多くの介護施設で採用されている認知症対策の方法の一つが「音楽療法」です。心地よいような音楽を流していることもありますし、レクで演奏のステージが行われることもあります。利用者さんが音楽を奏でてくれるところもあるようです。
この「音楽を愉しむ」ことが認知症に効果があると考えられます。しかし音楽を聴くだけで、認知症の進行が抑制されるというエビデンスはなかなかないのです。
私は日頃、認知症の予防と改善方法をお伝えしていますが、脳に刺激を加えることはすべてお勧めできるものです。聴覚も、人間にとって最期まで残っている感覚といわれます。このように聴くことの刺激を入れ続けることで認知症の症状の緩和予防に効果あると考えられるのです。今回の記事では月に1,000人の認知症患者さんを診察する専門医の長谷川嘉哉が音楽療法の効果についてご紹介します。
目次
1.音楽療法とは?
音楽療法とは、音楽のさまざまな力を利用して、対象者が抱えている困りごとの改善を促したり、よりよい生活を送ったりすることができるようにアプローチする療法です。日本音楽療法学会では、次のように定義しています。
「音楽療法とは、音楽のもつ生理的・社会的・心理的はたらきを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的・計画的に使用すること」です。
介護施設でも、この効果を狙って音楽療法を採用しているところが多いのです。
2.音楽療法はリハビリの一つとは
音楽療法は、音楽を通じて脳を活性化させるリハビリテーション法のひとつです。その方法は、好きな音楽を聴く、カスタネットやタンバリンなどの簡単な楽器を奏でる、歌に合わせて踊る、カラオケで歌うなど様々です。
このことは脳を活性化させるばかりでなく、気持ちを落ち着かせるリラクゼーション効果もあり、食欲が増す、ぐっすり眠れる、笑顔が増えるなどの好ましい結果を生み出しています。
音楽は「記憶の扉を開けるカギ」とも言われており、子どものときに歌った唱歌や若いころに流行した曲を選ぶと、回想法と同様に昔のことを思い出すこともあり、さらに脳を活性化させる効果も期待できます。
*回想法とは?:回想法とは、昔の懐かしい写真や音楽、昔使っていた馴染み深い家庭用品などを見たり、触れたりしながら、昔の経験や思い出を語り合う一種の心理療法です。 1960年代にアメリカの精神科医、ロバート・バトラー氏が提唱し、認知症の方へのアプロ―チとして注目されています。
3.音楽療法による認知症への効果
音楽療法は、認知症への効果も知られています。
3-1.失われた発語を復活
音楽療法は、左脳が司る言語機能が落ちてきた認知症患者さんを助けることができます。 歌の能力は脳の右側で起こるので、脳の左側の機能低下を回避することができます。 音楽療法を継続することで、徐々に左脳の機能の回復を図ることができるのです。
3-2.認知症患者のBPSDを改善
音楽を聴いたり歌ったりすることで脳の血流が増し、脳が活性化し、徘徊など認知症の周辺症状(BPSD)において下記のような症状の改善が見込まれます。
・行動面…徘徊、暴力、食行動の異常、睡眠障害、自発性、協調性
・心理面…不安、興奮、慢性的な落ち込みなどのうつ症状、無気力、妄想、幻覚
また、当人が過去に親しんだ音楽を聴くことで当時を思い出し、記憶力が改善された事例も報告されています。国立長寿医療研究センターによると、軽度認知障害(MCI)の人を対象に毎週1回、1時間ほどの音楽療法を8~10回行ったところ、記憶力や注意力の改善が見られたそうです。
3-3.高血圧の改善効果
音楽療法が高血圧にも効果があるというデータもあります。高血圧と認知症は一見関係なさそうに見えますが、高血圧によって心臓疾患や脳疾患につながり、その過程で認知症になる方が多いのです。そのため、高血圧を予防することも、認知症を予防することにつながるのです。
3-4.日常生活動作の改善
能動的音楽療法の特性を生かした効果も挙げられます。その一つが、ADL(日常生活動作)の向上です。歌うことで発声や発語、嚥下、運動機能が高まるとされ、タンバリンやカスタネット、ベルなど簡単に音が鳴らせる打楽器などを使って体を動かすとより効果的だと言われています。音楽療法は、歌うことが好きだった人や楽器を習慣的に演奏していた人に対して行うことでより高い効果が期待できます。また、合唱などを通して友人や人とのコミュニケーションが増え、徘徊やうつ症状などの悪化を防ぐとも言われています。
4.音楽療法の取り入れ方
音楽療法をどのように取り入れていくかですが、望ましいのは、専門家である音楽療法士の指導を仰ぐことです。音楽療法士とは、日本音楽療法学会(理事長 村井靖児氏)が定めたカリキュラムを履修し、試験に合格した学会認定の資格者になります。
音楽療法を取り入れている医療機関や老人福祉施設などでは、音楽療法士が対象者のニーズや能力に合わせて歌や演奏、振り付けなどを決めてプログラムを作り、指導してくれます。
ただ、日本ではまだ音楽療法士の数が少なく、どこの病院や施設でも導入されているわけではないので、まずは問い合わせてみてください。
5.理屈でなく音楽を楽しむことも大事
最近の風潮は、医学的エビデンスにこだわりすぎているように思えます。難しいことを考えなくても、音楽を聴けば心地良いものです。その「心地良さ」こそが、脳にはとても良いのです。医学的エビデンスにこだわりすぎずに、気楽に音楽を楽しめばよいのではないでしょうか?
