平成30年には、6年に一度ある「医療保険と介護保険の同時改定」が行われます。そこで、厚生労働省が打ち出している方針の一つが、「時々入院、ほぼ在宅」です。これからの医療は、「在宅医療」が中心になっていきます。
在宅医療とは、なるべく入院せずに自宅にいながら医療が受けられるようになることですが、いきなり在宅で治療といっても不安があるでしょう。
ご家族にとっては、食事、点滴や投薬、入浴や体の清潔維持、急変したらどうするなど、疑問は数限りなくあるはずです。
患者さんにとっても介護者にとって最も負担、不安がなく、治療効果が高い「在宅医療」とはどんなものか。5万件以上の訪問診療を行い、500件以上の在宅看取りを経験している在宅専門医の長谷川嘉哉がお伝えします。
目次
1.在宅医療とは
国としては、膨大に膨れ上がった医療費を削減させる必要があり、大きな方針として今後は病院治療から在宅医療に移行させる意図があります。では、在宅医療とはどのようなものでしょうか?
1−1.自宅でも病院と同等の療養が見込める場合に採用される
国としては入院期間が長くなると、それだけ健康保険費用負担が重くなります。
また高齢者の一部の疾患は、入院が認められた期間中に劇的な改善が見込めないものがあります。入院していても自宅で療養していても同程度の効果だとみなされれば、ご負担を考えても在宅医療が第一選択肢になるのです。
1−2.「往診」と明確な違いがある
「往診」は、患者さん側の要求により医師などが不定期(臨時)に出向いて診察や治療を行うことを指します。ドラマや映画では患者さんが急変すると医師が駆けつけ、ご自宅で診察を行うシーンがありますが、まさにあれです。
しかし、現実にはいきなり呼ばれても「患者さんのもともとも状態」「診断の精度」「そもそも家が分からない」ものです。そのため、当院ではこの臨時的な「往診」はお断りしています。
一方、最初から患者さんの状態を把握し、ご自宅での医療方針に乗っ取り、定期的にお伺いして診察と経過観察などの治療行為を行うことが「在宅医療」です。
定期的に月に1〜4回は訪問しますから、患者さんの常日頃の状態、診断名、家の場所もしっかり把握して対応ができます。今後はこのスタイルが高齢者医療の中心となっていくのです。
1−3.在宅医療の対象となる疾患
2018年2月現在、在宅医療の対応疾患は以下のものです。
- 脳血管障害後遺症
- 認知症
- 脊髄損傷
- 神経変性疾患(脊髄小脳変性症、パーキンソン病筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症)
- 末期癌
- 老衰
これら以外でも、通院が困難であると医師が診断すれば在宅医療は可能です。しかし、夜中の寝返り支援が必要なほどの状態の方は、そもそも在宅医療が選択されることはほぼありません。
1−4.医師は在宅医療でもかなりのレベルの治療行為ができる
在宅医療において医師は、通常は血圧・体温・脈・酸素濃度を測定し、聴診等を行います。しかし、状態が悪ければ、緊急採血、点滴も可能です。その他、持続点滴、中心静脈栄養、在宅酸素、胃瘻管理、尿バルーン管理まで対応可能です。つまり、病院で行われていることは殆ど在宅でできることになっているのです。
1−5.医師だけではない療養環境を作ろう
入院中は、医師以外にも看護師さんがナースステーションにいて、24時間いつでもナースコールで呼ぶことができました。またリハビリの時間になれば、廊下を歩いたりリハビリルームに出向いてリハビリを行なっていました。
これらに近い環境を作るのが「在宅医療」です。入院との大きな違いはご家族のリーダー的立場の方(たいていは介護する方、パートナー)が自発的に動いて決定していくことなのです。
次章ではこれらの不安がないように解説します。
2.在宅医療を支えるプロフェッショナルたちとは
