【お薦め本の紹介】三宅香帆『「夫婦」不在社会』

【お薦め本の紹介】三宅香帆『「夫婦」不在社会』

三宅香帆さんの『「夫婦」不在社会』を読みました。映画や小説に描かれる家族の姿から、現代社会の夫婦関係を考える一冊です。読みながら何度も立ち止まったのは、私たちが親子の愛情を大切にする一方で、夫婦の関係については、あまり考えてこなかったのではないかという指摘です。親を思う子ども、子どものために尽くす母親。そうした物語には、自然と心が動きます。しかし、その母親と父親は、どのように支え合っているのでしょうか。認知症診療では、患者さんだけでなく、ご家族の関係にも向き合います。その視点から読むと、本書の問いは、介護や老後にもつながる身近な問題だと感じました。

目次

1.「父」「母」である前に、「夫」「妻」である

本書では、現代の物語で親子関係が強く描かれる一方、夫婦の関係が見えにくくなっていることが論じられています。とりわけ考えさせられたのは、男性には「息子」や「父」としての自覚があっても、「夫」としての自覚が抜け落ちているのではないか、という視点です。親には気を遣う。子どもの教育には熱心。しかし、妻が何に困り、何を寂しく感じているかは知らない。そんな姿は、決して物語の中だけのものではないでしょう。

もちろん、女性も「母」であることを優先し、自分自身や夫婦の時間を後回しにしてきたかもしれません。ただ、それを個人の問題だけにすることはできません。男性は仕事、女性は家庭という役割分担の中で、夫婦が対等に気持ちを伝え合う機会そのものが少なかったのでしょう。子育て中は、子どもの予定や進路という共通の話題があります。ところが、子どもが独立すると、何を話せばよいのか分からなくなる。

「子どもがいるから家族だった」という状態に、初めて気づくこともあるはずです。親としての役割は大切です。しかし、その役割だけで、二人の関係が育つわけではありません。隣にいる人を、一人の人間として知ろうとする姿勢が必要なのだと思います。

2.夫婦のすれ違いを、子どもに背負わせない

私が特に共感したのは、夫婦間で支え合えないと、その負担が娘や息子に向かうことがある、という指摘です。例えば、夫に話を聞いてもらえない母親が、娘に愚痴や不安を話す。娘は母親を大切に思うからこそ、受け止めようとします。しかし、それが毎日続き、母親の気持ちを支える役割まで担うようになれば、娘自身の生活は苦しくなります。

周囲には「仲のよい母娘」に見えても、娘は距離を取ることに罪悪感を抱いているかもしれません。息子との間でも、同じことは起こり得ます。ここから私が介護について考えたのは、「親孝行」という言葉だけでは、ご家族の苦しさを捉えきれないということです。介護が始まると、通院、金銭管理、生活の調整に加え、親の不安や寂しさまで、一人の子どもに集中することがあります。その背景には、長年の夫婦関係や、家族以外のつながりの乏しさがあるかもしれません。

子どもが親を支えることは尊いことです。しかし、親の人生を丸ごと背負う必要はありません。夫婦で支え合うことに加え、友人や地域、専門職とのつながりを持つ。頼れる相手を増やすことは、親自身のためであり、子どもの人生を守ることにもつながります。


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3.夫婦に必要なのは、結論を急がない時間

「夫婦でよく話し合いましょう」もっともな言葉ですが、それが簡単にできれば苦労はありません。本書は、対話の難しさから目をそらさず、第三者の存在や、関係を修復する時間の大切さを考えています。仕事では、問題を整理し、結論を出し、次の行動を決めることが求められます。私自身、医師や経営者として、その習慣が身についています。

しかし、家庭でも同じように、「それならこうすればいい」と答えてしまっていないか。読んでいて、自分にも問いかけたくなりました。相手が求めているのは、解決策よりも、つらかった気持ちを聞いてもらうことかもしれません。話がまとまっていなくても、すぐに結論が出なくても、一緒に考える。その時間に意味があるのでしょう。

また、二人だけで話すと、いつも同じ言い争いになってしまうこともあります。そんなとき、信頼できる第三者に話すことは、関係を見つめ直す助けになります。家庭のことを外に話すのは恥ずかしい、と抱え込む必要はありません。介護でも夫婦関係でも、誰かに話すことで、自分の気持ちや相手との違いが見えてくることがあります。忙しい毎日の中で、夫婦の時間は「余裕ができたら」と後回しになりがちです。しかし、関係を育てる時間は、意識して確保しなければ残らないのだと思います。

おわりに

『「夫婦」不在社会』は、作品を読み解きながら、自分の家庭にも目を向けさせてくれる本でした。私には娘が三人います。父として子どもを大切にすることと、夫として妻を大切にすることは、それぞれに向き合うべきことなのだと、改めて感じました。親子の絆を大切にしながら、夫婦の関係にも目を向ける。そして、家族だけですべてを抱え込まず、外とのつながりも持つ。長い人生を共に歩むために、まずは隣にいる人の話を、結論を急がずに聞いてみる。本書を読んで、そんな時間を大切にしたいと思いました。

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