「物忘れがひどい」と悩まれる方が増えています。私の周りでも30代にもかかわらず「物忘れがひどい」と自覚する方がいらっしゃいます。今まで覚えられたこと、思い出せたことが、ある日できなくなる… こうした自覚を持つと誰もが不安を感じることと思います。
ただ、多くの方が物忘れについて勘違いをされているのも事実です。不安な状態は正しい情報を知らないから続いてしまいます。今感じている不安は解消できることもあると知っておいてほしいのです。
このサイトでは、皆さんの不安を取り除けるように解説をします。実際にこれまで毎月1000名の認知症患者さんを診察している認知症専門医の長谷川が自らの経験から皆様にお伝えするものです。
目次
1. 物忘れはどうして起きるのか?
人間の脳はピークの20歳を過ぎると衰えていくものです。30代になって物忘れが増えたというのは至って普通のことで、誰もが経験することです。
20代や30代の物忘れは、忙しい時や疲れて脳が悲鳴を上げて、ストレスがたまっていることが原因で起こることがほとんどです。
1−1.物忘れのメカニズム
年齢を重ねるにつれて物忘れが進むのはだれにでも起こり得ることなのです。さほど深刻になる必要はありません。メカニズムについて説明をしておきます。
脳の奥には、日常生活の出来事や新しく記憶した情報を整理する「海馬(かいば)」という器官があります。海馬で整理された情報は、大脳の表面に広がる「大脳皮質(だいのうひしつ)」に送られて蓄積されます。
物忘れは、この海馬の神経細胞の数の低下や機能低下によって起こります。海馬はとてもデリケートで、血液が不足しただけですぐに働きが鈍ってしまいます。
加齢によって物忘れが生じるのは、脳血流の減少が大きく関係していると考えられます。ほかにも、酸素不足によってがダメージを受けたとき、強いストレスを感じたときにも海馬は壊れてしまいます。
ストレスを解消したり、気分転換をすることで普通は改善しますのでそこまで心配する必要はないでしょう。
1−2.30代ビジネスマンによくある物忘れの原因
「物忘れがひどい」とご相談に来られる方がいらっしゃいます。物忘れというのは、新しくものを覚えられないと思いがちです。しかし、加齢変化では、「覚えたことを思い出せない」という方が多くなります。あなたは覚えられないのか、思い出せないのか、どちらでしょうか?
人の「記憶」の流れが参考になります。記憶の流れは以下の通りです。
① 記銘:きめい(まずはじめに何かを覚えること)
② 保持:ほ じ(次に覚えたことを情報として維持すること)
③ 想起:そうき(覚えた単語を思い出すこと)。
以上の3つの流れの中で「想起」に問題がある方が多いのです。
特に30代から40代のビジネスマンは情報の波にさらされることが多いでしょう。職場、家庭、地域、プライベート、いくつもの役割を持つ時期に物忘れがひどくなりがちです。
ストレスフルになり、情報過多になると人は不必要な情報を遮断します。それは自然なこととも言えます。お腹がいっぱいの状態ではどれだけ美味しいものを出されても食べることはできません。限度があるということは自分の身を守る意味で正しい反応なのです。
2. 物忘れを改善するための5つの習慣
物忘れを改善するために身につけておきたい5つの習慣についてお伝えします。この習慣を身につけるだけで物忘れを改善することにつながります。ぜひ、試してみてください。
2−1.頭:脳内の細胞を活性化させる
せっかく新しい細胞が生まれても、使わないと脳内の神経ネットワークにつながりません。つながらない脳細胞は淘汰されていきますから、結果的に新しい脳細胞は定着しないという結果になります。これを防止するには「何か新しいこと」を始めること。「学習する」という行為が、脳細胞を活性化させます。
2−2.心:ストレスをコントロールする
ストレスを感じすぎると、感情や衝動のコントロールができなくなり、記憶を司る海馬にダメージを与えてしまいます。ストレスに対する耐性をあげることが必要です。動物実験によれば、軽めのストレスに直面して何度も乗り越えた経験がある固体は、一般的に、より大きなストレスへの対処能力にも優れるようになるとされています。
