先日、33年ぶりに父の手紙を発見しました。
自分が大学に合格して、
お祝いをいただいた方々に、
お礼の手紙を出す際に、
父親が、『この手紙もを同封して・・』と言われて
受け取った手紙をコピーしておいたのです。
とても素敵な手紙だったので、
大事にしまい込みすぎて
ずっと探していて、ようやく見つけることができました。
ご紹介します。
“さてこの度、嘉哉の大学入学に際しましてお祝辞、お祝いの品を頂戴しまして、ありがとうございました。
お陰様でみなさま方のご厚情で求めましたブレザーを着用しまして入学式を終え、毎日元気で通学しております。
二年余りの大学受験準備は本人にとって大変な努力であったと思います。特に、本年は厳冬の中での最後の追い込みは身体の一部に苦痛を訴える等、相当な苦しみであったようです。
幸い自分の希望する大学へ入学できましたので、それらの苦しみも消えたようです。
わが家の春は、梅の花は遅かったが、一足先に満開になり幸せな時を迎えました。
これもひとえに、先祖の加護の賜物と思っています。
嘉哉はこれからの六年間、医学の道を学ぶわけですが、その勉強は直接将来の医師という職業に結びつくものであることを考えれば、無駄のない期間ではないかと思います。
まだ当分、目をかけてやらねばなりませんが、期待しております。
将来、親戚・知人のみなさんに少しでも役に立つ様に頑張らせるつもりですので、
よろしくお引き回しください。
わが家の事ばかり、とりとめなく申し述べましたが、まずは日頃のご無沙汰のおわびと
お祝いの御礼を申し上げました。”
実は受験の際、左目に円錐角膜を発症し、
眼鏡では、視力がほとんど出ない状況での勉強でした。
(現在はコンタクトレンズを使って、視力はでます)
片目での勉強は、とても苦痛であったのですが、
その点を、温かく見守っていてくれたようです。
そして、”先祖の加護の賜物”という言葉も
子供のころから、
ことあるごとに、伝えられたことでした。
“まだ目をかけてやらなければ・・”という言葉に深く感謝し、
“期待しているという言葉”には深い愛情を感じました。
次女の医学部進学が決まった
33年目に改めて手紙に巡り合えたのも
ご先祖様の加護かもしれません。