5-1.カラオケ
カラオケは気楽に音楽を楽しむにはもってこいです。カラオケボックスは安価で、仲間以外に気を使う必要もありません。介護施設でも積極的に、カラオケは導入されているようです。そんな時には、積極的に参加することをお勧めします。頑なに拒否することなく、仲間の輪に入っていくことこそが、認知症予防につながるのです。
5-2.音楽を聴く
高齢者の方は、自宅で音楽を聴いている人は少ないのではないでしょうか? 何気ない日常において音楽を流して聴くというだけでもリラックス効果があります。いつもテレビばかり見ている方も、たま には意識して音楽を取り入れてみると、何か変化があるかもしれません。
5-3.これからの高齢者は音楽も多様?
これからの時代は、高齢者の聴く音楽も変わっていくかもしれません。従来のように演歌を流せばよい時代ではなくなるでしょう。ビートルズを聞いたり、ジャズを聴いたり。きっと素敵な高齢者増えていくことでしょう。
6.日野原先生にお墨付きをいただいた私の実験
私は、今から18年前に故日野原重明先生とNHKの全国ニュースでご一緒したことがあります。開業前に勤務していた名古屋市厚生院で音楽療法の前後でNK細胞の数と活性を測定したという実験を行いました。
その実験結果を、「音楽療法によるナチュラルキラー細胞活性および細胞数の変化」として日本老年病学会に投稿。NHKの名古屋支局が取材に来てくださったことがあるのです。ニュースでは、最初に音楽療法の先生が方法論を話し、自分が実験データを説明。最後に、日野原先生から『音楽療法の有効性を、科学的に証明した!』と高評価をいただきました。
以下は、私の書いた論文「音楽療法によるナチュラルキラー細胞活性及び細胞数の変化」の概要です。
音楽療法は, 老年医学を含めた様々な領域で研究使用されている. しかし音楽療法の科学的メカニズムは, あまり検討されておらず, より客観的な指標が必要とされている.
<方法>音楽療法前後のNK細胞の活性および量, T細胞およびB細胞量, 内分泌学的検討を行った. これらは音楽療法前後1時間で検討した. 対象は特別養護老人ホームの入所者19名 (男性6名, 女性13名, 平均年齢78.6歳) とした. 対象者の基礎疾患は, アルツハイマー型老年痴呆9名, 脳血管障害後遺症7名, パーキンソン病3名であった.
<結果>NK細胞活性は音楽療法の1時間後で統計学的に有意な上昇を認めた. 音楽療法1時間前後で総リンパ球数に有意な変化は認めなかったが, リンパ球のサブセットのNK細胞比率は, 統計学的に有意な上昇を認めた. T細胞およびB細胞量の比率に変化は認めなかった. 内分泌検査では音楽療法前後のアドレナリンの変化は統計学的に有意な上昇を示した. ノルアドレナリン, コルチゾール, ACTHは有意な変化を示さなかった.
<考察>肉体的侵襲の低い音楽療法で, 運動と同様にNK細胞の活性および量のいずれも上昇したことは極めて有益なことであると考えられた. これらの変化が臨床的にいかなる影響があるか明らかではないが, 音楽療法のさらなる可能性を示唆するものであった.
7.まとめ
- 音楽療法は、リハビリです。
- 音楽療法は、認知症の記憶から、周辺症状までを改善させます。
- 医学的エビデンスにこだわることなく、気楽に音楽を楽しみたいものです。