その意味では、自分にとってのストレス要因をよく知り、一つ一つ対処していくことが、ストレス対処能力を高めることにつながるでしょう。例えば人前で話すことにストレスを感じる場合は、練習という軽めのストレス経験を積むことも役立つはずです。過度のストレスが恐ろしいことはもちろんですが、人間には、それに対応する知恵や力も備わっているといえるでしょう。恐れるだけでなく、ストレスに負けない強さも身につけていく必要があります。
2−3.体:適度な運動をする
体を動かすことで、全身の血流が良くなり、脳内の血流も改善します。脳内の血の流れが良くなると、脳内に栄養素が届きやすくなり、細胞の生まれ変わる環境が整います。
2−4.眠:質の良い睡眠をとる
ぐっすり眠れる環境を整えましょう。そのためには、睡眠の2時間から3時間前に食事を終えます。寝る1時間前にはお風呂に入りストレッチをしましょう。
また、眠る前にやりがちですが、PCやスマートフォンを見ないことです。できる限り部屋を暗くして、横になったら仰向けで手足を伸ばした状態をつくりましょう。眠る直前にはノンカフェインの飲み物でリラックスすることもおすすめします。
2−5.食:栄養バランスの良い食事をとる
「栄養バランスの良い食事」は、脳を元気にする第一歩。中でも、神経細胞を作る「DHA」と「アラキドン酸」という2種類の必須脂肪酸が効果的です。DHAは、魚介類に多く含まれる脂肪酸で、アラキドン酸は肉や卵に多く含まれています。この2つの脂肪酸は、神経細胞が生まれる「神経幹細胞」の中で、特定のたんぱく質と結びつきます。それが細胞核の中に入ると、「細胞分裂のスイッチを押す役割」を担います。
また、「ストレスを和らげる癒しホルモン」=「セロトニン」の材料も、必要不可欠です。セロトニンの材料になるのは、「トリプトファン」という必須アミノ酸です。これは、ビタミンB6の助けを借りて、セロトニンに変換されます。この2つが多く含まれている食べ物は「バナナ」。毎日一本のバナナは、脳の再生を邪魔するストレス防止に役立ちます。
3.物忘れになりにくい人の3つの自己管理方法
物忘れになりにくい人には計画性と感情解放とルーティーンの3つがあります。この3つを生活に取り入れることでリズムが生まれます。生活にリズムのある人は常に考え、楽しみ、活発です。そうすることで物忘れになりにくい体質になっているのです。
3−1.理想的な一日のスケジュールを設計する
自分自身が過ごしたいと思う一日の過ごし方を考えてみましょう。例えば、朝起きてジョギングしてから仕事をする。仕事を終えてからは習い事やジムに行ってお気に入りのレストランで食事をする。
自分が過ごしたい理想的な一日を思い描き、実際にそのように行動することで充実度が高まり、自分自身を管理する力が高まっていきます。
3−2.自分の好きなことを必ず週に一度はする
年齢を重ねていくにつれ、自分自身に課せられる役割は複雑化していきます。義務や責任だけで動いていると自分自身が好きなことを忘れてしまっていることもあります。
そうした状態が続いてしまうと、生活にハリがなくなり充実感が味わえなくなることがあります。そこで週に一回は自分の好きなことをする時間を作り、とことん楽しむことをおすすめします。
自分自身が楽しいと思えることをすることで、多くの役割や責任を全うできるエネルギーが生まれてくるのです。
3−3.ルーティーンをつくる
ルーティーンとは「決まった手順」「お決まりの所作」「日課」などの意味を表します。最近では、スポーツの試合の「ここぞ」という場面で、集中力を高めたりゲンを担いだりする意味合いで行われる選手独自の儀式的な所作をルーティンと呼ぶことも多いです。
ルーティーンで有名な話はいくつもあります。例えばメジャーリーガーのイチロー選手も毎日同じような食事をとり、打席に入るまで、また入ってからの動きも必ず同じようにしています。
