20代の我が娘を襲った、奇異性脳塞栓症とは?

20代の我が娘を襲った、奇異性脳塞栓症とは?

令和5年4月19日、我が家に大事件が起こりました。東京で生活をする医学部生の娘が突然「奇異性脳塞栓症」を発症。脳底動脈が閉塞し、生命的危険さえありました。東京女子医大での最新医療のお陰で血栓は除去されるも左片麻痺は残り、リハビリテーション病院に転院。幸い80日の治療・リハビリ入院で、殆ど麻痺も改善して日常生活も自立、復学できています。

このように脳塞栓症のなかでも「奇異性脳塞栓症」は年齢に関わらず発症する可能性があります。今回の記事では、聞きなれないのですが、多くの方に発症する可能性のある「奇異性脳塞栓症」について脳神経内科専門医長谷川嘉哉が解説します。

目次

1.奇異性脳塞栓症とは?

通常の脳梗塞は、生活習慣病や加齢に伴う血管の動脈硬化性変化によって引き起こります。これらの原因とは異なり、心臓の「卵円孔(らんえんこう)」という孔が開存していることが原因で起こる脳梗塞を奇異性脳塞栓症と呼びます。奇異性脳塞栓症は私の娘のような若年性脳梗塞の原因として知られています。原因不明の脳梗塞の40~50%の患者さんに卵円孔が存在しているという報告もされています。

2.卵円孔とは?

卵円孔(出典 福島県立医科大学医学部

卵円孔は、右心房と左心房の間の壁(=心房中隔)の中央に組織が重なり合うようにできた穴で、母体からの酸素を含んだ血液を胎児に循環させるために存在します。通常、卵円孔は出生後数か月以内に自然に閉鎖しますが、成人の3~4人に一人は卵円孔が閉じていない卵円孔開存(PFO: Patent Foramen Ovale)の状態です。多くの場合は、無害で症状もないのですが、何らかの原因で静脈血栓ができた場合は、卵円孔が開存している方は脳塞栓を発症する可能性があるのです。

3.奇異性脳塞栓症の治療は

奇異性脳塞栓の治療は、発症4.5時間以内であればtPAという薬剤で血栓を溶かします。部位によっては、血栓除去術を行うこともあります。私の娘の場合は、tPAでは血栓が十分に溶解しなかったため、通常の治療期間は過ぎていましたが、リスクも承知の上で血栓除去術をお願いしました。今回の娘のケースは学会で発表されるようで、血栓除去術の治療可能期間が延びるきっかけになるかもしれません。

4.卵円孔開存の診断

卵円孔開存の診断にはマイクロバブルを静脈から投与し心エコーで右心房から左心房の通過を確認することで診断します。確定診断の際は、通常の心エコーでなく、経食道心エコーで確定診断を行います。急性期治療中に、口から食道に入れての検査は娘も大変であったようです。

5.卵円孔の治療

卵円孔開存の患者さんには、脳梗塞再発予防のため血液をサラサラにする薬(アスピリン、ワーファリン、抗凝固薬など)を使って血栓予防をする治療が行われていました。


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この薬物治療は有効ですが、薬を長期間服薬する必要があり、梗塞とは逆に出血の合併症の危険性もありました。2017年の臨床試験で、内服薬単独よりもカテーテル治療による卵円孔閉鎖が再発予防効果が高いことが証明されました。カテーテル治療は、簡単に言えば折りたたみ傘を、卵円孔の近くで開くことで卵円孔を閉鎖します。実際、処置自体も30分程度で終了します。

卵円孔にたいするカテーテル治療(出典:慶應大学KOMPASS

娘の場合も、午前中にリハビリ、午後からカテーテル治療、翌日の午後からリハビリが可能でした。カテーテル治療後の数時間の安静は娘には大変であったようですが、急性期のリハビリを休むことなく処置が済んだことはありがたい限りでした。

6.脳梗塞は若くても発症する・・歯医者さん大丈夫ですか?

娘は幸い、殆ど麻痺を残さずに治癒しました。仮に左片麻痺が残っても医師になることができます。しかし、これが歯学部であったなら退学もやむを得なかったと思います。ということは歯科医の先生方はいくら若いとはいえ娘と同じ「奇異性脳塞栓症」により片麻痺を引き起こすことがあるのです。そしてそのためには、片麻痺になっても対応する保険に加入する必要があるのです。これについては以下の記事も参考になさってください。

7.まとめ

  • 卵円孔開存は原因不明の脳梗塞のうち40~50%といわれ若年者の梗塞の原因になります。
  • 卵円孔開存は成人の3~4人の一人には認められます。
  • 年齢に関わらず誰でも脳梗塞により障害が残る可能性がある前提での生活が重要です。
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