自粛自粛で、外出もままならないいま、美術作品に目を向けてはいかがでしょうか? しかし、いきなり、どんな絵を見ればよいかさえ分からないものです。そんな時には、まず小説で関心を持ってから、実際の絵をご覧になることお勧めします。お薦めは、松方コレクションを題材にした、原田マハさんの「美しき愚かものたちのタブロー 」です。小説としても、息つく間がないほど面白く、読破後は、小説の中に出てきた絵の数々を見たくなること間違いありません。
ちなみに、松方コレクションとは、松方幸次郎による、モネやマネ、ゴーギャン、ゴッホなど近代フランス美術の名品を含む一大コレクションとして知られていますが、その歴史には紆余曲折がありました。当初、パリで買い戻した浮世絵約8000点を含めば1万点ほどにおよんだ松方コレクションは、関東大震災と昭和金融恐慌によってコレクションは散逸。ロンドン(約900点)、パリ(約400点)、そして日本(約1000点以上)で分散したコレクションはそれぞれの道を辿ることとなりました。このうち、パリから戦後返還された375点が、1959年の国立西洋美術館開館へとつながっていきます。小説では、その紆余曲折が見事に描かれています。一部ご紹介します。
- 人間の五感の中でもっとも記憶に直結しているのは嗅覚だ──と何かの本で目にしたことがある。なるほど、豊かな香りはこんなふうに思い出と繋がっているものなのだ。
- 「印象派の絵はまぶしいんだよ。光に満ちている。モネの絵はその好例だ。なぜ、まぶしく感じるかわかるかい?」
- 「美術とは、表現する者と、それを享受する者、この両者がそろって初めて『作品』になるのです。
- 皮肉なことに、フランス人が見向きもしなかった前衛美術に外国人のほうがさきに価値を見出した。アメリカのレオとガートルードのスタイン兄妹、バーンズ博士、ロシアの富豪シチューキンとモロゾフ──そして、松方幸次郎。
- モーリス・ドニのタブローであった。 いきなり平手打ちをくらったように、田代は愕然としてしまった。 鮮烈な色、形象、構図。何もかもが田代の目には新鮮に映った。ただただ、驚きであった。
- 〈松方コレクション〉の最初の一枚となった造船所の絵を描いたフランク・ブラングィンのアトリエである。
- その言葉が、松方の心のひだにすっと入ってきた。 ──永遠を手に入れる。 〈松方コレクション〉は、こうして始まった
- コレクターにしてみれば、美術という美しい鎧を着て、より自分を大きく、強く見せたいというのが本音なのにムッシュウ・マツカタにはそういったところがまったくない。自分のためではなく、日本の若者たちのために──と一貫しておっしゃっている。
- 芸術の楽園たるフランスには古典的な作品ばかりが残り、アメリカやロシアに自分たちと同時代の画家たちの名品が持っていかれるというのは皮肉なものだ。
- いったんロンドン、パリに留め置いていた美術品を日本へ輸送しようと試みたが、関税が百パーセントかけられると判明した。コレクションを購入したのと同じ額を納税しなければならないなんて、そんな馬鹿な話があるかと松方は憤った
- それがなくても生きていける。それがなければ何かが変わってしまうというわけじゃない。けれど、それがあれば人生は豊かになる。それがあれば歩みゆく道に一条の光が差す。それがあれば日々励まされ、生きる力がもたらされる。
作品で紹介されているモネの〈睡蓮、柳の反映〉、ルノワールの〈アルジェリア風のパリの女たち〉、それにゴッホの〈アルルの寝室〉などは以下の本にすべて紹介されています。小説と一緒に、超お薦めです。