在宅で患者さんをお世話する場合、ご家族は「自分達で何ができるのだろう?」と不安になるでしょう。しかし、ご家族だけで抱え込まない態勢づくりが進んでいます。プロフェッショナルたちがご家族を全面的にフォローするので、以下のような環境を作りましょう。
2−1.訪問診療は在宅支援診療所に
訪問診療をお願いする場合は、まずは在宅支援診療所の届け出を行っている医療機関がないか探しましょう。
なぜならば訪問診療は、外来診療や入院診療とは違う経験が必要だからです。在宅医療をやったことがない医師が突然始めても、戸惑うばかりで、患者さんやご家族に負担を強いてしまうのです。その点、在宅支援診療所の届け出を行っている医療機関であれば、経験があることになります。
在宅支援診療所とは、在宅療養をされる方のために、その地域で主たる責任をもって診療にあたる診療所のことです。 地方厚生(支)局長に届出て認可される病院・クリニックの施設基準のひとつです。
2−2.困ったときは訪問看護師さんに電話を
在宅医療で最もご家族が頼りになるのが訪問看護師さんです。在宅において起こる問題は、介護に関することから、医療に関することまで多岐にわたります。そのときに、介護にも医療にも詳しい存在が訪問看護師さんです。
通常、ご家族が「困った、どうしよう?」と思った時に最初に電話をするのは訪問看護師さんです。状況により、様子を見たり、訪問看護師さんが対応したり、医師に連絡をしてくれます。在宅においては、主治医より主治看護婦が最も頼りになるのです。
2−3.介護支援専門員(ケアマネ)が心のケア
在宅においては、医師は医療的処置を提供。訪問看護師さんも看護的な処置を行います。結構、時間は限られています。そのためご家族は、医師や看護婦には、介護の悩みなどは相談しにくいものです。
そんなときに、重要な働きをするのがケアマネです。定期的にご家族や患者さんの「困りごと」を伺います。私の経験では、医師や看護師にも相談できないこともケアマネには相談できるようです。
実際に在宅医療を成功させるには、経験豊富な医師と看護スタッフだけでなく、ご家族の精神的なケアをするケアマネの働きが必須であるという報告もあるのです。
2−4.訪問リハビリ
在宅においては、リハビリも忘れてはいけません。自宅に、理学療法士や作業療法士が伺います。癌の末期であっても身体を動かしたり、筋肉の緊張を緩めることで痛みを緩和することが可能です。最近では、訪問リハビリの従事者も男性・女性の比率が同数に近くなっています。そのため、異性の担当者がリハビリを担当すると「より効果が高まる?」ようです。
2−5.歯科医・歯科衛生士
定期的な歯科医・歯科衛生士がうかがうことで、歯の状態チェック、口腔ケアを行います。歯を維持することで口からの栄養摂取が維持されます。口腔ケアにより誤嚥性肺炎を減らすことも可能です。
何よりも、在宅での患者さん独特の「臭い」が口腔ケアにより無くなることには驚きです。在宅患者さん特有の臭いとは「口臭」であったのです。
2−6.薬剤師
介護する方が高齢の場合、訪問診療後の薬を薬局に取りに行くことも困難です。そんな時は薬剤師が自宅まで薬を届けてくれて、詳細に薬剤情報を伝えてくれます。
3.在宅医療を支える介護サービスとは
在宅医療を支えるプロフェッショナルは、基本的に自宅を訪れるサービスが主になります。しかし、毎日人が訪ねてくることは介護者には負担です。在宅療養を成功させるためにはデイサービスとショートステイの利用は必須です。
3-1.デイサービス(日帰り)
最低でも週に2回以上は使いたいものです。デイサービスでは、入浴、食事、リハビリが提供されます。特に、要介護者の自宅での入浴は負担が重いものです。週に3回デイを使えば自宅での入浴は不要となります。
何よりも要介護者が出かけていれば、その間ご家族はは肉体的にも精神的にも開放されるのです。
3-2.ショートステイ(短期宿泊)
