平成30年2月に、当クリニックでは歯科衛生士さんを採用することで認知症専門外来に口腔ケアを導入しました。もちろん、口腔ケアは医科では算定はできませんので、ご家族の同意のもと無料で提供しています。
たった2か月ですが、認知症専門医として多くの気づきを得ました。また認知症の患者さんで数回の口腔ケア後に劇的な改善を看られたケースも経験しました。
今回の記事では歯科治療・口腔ケアが認知症患者さんにもたらす効果について、毎月1000名の認知症患者さんを診察し、医科歯科連携に乗り出した専門医としてご紹介します。
目次
1.私自身28年間、歯を診たことはなかった
今回、歯科衛生士さんの雇用に際して、どの患者さんを診てもらおうか考えました。まずは、高齢者の患者さんの口の中の歯の本数を数えることから始めました。そこで気が付いたのですが、28年間医師をやってきて喉の奥や、舌の動きは診てきたのですが、歯の状態や本数を真剣に診たことは初めてでした。ついている看護婦さんも「先生、人の歯って何本でしたっけ?」という始末です。
まさに、これが医科の、歯科に対する認識なのです。ある歯科医さんに、「医療従事者の方は、一般の方より歯に対する関心が低いですね」と言われたことがあります。医科はどうしても、「歯で命を落とすことはない」と考えがちです。
しかし、「歯こそが命の入り口」という考え方を、医科の人間が認識することが大事なようです。今後医療法人ブレイン・土岐内科クリニックでは、早急に歯科医を雇用して歯科診療所を併設する予定です。幸い、現在の内科クリニックが移転前に使用していた建物を歯科クリニック転用できますので、最低5チェアを備えた、口腔ケアを中心とした歯科治療を提供する予定です。
2.認知症外来の患者さんの驚くべき口腔内
認知症専門外来の患者さんの口腔内を観察すると驚くことの連続でした。
2-1.そもそも歯がない
総入れ歯の方がとても多いのです。当院の認知症専門外来の75歳以上の患者さんの、総入れ歯率は約25%。厚生労働省が発表した、75歳以上の方の総入れ歯率が18.24%ということですから、それよりも上回っていました。
さらに、この総入れ歯の方の半数が、60歳前後の若いときにすでに総入れ歯になっていたことにもっと驚きました。
若いうちから歯がなくなったことは、アルツハイマー型や血管性の認知症に大きく関わっていると痛感しました。
2-2.ほとんどケアされていない
認知症患者さんは、歯磨きもほとんどしませんし、入れ歯のケアもしていませんでした。具体的には、「おばあちゃんは週に2回デイサービスの時しか歯を磨きません」、「入れ歯がありますが、嫌がるので数年間外したことがありません」「嫌がって歯ブラシを噛んでしまって磨けません」など驚きの声が続出でした。
数年間外していない入れ歯を取って、口腔ケアをしてくれた歯科衛生士さんには頭が下がります。もともと口の中をおろそかにしてしまっていた方は、高齢になるとさらに嫌がるのだと思います。
2-3.家族にとって歯どころではない
ご家族の正直な声は、「内科、眼科、整形の受診が必要で、そのうえ歯科までかかれません」です。
「便の処理はできても、人の入れ歯は洗えません」と言われたお嫁さんもいらっしゃいました。いずれにせよ、多くのご家族が、歯科受診までは手が回らないようです。
この状況の中、内科クリニックに歯科部門が併設することには、多くの患者さんから期待されました。乗り越えるハードルはいくつかありますが、患者さんのためです。早急に歯科医の雇用をしたいと思っています。
3.口腔ケアで改善した3例
口腔ケアで改善した3例をご紹介します。
3-1.食欲が改善して意欲も向上
食欲も低下して、一日座っていることが増えた82歳の女性患者さん。たった一度、外来終了後に口腔ケアをしただけで、同日から食欲が改善。徐々に、意欲も向上してきました。ご家族も、「口のケアは大事なのですね」と驚くほどの改善です。以降は、患者さん自身が積極的に、月1回診察後の口腔ケアと自宅での歯のケアに取り組んでくれています。
3-2.若年性アルツハイマーの患者さん
進行が速いため、自身では歯は磨けません。奥様が磨こうとすると、口を閉じてしまい、しつこくすると暴力を振るうほどでした。歯科衛生士さんの口腔ケアができるか不安だったのですが、若い歯科衛生士さんにはとても素直で、おとなしく口腔ケアを受けてくれます。
驚いたことに、「口のケアは心地よい」と認識をしてくれたのか、最近は奥様による歯磨きにも素直に応じてくれています。
3-3.在宅患者さんの部屋の臭いが取れた
訪問診療に関しては、10年以上前から歯科医と歯科衛生士さんに関わってもらっています。在宅歯科診療により、歯肉が赤く腫れていたのが、我々が診てもわかるほどに「ピンク色」に改善します。同時に、部屋の臭いも改善するから驚きです。我々が、「寝たきり患者さん特有の臭い」と思っていたのが、実は「口臭」であったのです。このことは、誤嚥性肺炎の予防につながっていくとも考えられます。
4.改善した理由とは
認知症患者さんは、口腔ケアでなぜ改善したのでしょうか?
