私の患者さんで、易怒性が強く、外来診察中にも怒って診察室を出て行ってしまう患者さんがいらっしゃいます。
その患者さんは、他の病院の医師や看護婦さんにも同様の態度をとっており、ご家族も対応には手を焼いています。
さらに、ご家族から、驚くべき話を聞きました。その患者さんは、日本刀を何振りも所有しているとのこと。もちろん、家族が処分することをお願いしても聞く耳は持ちません。
実は、銃や刀を所持している人も高齢化が進んでいます。その人たちが、認知症を発症するとその取扱いには、危険が伴います。ではどうしたらいいのでしょうか。今回の記事では月に1,000人の認知症患者さんを診察する専門医の長谷川嘉哉が、認知症患者さんの銃刀法について解説します。
目次
1.銃刀法違反とは
銃刀法違反とは、銃砲刀剣類所持等取締法で定められている「鉄砲」や「刀剣類」を無許可で所持したり、「刃物」を正当な理由なく携帯したりすることです。犯罪目的で、鉄砲や刀剣を所持すれば、逮捕されても当然ですが、趣味目的のものでも、銃刀法違反に問われることがあります。
2.銃砲又は刀剣類の所持の許可とは
鉄砲や刀剣類の所持には以下のような許可が必要です。
2-1.許可
銃砲・刀剣類の所持は、厳格な基準を満たした上で、所持しようとする銃砲又は刀剣類ごとに、その所持について、住所地を管轄する都道府県公安委員会の許可が必要です。
2-2.許可の基準
以下のものには、都道府県公安委員会は、銃砲・刀剣類の所持を許可してはいけないことになっています。。
- 18歳未満の者(一部の銃砲については14歳未満の者)
- 破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者
- 精神障害若しくは発作による意識障害をもたらしその他銃砲若しくは刀剣類の適正な取扱いに支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものにかかつている者又は介護保険法に規定する認知症である者
- アルコール、麻薬、大麻、アヘン又は覚醒剤の中毒者
- 自己の行為の是非を判別し、又はその判別に従って行動する能力がなく、又は著しく低い者(責任能力がない者)
- 住居の定まらない者
- 許可を取り消された日や、この法律によって処罰された日から起算して5年を経過していない者など
- ストーカー行為等の規制等に関する法律に規定するストーカー行為をし、同法の規定による警告又は命令若しくはその延長の処分を受けた日から起算して3年を経過していない者
- 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律の規定による命令を受けた日から起算して3年を経過していない者
- 集団的に、又は常習的に暴力的不法行為その他の罪に当たる違法な行為で国家公安委員会規則で定めるものを行うおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者
- 他人の生命若しくは財産若しくは公共の安全を害し、又は自殺をするおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者
3.銃刀の所持が危険な患者さんとは
銃刀法では、「介護保険法に規定する認知症である者」に対しては、銃砲・刀剣類の所持を許可はできません。認知症専門医としては以下の方々が特に危険です。
3-1.早期認知症
他人から見れば、認知症とはわかりません。認知症の検査でも側頭葉機能は正常です。しかし、前頭葉機能が低下している患者さんを早期認知症と言います。
日常生活は自立していますが、前頭葉が司る、論理的思考、突発的判断、理性のコントールが障害されています。そのため、車の運転は危険です。もちろん、銃砲・刀剣類の所持などもとても危険です。
3-2.前頭側頭葉型認知症
認知症状を示す疾患の一つです。初期では、物忘れより異常行動が主となります。
具体的には、突然怒り出したり、ときには暴力も振るう。逆に極端に無気力になる。掃除や洗濯を全く行わず不潔感が強い。決まった時間に同じ行動を繰り返す。スーパーで万引きをしたりする、痴漢行為をする。どれも社会的ルールからは逸脱しています。銃砲・刀剣類の所持は、とても危険です。診察室を怒って出て行ってしまう私の患者さんは、この疾患を強く疑っています。詳しくは、以下の記事も参考になさってください。
3-3.認知症の進行に伴って周辺症状が出現している人
認知症は、初期の段階では物忘れを中心とする中核症状が中心です。
しかし、症状が進行すると、周辺症状といって暴言、暴力、興奮、幻覚、妄想、せん妄、徘徊などが出現してきます。こうなると、銃砲・刀剣類の所持などもとても危険です。詳しくは、以下の記事も参考になさってください。
4.返納届の方法は
銃刀法上、返納事由が生じた場合は、すみやかに届け出て許可証を返納することが義務づけられています。届出を怠った場合、届出義務違反となります。返納に際しては、以下の方法で行います。
4-1.譲渡
それなりの価値のあるものは譲渡することも可能です。その場合は、許可が失効した理由を明らかにした書類と譲受人の譲受書等を提出する必要があります。
4-2.廃棄
お住まいの地域の所轄警察署生活安全課保安係まで届け出て、「登録不可通知書」と銃砲刀剣類を渡せば廃棄処理をしてくれます。刀剣の場合、所持ができないのは刀身のみであるため、希望すれば拵え(鞘や柄)は、取り外して持ち帰ることができます。
4-3.寄付
歴史的な価値があり、売ったり、処分するのも困る場合は、国公立の博物館・美術館であれば、一般の方々への観覧を前提に、登録証がない状態で所持・保管が可能です。この場合は、寄付等の手続を取って譲渡することになります。
5.返納して処分するためには大きなハードルが
今まで紹介した手続きには、大きな問題があります。
5-1.家族による返納は認められていない
誰がこの手続きをするかです。実は、私の患者さんのケースでは、所轄の警察に問い合わせたところ、あくまで返納は本人しか行えないとのことです。(患者さんが亡くなった場合は、遺族により可能ですが)
5-2.処分には所有者の抵抗が伴う
そのため返納することができずに、そのままピック病疑いの患者さんが日本刀を所有しているのです。ただし、たとえ家族が返納できたとしても、今度は実際に日本刀を処分するとなると、患者さんの抵抗は相当なものと予想されます。
5-3.警察による強制的な対応が必要
運転免許の場合、医師からの公安委員会への通報で、強制的に取り上げることができます。同様に、銃や刀剣の処分についても、医師からの通報で所轄警察による強制的な対応が必要なので思います。ただし、この国の場合は、どこかで事件が起こらないと、対応はされないような気がしますが・・
6.まとめ
- 銃刀法では、認知症患者さんの銃砲・刀剣類の所持は認められていません
- 銃砲・刀剣類の所持をしている方の高齢化も進んでいます。
- 銃刀法の返納に際しては、所有者の抵抗が予想されるため、警察による強制的な対応が必要です。