意が必要です。
3−4.除脈
患者さんの中には、「今朝から突然認知症になった」といって受診される方がいらっしゃいます。多くの認知症は、急には進行しません。このような場合は、内科的な疾患が原因のことが多いのです。その中で最も多いのが、”徐脈”です。
徐脈とは、不整脈の一種で心拍数が減少した状態です。正常の脈拍は、1分間に60-100回です。徐脈では1分間の脈拍が60回を下回ります。突然、心拍数が低下すると意識障害により認知症のような症状を呈するのです。薬物治療やペースメーカーをつけることで、症状は改善します。やはり、認知症専門医としては見落としてはいけない疾患です。最近では、診察の際に脈をとる医師は減りましたが、認知症専門外来では必ず心拍数を測ります。
3−5.薬の副作用
薬の副作用で認知症のような症状がみられることがあります 。代表的なものをご紹介します。
風邪薬:特に軽い風邪症状の際に処方される総合感冒薬は要注意です。総合感冒薬には、眠気を誘発する成分が入っており、高齢者の場合、認知症のようなせん妄症状を起こすことがあるので注意が必要です。
睡眠薬:睡眠薬の使用には、薬の作用時間が大事です。作用時間が長い薬を服薬していると、夜に飲んだ薬が昼間にまで残ることがあります。認知症専門外来に来た患者さん、で睡眠薬を作用時間の短いものに変えただけで物忘れが改善された方もいらっしゃいます。
吐き気止め:高齢者になると、慢性的に悪心を訴える患者さんがいらっしゃいます。その際にプリンペランやナウゼリンと言った消化器系の薬が処方されることがあります。本来、長期に処方するべき薬ではないのですが、訴えが改善されないために処方が継続されることがあります。その後、活動性が下がったり、表情が無くなり、歩行も不安定になることがあります。認知症の薬を処方する前に、これらの薬を中止するだけで改善することもあるのです。
4.早期発見で得られる5つのメリット
認知症は、中核症状の段階で受診すれば、症状を進行を止めることも可能です。時には、改善することさえあります。
4−1.薬で進行を遅らせることができる
現在認知症の進行を抑制する薬が4種類認可されています。認知症の治療は、神経細胞と神経細胞の流れを良くすることです。つまり神経細胞がより残っていれば残っているほど可能性が高くなるのです。逆に、進行して神経細胞の数が減少していると効果はあまり無くなるのです。
4−2.長く自宅で生活できるようになる
認知症が中核症状でとどまっているうちは、患者さん本人との意思疎通も比較的可能です。そのため、介護サービスの利用もしやすく、家族の介護負担も軽くすることができます。結果として、患者さん自身が自宅で生活する期間が長くなるのです。
4−3.介護者に心の余裕が生まれる
認知症のご家族は、どこかで患者さんは認知症であって欲しくないと思っています。そのため、患者さんの症状に対して、一喜一憂するものです。しかし、認知症の段階ごとの症状、つまり道標(みちしるべ)が分かっていると、冷静に対応策することができます。人間、道標がないと不安が増強します。しかし予想できている事柄には、余裕をもって対応できるものなのです。
4−4.入所の判断を間違えない
初診で来院された段階で、これ以上は自宅では診られない事もあります。症状が周辺症状にまで進行し、服薬も拒否する。その上、介護サービスの利用も拒否。これを放置すると介護者が先に倒れてしまいます。一方で、認知症患者さんを抱えたご家族は、とてもまじめで一生懸命です。そのため、専門医として時にドクターストップをかけることもあります。診られるところまでは家で診る。しかし診られなくなったら、積極的に施設等の入所を考えることも重要です。
4−5.資産や年金の把握ができる
認知症が進行すると、患者さん自身で財産管理をすることができなくなります。都市銀行などでは、本人以外では、口座からの引き出しは不可能です。そのため認知症初期の段階から、ご家族が患者さんの資産や年金を把握することがお勧めです。
5.早期発見の成功事例
当院で経験した、早期に受診したことで改善したケースをご紹介します。
5-1.早期発見と治療による改善例
82歳の女性。物忘れを症状として受診。ご家族としては特に困っていなかったが、認知症は早期受診が大事という話を聞いて受診。検査結果ではアルツハイマー型認知症の中核症状レベルと診断。抗認知症薬を処方すると、近所の方からも指摘されるほど改善。本人も、頭がスッキリしたといって継続治療を続けている。
5-2.生活習慣の変更による改善例
78歳男性。家族が認知症?と思って受診。血液検査では、重度の糖尿病が指摘。まったく未治療であったため糖尿病の治療から開始。糖尿病の改善に伴って、症状は消失。現在は、糖尿病治療を継続しながら認知症もフォロー。現在、認知症の症状は出現していない。
5-3.知的活動の増加による改善例
85歳の一人暮らしの女性。認知機能障害もあり、介護力も乏しいため服薬管理は不可能。まずは、介護申請後、デイサービスを利用。認知機能も改善し、服薬管理も可能となり、改めて抗認知症薬も追加している。
6.まとめ
認知症は、家族が困らない症状のうちに医療機関を受診することがコツです。早期に受診すれば、治療可能な疾患や薬の副作用への対応が可能になります。
結果として、いつまでも自宅での生活が可能となるのです。