4-1.口腔内を刺激すると脳がたちまち若返りだす
実は口腔ケアや口腔内リハビリを行うことは、脳を広範囲に刺激するのです。
以下のホムンクルスの図を見てください。私の著書「おや指を刺激すると脳がたちまち若返りだす」では、表面積では1/10占めない指が、脳の中では1/3を占めることを指摘しました。
実はそれ以上のことが口腔内ではいえるのです。表面積では、1/10以下の口腔内が、脳の中では、指以上に運動野と感覚野のそれぞれ半分以上を占めているのです。
まさに、「口腔内を刺激すると脳がたちまち若返りだす」原理がおわかりいただけると思います。
4-2.心地よさが記憶を呼び覚ます
脳にとって大事なことは「心地よいか否か」です。
私が、ご家族に指導することがあります。「どれだけ健康に良いことでも、本人さんにとって不快なこと」は止めていただきます。いくらモーツアルトが頭に良いと言っても、嫌いなものを無理して聴いては逆効果です。
口腔ケア後の爽快感は、認知症患者さんでも認識できるものです。介護拒否がある患者さんでさえ、「心地良さ」を覚え、それを思い出すと、以後のケアには素直に従ってくださるのです。
4-3.噛むことが脳の血流を増やす
脳が刺激され、心地よさに気が付いた患者さんは、食事量が増えます。人間は一噛みするごとに、約3.5mlの脳血流が増えます。つまり、口腔ケアで、食事量が増えることが意欲を高めることにつながるのです。
5.「歯科医が過剰」は間違っている
「歯科医のなり手が多く、余っている」というような報道をされることがあります。
当クリニックの患者さんを診た歯科衛生士さんの感想としては「まったくそのようなことはない」と感じられたようです。当初から驚きの連続でした。
5-1.歯科医受診は氷山の一角
当院の歯科衛生士も、「歯科医を受診される患者さんは氷山の一角」であることに気が付いてくれました。歯科受診をする時間的・介護的余裕がなく受診すらできない人がたくさんいらっしゃるのです。
世の中には歯科医や歯科衛生士さんが関わらなければいけない患者さんが、かなりの数、ご自宅や施設内で歯磨きすらせず病気と向き合っているのです。
5-2.日本の歯科定期検診受診率
予防歯科の意識の高いスウェーデンやアメリカと日本の歯科定期検診の受診率を比べてみると、スウェーデン80%以上、アメリカ70%以上なのに対し日本の歯科定期検診受診率はわずか10%未満という結果が出ています。
5-3.歯科医は足りていない
歯科医過剰は間違っています。スウェーデンやアメリカ並みに、皆が歯科受診すれば歯科医や歯科衛生士はまったく足りないといえます。現実として、メンテナンスをきちんと実行している歯科は、予約を取るのが困難なのです。
6.高齢者にもオーラルケアは重要!医科歯科連携で解決とは
若いうちからはもちろん、高齢者であっても口腔ケアの必要性を理解していただく。3ヶ月から半年に一度は歯科医にて定期検診を受ける。これによって認知症にかかる可能性が少なくなり、すでにかかっている方も維持、改善が図られると思います。
現在、歯科医まで手が回らない介護生活の方のためには、医科診療の際にそのまま歯科までみてもらう。これにより通院の手間は一度で済むようになります。そのような医科歯科連携の体制づくりも重要だと考えています。当クリニックではこの医科歯科連携にいよいよ乗り出します。
歯科医さんの募集について、別記事にまとめました。歯科医師として新しい働き方を考えている方はご一読いただけると幸いです。
7.まとめ
- 口腔ケアは認知症患者さんの食事量や意欲を高めます。
- 口腔内を刺激することは、脳の運動野と感覚野の半分を刺激することにつながります。
- 歯科医に受診したくてもかかれない患者さんがたくさんいらっしゃるのです。