最近、私たちのグループホームでも「経済的理由による退所」という現実が、とうとう目の前に現れました。今回退所する利用者さんは、認知症の診断はありますが、介護度は1。日々穏やかに過ごしており、特に目立った身体的な介護が必要なわけでもありません。状態も安定しており、スタッフから見ても「非常に落ち着いている方」です。しかし、家族の経済的負担が限界に達し、これ以上グループホームでの生活を続けることが難しくなったという理由で、退所を決断されました。
このような事例は、これまでもゼロではありませんでした。しかし、これまでのケースでは、介護度が3以上となったことで特別養護老人ホーム(特養)に移ることができ、自己負担が軽減されるというパターンが多かったのです。つまり「退所=負担増加」とはならず、家族の状況もそれほど大きくは変わらないケースが大半でした。ところが、今回のように介護度が軽度のままで、経済的に限界を迎えるという状況では、行き先が極端に限られてしまいます。
目次
1.「家でも見れるかも」の大きな誤解
家族の中には、「これだけ落ち着いているなら、家でも見れるかもしれない」と考える方も少なくありません。しかし、これは大きな誤解です。グループホームで落ち着いて生活できているのは、専門知識を持ったスタッフが24時間体制で支援しているからこそ。日中も夜間も、誰かが見守り、気づき、対応しているからこそ、「落ち着いている状態」が維持できているのです。これを、家族だけで担うというのは、非常に大きな負担です。
とくに認知症の場合は、「見た目には元気そう」「話せるし、歩けるし」という点に惑わされがちですが、服薬管理、火の元の安全、昼夜逆転、感情の起伏など、生活全体の安全と安定を保つための見えない支援が欠かせません。
2.要介護1でも「在宅生活」はハードモード
介護保険制度では、要介護度が低ければ低いほど利用できるサービス量にも制限があります。たとえば、デイサービスを週数回利用しながらショートステイも時折入れるといった在宅支援は可能ですが、それでも家族の負担は避けられません。
特に、家族が共働き世帯であったり、介護する人自身が高齢であったりすると、日常の介護はもちろん、スケジュール管理、送迎、急変時の対応など、精神的にも体力的にも厳しい局面が頻繁に訪れます。
その結果、「一度家に戻したけれど、やはり無理だった」ということで、再び施設への入所を希望されるケースも珍しくありません。ただし、その時には希望する施設に空きがない、経済的な事情がさらに厳しくなっている、という悪循環に陥ることも。
3.今後、同様のケースは確実に増えていく
このような経済的理由による「中軽度の要介護者の退所」は、今後間違いなく増えていくと感じています。
なぜなら、グループホームは介護保険の「施設」ではなく「在宅系サービス」に位置づけられており、家賃・食費・光熱費などが全額自己負担となるからです。月額にすると15万〜18万円が必要になることもあります。一方で、特養では「補足給付」などの制度を利用することで、自己負担額をかなり抑えることが可能です。
しかし、要介護3未満では特養に入れません。このギャップに苦しむ人は今後ますます増えるでしょう。
4.現場に求められるのは「リアルな情報提供」
こうした状況を前に、私たち現場の職員にできることは限られていますが、それでも重要なのは、家族や利用者に対して現実的な情報をしっかり伝えることです。「家で見られる」と安易に考える前に、今の生活を支えている介護の量、頻度、質について共有する。ショートステイや訪問介護の限界、夜間や緊急時のリスク、家族自身の生活への影響など、できるだけ具体的に伝えていく必要があります。また、地域包括支援センターや居宅介護支援事業所とも連携し、単に「家に帰す」のではなく、「どうすれば本人が安心・安全に過ごせるか」という視点で支援体制を構築していくことが大切です。
5.最後に
「金が尽きたら、退所」。これは決して大げさな言い方ではありません。むしろ、今の制度設計の中では当たり前に起き得る現実です。そしてこれは、本人や家族だけの問題ではなく、社会全体がこれから向き合うべき大きな課題でもあります。介護は、誰にとっても他人事ではありません。これからの高齢社会を支えるためには、「見えない限界」を言葉にしていくこと、現場の声を発信していくことが、何よりも大切だと感じています。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。