40歳を超えたころから、記憶力は間違いなく衰え始めます。私のクリニックでも40歳を超えたスタッフが何人集まっても、思い出せないものは思い出せません。しかし、20歳代のスタッフが一人いれば、すぐに思い出してくれることがよくあります。
そんな記憶力を向上する方法があればすぐにでも試したいものです。最近、10分程度の簡単な運動で脳が刺激され記憶力がアップするという研究成果が発表されました。今回の記事では、年齢とともに衰える記憶力を向上させる方法についての研究成果を認知症専門医の長谷川嘉哉が解説します。
目次
1.記憶にも種類がある
今回の実験結果は、すべての記憶が良くなったわけではありません。報道では以下のように伝えています。
筑波大学などの研究グループが、10分程度の軽い運動をするだけで、人の脳の海馬が刺激され、記憶能力が向上することを実験で確かめた。米科学アカデミー紀要に論文が掲載された。運動によって海馬が活性化することはわかっていたが、軽い運動を短時間するだけで効果があることがわかった。(私たちの記憶システムは10分間の軽い運動で活性化する サイエンスポータル)
1-1.今回の研究でわかったのは
記憶は大きく分けると長期記憶と短期記憶に分けられます。今回の研究結果で改善したのは、長期記憶の中の「エピソード記憶」が改善したというものです。
1-2.エピソード記憶とは?
エピソード記憶とは、「自身が経験した出来事に関する記憶」です。出来事の内容に加えて、その時の周囲の環境、身体状態、心理状態も一緒に記憶されるものです。
1-3.短期記憶は実験の対象外
日常生活の中では、ほんのわずか、時間にして数十秒程度、物を覚えることがあります。例えば、電話番号を聞き取ってメモする際などで、これは短期記憶と言います。今回の研究では、このような短期記憶は対象ではありませんでした。
2.人間でも運動で神経細胞が活性化する?
私たちは学生時代から、一度失った神経細胞は再生しないと学んできました。しかし、最新の研究結果では、ラットやマウスに運動をさせると歯状核を含む海馬の神経細胞が活性化し、学習・記憶力が向上することが分かりました。
この結果は、脳神経内科専門医としてはとても勇気づけられる結果でした。しかし、「動物実験の結果は人間でも同じ?」という疑問もわきます。
今回の実験結果はまさにそんな疑問に答えるものなのです。
3.実験結果の概要
今回の実験では、運動によるエピソード記憶の効果を検証しています。検査結果は、動物のように脳の細胞を直接観察はできないので、高磁場MRIで神経活動を撮影して評価しています。結果は以下になりました。
- 負荷の極めて低い運動を行ったときラットやマウスと同様に、人間でも海馬を中心とした記憶システムを活性化してエピソード記憶力が高まった。
- 負荷が高い運動をした場合は、エピソード記憶力の向上は認められなかった。
4.具体的な運動
実験の結果から、負荷が高くない運動がエピソード記憶を改善させることが分かりました。研究グループは具体的に、ヨガや太極拳、ウォーキング、簡単な体操やダンスなどを薦めています。逆に、負荷が高い運動はストレスの影響で、エピソード記憶の改善を妨げると考察しています。
実は、当グループが開発したブレイングボード®は今回の研究結果にもマッチしています。ブレイングボード®を使って、四つの動きを一セット行うと、時間にして10分程度となります。軽く傾斜のついたプレイングボード®の上で、ゆっくり呼吸しながら身体を動かすことで「有酸素運動」や「筋力トレーニング」、「柔軟性」を鍛えることができるのです。新しい健康習慣のご提案としてお勧めさせていただきます。(2022年、ブレイングボード ®を使用した運動が認知症の予防改善に効果があることで特許取得しました)
ブレイングボード®と脳の関連については以下の記事で解説しています。
5.運動も大事だが、心地よさも大事
認知症の脳を調べると、記憶を司る海馬より、感情を司る扁桃核が先に委縮することが知られています。そのため、扁桃核を刺激するような心地よさを感じることは、とても脳に良いのです。
現在、マスコミ等では認知症予防についての情報が氾濫しています。そのため、患者さんのご家族からも多くの質問を受けます。その際に、私がお話しするのは、「患者さん自身にとって心地良いか否か」で判断するようにお願いしています。
6.まとめ
- 動物でなく人間でも運動がエピソード記憶を高めることが証明されました。
- 運動の種類は、運動負荷が低いものが有効です。
- 運動負荷が高いものは、エピソード記憶を改善する効果は認めませんでした。