高齢者を診察していると、「最近ふらつくようになった」「食欲が落ちた」「便秘がひどい」「ぼんやりするようになった」といった訴えをよく耳にします。もちろん、新たな病気が隠れている可能性はあります。しかし、ここで忘れてはいけないのが、その症状が薬によって起きている可能性です。
例えば、膝が痛くて整形外科から痛み止めを処方された。すると胃がむかむかして、今度は消化器内科で胃薬が追加される。その後、便秘がひどくなり便秘薬が出る。さらにふらつきが出て別の診療科を受診する――。こうして薬の副作用を新しい病気と勘違いし、その症状を治すためにまた別の薬が追加されていく。この現象を「処方カスケード」と呼びます。認知症専門医として高齢者を診ていると、この問題は決して珍しいものではありません。
目次
第1章 高齢者の「ふらつき・食欲低下・物忘れ」は薬でも起こる
高齢になると、肝臓や腎臓の働きが若い頃より低下します。そのため、同じ量の薬を飲んでも体内に薬が残りやすくなり、副作用が出やすくなります。さらに厄介なのは、薬の副作用が高齢者によくある症状と非常によく似ていることです。例えば、眠気、ふらつき、転倒、食欲低下、便秘、排尿障害、意欲低下、そして認知機能低下です。
家族からすると、「年を取ったから仕方がない」「認知症が進んだのではないか」「また新しい病気が出てきたのではないか」と考えてしまいます。しかし実際には、薬を減らしただけで歩き方が良くなったり、食欲が戻ったり、頭がはっきりすることがあります。
私は認知症外来でも、急に物忘れが悪化した患者さんを見ると、病気の進行だけでなく、必ず薬の内容を確認します。特に注意したいのが、睡眠薬、抗不安薬、抗アレルギー薬、過活動膀胱の薬、鎮痛薬などです。中でも「抗コリン作用」を持つ薬が重なると、認知機能低下、口渇、便秘、排尿障害などが起こりやすくなります。つまり、認知症が進んだと思ったら、実は薬の影響だったということさえあるのです。
第2章 薬を足す前に「この症状は副作用では?」と考える
高齢者医療で大切なのは、新しい症状が出た時に、すぐ薬を追加しないことです。まず考えるべきは、「最近、新しい薬が追加されていないか」「薬の量が増えていないか」「長年飲んでいる薬でも、今の体には強すぎないか」という視点です。実際、高齢者では若い頃から問題なく飲んでいた薬でも、加齢によって腎機能や肝機能が低下すると突然、副作用が表面化することがあります。
もう一つ注意したいのが、市販薬です。病院から処方されている薬だけを医師が把握していても、本人がドラッグストアで購入した痛み止めや風邪薬まで把握できていないケースがあります。例えば、降圧薬や利尿薬を飲んでいる方が、ロキソプロフェンなどのNSAIDsを使用すると、腎臓に負担がかかり急性腎障害のリスクが高まります。また、市販の風邪薬にも抗コリン作用を持つ成分が含まれていることがあります。「市販薬だから安全」と考えるのは危険です。高齢者では、処方薬、市販薬、サプリメントまで含めて一つの薬として考える必要があります。
第3章 「薬を増やさない医療」のために家族ができること
処方カスケードを防ぐために、患者さんや家族ができることがあります。まず、お薬手帳を一冊にまとめることです。病院ごと、薬局ごとに別々のお薬手帳を使っていると、全体像が分からなくなります。私はできる限り、一冊にすべての薬をまとめることを勧めています。さらに、薬局も可能であれば一か所にまとめることです。かかりつけ薬剤師がすべての処方を把握していれば、「この組み合わせは少し危ないのではないか」「この症状はこの薬の副作用ではないか」と気づいてもらえる可能性が高くなります。
そして最も大切なのは、新しい症状が出た時です。「この症状に効く薬をください」とお願いする前に、「今飲んでいる薬の副作用の可能性はありませんか?」と医師や薬剤師に聞いてみてください。この一言だけで、不要な薬が一つ増えることを防げるかもしれません。高齢者医療では「何を追加するか」以上に、「何を減らせるか」という視点が重要なのです。
おわりに 薬は「足し算」だけでなく「引き算」が大切
薬はもちろん、正しく使えば大きな力になります。しかし高齢者の場合、薬が多くなればなるほど安全になるわけではありません。むしろ薬が増えることで、ふらつき、転倒、食欲低下、便秘、認知機能低下などが起こり、それを新しい病気と思ってさらに薬が増える。これが「処方カスケード」の怖さです。私は高齢者を診る際、新しい症状が出た時ほど「何か薬が増えていないか」を確認するようにしています。
家族の方にもぜひ覚えておいてほしい言葉があります。「新しい症状が出たら、新しい病気だけでなく、まず薬も疑う」そして、薬を増やす前に一度立ち止まり、本当に必要な薬なのかを医師や薬剤師と一緒に考える。高齢者医療では、薬を増やす勇気よりも、時には薬を減らす勇気の方が、その人の生活を大きく改善することがあるのです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。