先日、当院に弁護士さんから電話。以前に当院を受診されていた患者さんが、施設で食事介助の際に窒息、死亡。それに対して、家族が施設側の責任を問題視して、弁護士に調査依頼をされたとのこと。そのため当院の外来カルテを開示請求するとのことでした。
今回の患者さんの家族には、嚥下障害が強く、外来でも何度も誤嚥性肺炎・窒息の可能性があることを何度も説明していました。それなのに、施設の責任を問うとのこと。この患者さんは、介護抵抗や暴力行為も強く、多くの介護施設が受け入れを拒否していました。その中で介護者の負担を減らすために、あえて受け入れてくれた施設です。とても悲しくなりました。
今回の記事では、このような理不尽な裁判が続くことは、世の中の多くの介護者が苦しむことになる理由を、専門医である長谷川が解説します。
目次
1.窒息・誤嚥にたいする施設の責任を問うとは?
そもそも、遺族が施設柄の責任を問うときは、どのような場面でしょうか?
1-1.食事介助のトラブル
患者さんの介護度が重くなると、自分自身で食事がとれなくなります。そのため、介護者が時間をかけて、気を付けながら食事介助をします。もちろん、食べ物もむせにくいように「とろみ」をつける工夫もしています。しかし、どれだけ気を付けても、患者さん自身の嚥下機能が落ちれば、食事介助の際に、食べ物を気管支につまらせる窒息や誤嚥は起こりうるのです。
1-2.嘔吐から起こる窒息
介護度が重くなってくると、食事以外の時間に、胃の内容物を嘔吐することがあります。そんな嘔吐物を気管支に詰まらせたりすることは、起こりえます。高齢で、介護度が重くなってくると、どれだけ気をつけても嘔吐を完全に防ぐことは不可能なのです。
1-3.突然死
高齢であるだけで、どれだけ元気でも、突然亡くなることがあります。夜間、1時間前の巡視で問題がなくても、その後に心呼吸停止の状態で発見されることもあるのです。そのため、私は機会あるごとに、「一定の年齢になったら、朝布団の中で亡くなっている可能性もあること」をお伝えしています。
2.窒息誤嚥をおこしやすい疾患
疾患によって、介護者がどれだけ気を付けても窒息誤嚥を起こしやすい疾患があります。
2-1.脳血管障害
私は、高齢者の嚥下機能を疾患別に、嚥下造影検査(swallowing videofluorography: VF)で調べたことがあります。そうすると、一度でも脳梗塞や脳出血の既往があると、嚥下機能は正常ではありませんでした。特に、脳血管障害を再発しているケースでは、検査中でも窒息・誤嚥を起こしそうになるほどでした。
2-2.パーキンソン病
パーキンソン病は、嚥下機能については相当厄介です。なぜなら、むせのない誤嚥をするのです。むせがあれば、介護者は誤嚥していることが分かります。しかし、パーキンソン病はむせもなく普通に食事をしていながら、誤嚥してしまうのです。本人の、全身状態が良い時は問題ないのですが、抵抗力が落ちてくると、誤嚥性肺炎か窒息を起こします。私が、パーキンソン病患者さんの最期を調べたところ、2/3の患者さんが、窒息もしくは重症肺炎で亡くなっていました。
2-3.高齢者は全員リスクがあるといえる
食べ物を飲み込む時には、自然に気管支にふたをすることで、スムーズに食道を流れて胃に到達します。しかし、高齢になると、気管支にふたをする距離と時間が長くなります。高齢の人たちが食事の際にお茶でむせやすくなるのこれが原因です。つまり、疾患に関係なく、年を取るだけで窒息や誤嚥の可能性は高くなるのです。
3.家族が施設を訴える原因
ご紹介したように、要介護者の窒息・誤嚥はやむをえないものです。ならば、どうして裁判に訴えたり、弁護士を介することになるのでしょうか?