イチロー選手は『心と身体は同調している』とよく言っていて、気持ちが安定してくると身体の状態も安定してきて、自分の状態の変化に対してより敏感になるという趣旨のことも言われていました。
ルーティーンに決まりはありません。自分にとって快適であれば良いのです。例えば毎朝起きてからストレッチをする。朝食の前に水を飲む。新聞を読む。お昼には15分ほど仮眠する。仕事の前には今日はどんな成果を出したいのか、一人で10分考える時間を取る。どんなことでも良いのです。これをしておけば大丈夫だと思えるアクションを日常の中に取り入れましょう。
4.認知症と物忘れの違い
物忘れの多くはストレス解消によって改善しますが、そうしているにもかかわらず、ずっと続く場合は何かの病気の可能性があるので注意が必要です。
4−1.物忘れは認知症の初期症状
物忘れは、認知症の初期症状でもあります。加齢による物忘れと異なり、認知症の場合は、大脳皮質全体の機能障害によるものと考えられます。特に前頭葉は、情報を整理するほか、思考や感情、理性、性格などを司っています。
その機能低下で、色々な症状を発現します。単なる物忘れでは、メモをとる習慣をつければよいことです。それだけで生活に支障をきたすような問題は起こらないでしょう。
記憶の一部を忘れているだけなので、そこを補ってあげればよいのです。ところが、記憶したこと自体を忘れてしまうのが認知症の大きな特徴であるため、メモをしたことさえ忘れてしまうわけです。
4−2.物忘れなのか、認知症なのか。
物忘れでは、メモをとる習慣をつければ、生活に支障をきたすような問題は起こらないでしょう。記憶の一部を忘れているだけなので、そこを補ってあげればよいのです。覚えたけど忘れてしまったという自覚のある人は認知症である可能性は少ないと言えます。
ところが、認知症が原因の物忘れは記憶のすべてを忘れてしまっています。記憶したこと自体を忘れてしまうのも認知症の大きな特徴と言えるでしょう。
たとえば、物忘れの場合は、記憶したということは覚えてはいるが、その名前などを思い出せないといった状態です。自分が忘れてしまっていることも自覚できます。一方、認知症は物忘れをしているということ自体がわかりません。
また、認知症は時間や場所、人に関する記憶が混乱するのも特徴です。現在の日付や時刻、自分がどこにいるかといった基本的な状況を把握することができません。物忘れではこのようなことがありませんから、時間や方向感覚が薄らいだり、身近な人の記憶がなくなったりした場合には認知症である可能性が高いと考えてください。
5.物忘れの時に相談する人を見つける方法
物忘れがひどいと思った時にはどうしたら良いのか、知っておくことにより安心することができます。大切なことは自覚症状があった時にためらわずに相談に行けるかどうかというところです。若い方であっても自覚症状がある場合には迷わず相談に行きましょう。
「このままでは認知症になってしまうかもしれない、でもどこに行って検査してもらえばいいのかわからない」そんな心配をする人のために、どこに相談に行けば良いのかについて説明します。
医療機関には「物忘れ外来」が併設されています。「物忘れ外来」とは、問診や検査などによる認知症の診断をおこなう専門外来です。認知症の予兆が見られる場合、まずは、かかりつけ医や自治体の福祉課、地域包括支援センターなどの窓口に相談してみましょう。こういった窓口では、地域にある物忘れ外来を紹介してくれます。
年を重ねると記憶力が低下し、物事を思い出せなくなってしまうのは避けられないものです。若い方であっても自覚した時点で相談に行かれることをおすすめします。
6.まとめ
最後に長谷川の著書「一生使える脳 専門医が教える40代からの新健康常識(PHP新書)」(860円+税)をご紹介させていただきます。
これは認知症専門医である長谷川が、臨床の現場で経験してきた知恵と、長年の脳科学の研究が蓄積してきたエビデンスを組み合わせ、「一生使える脳」を育む方法をお伝えするものです。以下の記事で内容を一部ご紹介していますので、物忘れがひどい方は是非参考にしていただきたいと思います。