4月になってから、認知症専門外来の患者さんがどこか不安定です。意味不明な発語が増えたり、徘徊が増えたり、どことなく落ち着きがありません。ご家族によっては、「認知症が進行したのでしょうか?」と心配されます。しかし、長年にわたって介護されているご家族は「木の芽時ですから少し不安定なんですよね。でも毎年のことですから様子をみます」と、冷静に判断されています。
4月は季節的には、「木の芽時」です。科学的ではないかもしれませんが、認知症患者さんが、不安定になることは間違いありません。それは一般の方も同様なのです。何かソワソワしたり、眠気が取れなかったり、その一方で寝つきが悪かったり…。
今回の記事では、木の芽時が「患者さんだけでなく普通の人」に与える影響と対策を神経内科医で認知症専門医の長谷川嘉哉がご紹介します。
目次
1.木の芽時とは
3月から4月にかけての季節を、『木の芽時(コノメドキ)』といいます。読み方も、「きのめどき」でなく、「このめどき」が正しいようです。「木の芽時」とは、樹木に新芽が出る早春の時季を指し、山菜摘みや、お花見など、自然とのふれあいが楽しい頃ですが、心や身体の不調を感じやすい頃でもあるのです。
2.木の芽時に不安定になる原因は
理由のひとつは、春の安定しない気温の差です。ずっと低かった気温が急に温かくなったり、また寒くなったりと、ストレスになってしまいます。それが自律神経のバランスを崩し、精神的な不安定さを生み出してしまうのです。
また、もともと生物は冬眠をするもの。ところが人間は冬の間も身体を休めることなく、不規則な生活をしてしまいます。春の「目覚めの季節」に心身がうまく対応できず、体調や気分が不安定になってしまうのです。
昔の人は、こうした「やる気が出ない、疲れが取れない、体がだるい……」という春の不安定な状況を『木の芽時』と名付け、いつもよりゆっくり休みながら過ごしていたそうです。
3.春の気候が患者さんに与える影響
健康な方でも不安定さや不調を感じやすい木の芽時。当院の外来患者さんも、春の気候にとても影響を受けているようです。悪化したように思える場合もありますし、良化したような症状の方もいます。
3−1.認知症患者さんは、どこか落ち着かない
木の芽時までは落ち着いてた認知症患者さんが、3〜4月になると落ち着きがなくなることがあります。夜間に起きてウロウロしたり、日中もどこか落ち着きがなく外に出ていこうとされる方もいらっしゃいます。医師としては、認知症の進行を疑って頭部CTやMMSEの検査を行うのですが、多くは変化がありません。
最初のころは、薬の増量・変更も考えていましたが、最近では、過去の同時期のカルテや、家族のお話から3〜4月の変化については様子観察するようにしています。
結果、ほとんどの患者さんは5月以降になると改善するから不思議です。「木の芽時ですから、様子を見ましょう」ということは、科学的ではないのかもしれませんが、認知症専門外来では大事な対応方法なのです。ご家族の方も焦らないでいただきたいと思います。
3−2.運動障害の患者さん・・温かくなって動きやすくなる
逆に春になって改善される患者さんもいらっしゃいます。私の外来には、脳血管障害後遺症で片麻痺等の運動機能障害を持った患者さんがいらっしゃいます。彼らは、冬場は寒さのため、関節の拘縮が強く動きづらくなっていました。春になって、気温が上がってくると、拘縮も緩んで動きやすくなるのです。当たり前ですが、木の芽時は悪いことばかりではないのです。
3−3.一般の方も受け入れて過ごそう
春は、別れや出会いの季節。入学や就職、引っ越しなど、新しい環境に飛び込むことも多い時期です。もともと自律神経のバランスを崩しているのに、それに環境の変化が加わり、憂鬱な感情を引きおこしてしまっても仕方ありません。こうした憂鬱さは当たり前のことなのだと、まずは冷静に受け止めるところから始めましょう。
4.五年日記で体調管理を・・毎年同じ時期に体調が狂う人がいる
人間は不思議なもので一年の単位で見てみると、毎年、同じ時期に同じようなことをして、同じような感情の変化を体験しています。開業後にとても面白いと思ったのは、年に一回ぐらいしか受診しない患者さんの中には、去年と同じ日に受診される方がいらっしゃることです。
患者さんご自身は意外なほど自覚がありません。こちらがカルテを見て、「去年もまったく同じ日に、同じ症状で来院されていますね?」とお知らせすると驚かれます。
そんな変化を見逃さないためにも、五年日記はお勧めです。一年前、二年前、三年前の出来事を参照することで、「自分が体調を崩しやすい時期」を発見することができます。この発見をベースに予定を組むことで、ミスを避けながら、効率的な知的生産活動を行うことができるようになるのです。
5.変調への対策
せっかくの新しい季節。ゆっくりと心と体をを整えていきましょう。木の芽時の対策をご紹介します。
5−1.食事と運動
自律神経は、自分自身のバランスを取っている部分。整えるにはやはり決まった時間に起き、決まった時間に食事を取り、よく眠り、よく動くことが大切です。効果的な食材は『木の芽時』にちなんで、「たらの芽」「にんにくの芽」「蕾菜(つぼみな)」など、芽の食材。タケノコや春キャベツなどの旬なものが良いそうです。どれもリラックス効果やストレス解消につながる栄養素を持っています。旬のものをなるべく摂りつつ、ほどよい運動を心がけましょう。
5−2.逆に、自己暗示には注意
五年日記で、体調を崩しやすい時期を知ることは大事です。しかし、逆に「自分はこの時期に必ず体調を崩す」と思い込んではいけません。人間は、自己暗示によって体調を崩すことさえあります。あくまでも五年日記は、一つのデータとして参考程度にするようにしましょう。
6.まとめ
- 科学的ではありませんが、3〜4月の「木の芽時」は心身に影響を及ぼします。
- 認知症患者さんは、落ち着きがなくなることがありますが、多くは様子観察で元に戻ります。
- 普通の方も、毎年同じ時期に体調を崩される方がいらっしゃいます。前もって気をつけることは大事ですが、過剰な自己暗示には注意をしましょう。