最初は1泊2日からでも良いので、必ず利用しましょう。徐々に日数を増やし、月に1〜2週間利用できれば理想です。利用のコツは、ご家族の用事が無くても定期的に利用することです。定期的な利用が、要介護者さんにも慣れていただくことにつながります。
3-3.福祉用具貸与制度
「要介護者さんがベッドを嫌がるから布団で寝ている」という話を聞くこともありますが、在宅療養ではベッドは必須です。介護者の負担を減らします。さらに心不全等が悪化したときにはベッドの背中がギャッジアップできると、とても症状が楽になります。
時々、自宅にある古いベッドを利用しようとするご家族がいますが、リース料はわずかです。最新の介護ベッドを借りてあげましょう。その他、褥瘡予防の空気マット、移動のための車いすも有効です。
4.在宅医療環境を整えるには
在宅医療を成功させるに正しい情報収集が大事です。
4-1.ホームページで地域の在宅支援診療所を探そう
ホームページも持っていない医療機関は避けましょう。今の時代、地域に総合的なサービスを提供している在宅支援診療所はホームページも充実しています。優秀な在宅支援診療所であれば、訪問診療、訪問看護、訪問リハビリ、ケアマネまでトータルで提供してくれます。
4-2.ケアマネや在宅医療を経験をした方から評判を確認しよう
ホームページで情報を集めると同時に、地域のケアマネからの情報も収集しましょう。在宅医療に経験豊富な施設であれば、ケアマネからの評判も良いはずです。もちろん、在宅医療を経験されたご家族からの感想は最も正しいものです。当グループでは、在宅看取りをさせていただいたご家族(一族?)皆さんが、外来の患者さんになっていることもよくあります。
4-3.市役所・医師会の情報は役立たない
世の中には、何か困ると「役所に相談する」という方がいらっしゃいますが、これは役に立ちません。彼らには、本当に役立つ情報は入ってきません。仮に情報が入ってきても公的な立場から「特定の医療介護機関が良い」という情報は伝えられないのです。
また、地域の医師会の会員が協力して在宅に取り組んでいることもありますが、役立っているケースは少ないようです。「協力」という言葉の響きは良いのですが、責任の所在が分散するため、結果的に普及しないようです。
5.在宅医療を多くの開業医に取り組んでもらうために
地元で、ホームページが充実しているような在宅支援診療所が見つからないときは、自分の主治医に在宅医療に取り組んでもらうことも一つです。そのために、以下のような家族の心構えが大事でです。
5−1.家族の意志を伝える
主治医に「できるだけ自宅で看取りたい」という意志を表示しましょう。そのうえで積極的な医療行為は希望しない旨も伝えましょう。
5−2.真夜中の死亡確認は朝に
多くの開業医が在宅医療に非積極的なのは、真夜中に呼ばれることへの不安です。晩酌を唯一の楽しみにしている先生方も多くいらっしゃいます。「在宅医療は晩酌ができなくなるからやらない!」と明言した医師もいます。
あらかじめ「万が一、夜間・真夜中に死亡した際は、朝の確認でもよいです」と伝えておいてみましょう。そうすると応じてくれる開業医さんも結構いらっしゃると思います。
6.ご家族は肩の力を抜いて取り組もう
以前、当グループが看取りを行ったご家族に集まっていただいてシンポジウムを開いたことがあります。
そのとき寄せられた感想として『長谷川先生から「在宅医療は看られるところまで看ましょう。ご家族が限界に達したらいつでも病院に紹介します」の言葉に支えられて、結果的に自宅で看取ることができました。』というものがありました。
自分としてはあまり意識していなかったのですが、「看られるところまで在宅で看る」という肩の力を抜いた取り組みが大事なのかもしれません。
7.まとめ
- 在宅医療は、往診とは違います。
- 現在は、在宅支援診療所を中心に多くの職種がご家族を支えます。
- 「診られるところまで在宅で診る」という肩の力を抜いた取り組みが大事です。