私は、認知症専門外来において、「遠慮せず」に患者さんやご家族にお話しすることがあります。その態度は、時に高圧的になります。そのため、口コミサイトでも、「医師が高圧的」と書かれることさえありますが、基本的に気にしていません。
患者さんの状況を聞くだけで、アドバイスもせず、自らの医療のみに徹すれば高圧的になる必要はありません。しかし、「元認知症の家族としての経験」、「1000人以上の看取りをしてきた経験」、「在宅から施設の介護サービスの知識」があるのに、それを行使しないのは怠慢と考えています。ときに、高圧的と受け止めらても、これは患者さんとご家族のためという信念があります。今回の記事では、認知症専門医の長谷川嘉哉が「どんな時に高圧的になるか」についてご紹介します。
目次
1.そもそも高圧的とは?
最近は、少し必死にお話をしても、「高圧的」ととられるようです。本来、「高圧的」とは、「権力に物を言わせて、一方的に相手をおさえつけ、従わせようとするさま」という意味があります。
診療においては、必死に説明をしても医師にとっては得はありません。それどころか、「高圧的」と非難される危険さえあるのです。しかし、自分がどう思われるかよりも、患者さんやご家族に、あとで後悔して欲しくないと心から願っているのです。言葉の定義からも、決して高圧的とは思えないのですが・・。以下に、どんな時に、私自身が高圧的?になったかを紹介します。
2.介護を一人で抱え込む男性介護者
男性介護者さんはとても真面目です。とくに奥様の介護になると、子供さんの手も借りず、介護サービスも使わずに一人で抱え込んでしまいます。そんな介護は、肉体的にも精神的にもストレスが大です。
そのため、男性介護者さんが突然亡くなられたことも、8人ほど経験しています。そうなると、残された奥様、家族は途方に暮れてしまいます。そのため、男性介護者さんには、一人で介護を抱え込まないようにお願いします。それでも受け入れてくれないときは、配慮をしながら、遠慮なく「一人で介護を抱え込まれることは、のちのち社会迷惑」とお伝えしています。
3.突然現れて、無用な延命を希望する家族
外来や在宅で、何年も診療をしていると、患者さんだけだけでなく、介護者さんともとても仲が良くなります。特に、在宅医療で、何度も家に通っていると、まるでご家族のような関係になります。そのため、老衰で患者さんの状態が悪くなっても、「自然に看取りましょう」という話になります。
しかし、そんな時に、遠方の家族が突然現れ、「すぐに大きな病院に入院させてください」と主張する方がいます。これは、医療介護の現場では、ぽっと出症候群と言って、とても迷惑です。このような場合、私は配慮をしながらも、遠慮なく「あなたの自己満足による延命で、患者さんを苦しめるのですか?」とお伝えしています。ぽっと出症候群については、以下の記事も参考になさってください。
4.御用聞きケアマネ
ケアマネの選択で、ご家族の介護負担は全く異なります。確かに、ケアマネの義務は月1回の訪問です。しかし、それ以上訪問してはいけないわけではありません。熱心なケアマネさんは、要介護者さんの状態が不安定な場合は、頻回に家庭や利用している介護サービスの現場にも足を運びます。
私の外来にも、付き添われるケアマネには頭が下がりますが、来院しないケアマネもたくさんいます。そのため、時に外来に来ていただくこと(呼びつける?)もあります。そんなケアマネの計画するケアプランは、家族の希望を聞くだけで、プロとしての提案もありません。私は、そんなケアマネを「御用聞きケアマネ」といって軽蔑しています。
その上、月に1回の訪問も印鑑を貰ってすぐに帰り、夜間や土日には連絡がつかないケアマネには、配慮をしながら、遠慮なく「あなたはケアマネに向いていないのでは?」とお伝えしています。ケアマネ選びについては、以下も参考になさってください。
5.介護申請すら受けつけない窓口担当者
最近は、市町村もできるだけ介護サービスの利用者を増やしたくないのか、介護申請すら受け付けてくれないケースが多くなっています。私が外来で、「そろそろ介護認定をして介護サービスを利用しましょう」といって、家族に申請に行ってもらいます。そうすると、「まだ介護サービスを使う必要はありませんね!」と半ば強引に、受付さえしてくれないのです。
高齢のご家族であれば、役所の受付に言われれば、そのまま帰ってくるしかありません。私の患者さんで、このようなケースが3例続いた時には、さすがに頭にきて、介護保険課に電話。配慮をしながら、遠慮なく「土岐内科クリニックの患者さんに対しては、黙って申請を受けつなさい」とお伝えしています。
6.まとめ
- 認知症専門外来では、患者さんの事を考えて、「遠慮せず」に患者さんやご家族にお話しすることがあります。
- ときに高圧的と言われることもありますが、本来の意味の高圧的とは異なります。
- あくまでも、十分に配慮をしながら、遠慮なくが基本です。