3-1.医療的なリスクの説明不足
一つには、医師側の説明不足が挙げられます。窒息・誤嚥を起こしやすい、脳血管障害やパーキンソン病は脳神経内科が専門とします。それ以外の医師は、これらの疾患のリスクを把握していないため、患者さんのご家族に説明がされていない可能性があります。
私は外来においては、「先に言えば説明、後で言えば言い訳」と考えています。常に、起こりうるリスクをご家族に説明し、その内容をカルテに記載するようにしています。今回、弁護士さんから連絡があった患者さんも、何度となく「窒息・誤嚥」の危険性を説明したことが、カルテに記載されていました。
3-2.施設側の不適切な対応
私が、これほどご家族に何度も説明をしていたのに、なぜご家族が介護施設側に疑念を持たれたのでしょう? はっきりは分かりませんが、突然の窒息・誤嚥の後に、すぐに正しい情報をご家族に提供しなかったことが疑われます。
私は、緊急時には初期消火が重要と考えています。つまり、できるだけ早く、関わったスタッフから事情を聴取。時系列に何が起こったかをまとめます。
そして、ご家族がどのスタッフに聞いても、同じ情報が公開できるように内容を統一します。ご家族にしてみれば、誰に聞いてもはっきりせず、内容も統一されていないと不信感につながるのです。
3-3.ぽっと出症候群の家族の存在
医師もきちんと説明し、施設側も適切な対応をしても、ご家族によっては弁護士に訴えられることがあります。この場合は、殆ど介護に関わっていなかった家族が突然現れ、クレームをつけるのです。介護の現場では、このような家族を「ぽっと出症候群」と呼んでいます。今回のケースが、ぽっと出症候群の家族によるものであれば、私は介護施設側に立って戦いたいと思います。
4.弁護士に依頼するまえに
もしかすると、ご家族は軽い気持ちで弁護士さんに相談したのかもしれません。しかし、いったん相談すると、弁護士さんも調査をする必要があります。調査をしなければ、弁護士さんもどのように対応すればよいかわからないのです。そのため、いったんは、介護施設、受診していた医療機関に問い合わせをする必要があるのです。
その時の、介護・医療関係者の気持ちは、「猜疑心」と「不安」と「怒り」が入り混じります。今回のケースでも私は、「あの家族がなぜ?」、「介護スタッフは大丈夫?」、「介護現場への感謝の気持ちがないのか!」といった複雑な思いでした。
もしもご家族にお伝えできるとすれば、過去を振り返るのではなく、未来に向かって歩いてもらいたいと思います。
5.介護訴訟が増えると
このような介護訴訟がふえると、我々も以下のような対策を取らざるを得なくなります。
5-1.入所前の手続きが増える
医療現場では、ありとあらゆる検査の前に同意書を取るようになりました。同様に、介護施設も窒息・誤嚥のリスクを説明し、万が一の場合の同意を得る必要があるでしょう。少し寂しい気持ちもありますが、やむをえないと思います。
5-2.介護困難な要介護者の受入れ拒否
同意書があれば、施設側のすべての責任がなくなるわけではありません。同意書があっても、クレームを言われるご家族はいらっしゃいます。ですから、最初から介護が困難な患者さんの受け入れは拒否することになると思います。今回のケースであれば、なんとか努力して受け入れてくださった施設よりも、家族の介護負担も無視して、断った施設のほうが正しかったのかもしれません。
5-3.家族を見て、入所判断するようになる
実は、私の施設では家族をみて入所判断をします。権利意識が強く、横柄で傲慢な家族は最初から入所をお断りしています。我々、経営者は、ほかの利用者さんの環境や介護スタッフも守る必要があるのですから。
6.まとめ
- 介護困難な利用者さんを受け入れてくれた介護施設に対して、ご家族が責任を追及されました。
- 窒息・誤嚥は、高齢であれば誰でも起こりえます。
- 今後、介護訴訟が増えれば、結果的に本当に困った患者さんを受け入れてくれる施設はなくなります。