先日、当院の認知症専門外来で受診された患者さんが、近日中に腰部脊柱管狭窄症の手術を受けるとのこと。ついでに診察をすると歩行も正常、得意のハンマーによる所見でも脊髄症状はなし。とても手術適応(=手術の必要)があるとは思えません。よくよく話を聞くと、自費で200万円ほどの費用がかかるとのこと。早速、他の整形外科の先生の受診をしてもらうと、やはり「手術適応はない」とのことでした。
腰部脊柱管狭窄症は、長期にわたって痛みやしびれが続きます。その上、歩行障害や排尿障害まで出現することがあります。そのため、「手術をしてでも良くなりたい」という気持ちも理解できます。しかし、手術に対して「自分の今の症状で手術を受けてもよいのか?」、「周囲は、年だから手術はやめろと言う」、「主治医によって手術に対する考えが違う」と大いに悩むのです。
そこで今回の、記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、腰部脊柱管狭窄症で手術をするか否かで、悩んだ際の判断ポイントを解説します。
目次
1.腰部脊柱管狭窄症とは?
腰部脊柱管の脊柱管とは、背中の中にある神経の束の通り道です。その束には、背中、お尻、両足、膀胱、直腸を支配する神経が走っています。もともと、この神経の束は、骨や靭帯に囲まれています。しかし、高齢になって、腰椎が変形したり、靭帯が厚くなると、脊髄が通る脊柱管が曲がったり、狭くなって、神経の束を圧迫します。その結果、腰痛、足の痺れ、間欠性跛行が起こるのです。間欠性跛行については以下の記事も参考になさってください。
2.緊急で手術が必要な場合は?
慢性的な痛みや痺れの場合は、緊急の対応は不要です。但し、以下の症状が出現した場合は、緊急手術を検討します。
2-1.尿が出なくなる
通常意識をしませんが、人は無意識のうちに、尿を貯める際には、膀胱の入り口を緊張させ、膀胱全体は弛緩させます。しかし、排尿する場合は、瞬間的に膀胱の入り口を弛緩させ、膀胱全体を緊張させることで、尿を排出させます。これら一連の動きは、自律神経によってスムーズに行われます。しかし、神経の圧迫が急激に進行すると、自律神経障害により、尿が出なくなる尿閉状態になってしまいます。このような場合は、緊急手術を検討します。
2-2.両足が動かなくなる
腰部脊柱管狭窄が、急激に悪化すると両足が動かなくなる症状が出現することがあります。痺れだけであれば、何とか生活は維持されますが、両足の運動障害は日常生活動作が悪化します。このような場合は、緊急手術を検討します。
3.MRIが絶対的な診断ではない
腰部脊柱管狭窄症の診断には、腰部MRIは必須ですが、手術適応に際しては、MRIだけで判断するわけではありません。
3-1.脊髄症状の有無が大事
腰部MRIで、脊柱管狭窄症があれば、すべて手術適応があるわけではありません。脊柱管狭窄が原因による脊髄症状の確認が必要です。このような場合、ハンマーを使って診断をします。仮に、脊髄症状が見られる場合は、膝蓋腱反射が両側で亢進します。仮に、画像で脊柱管狭窄の所見があっても、反射が正常であれば、脊髄症状はないと判断します。それでも腰痛等がある場合は、脊柱管狭窄症が原因でない、筋肉の痛み等を疑います。
3-2.高齢であれば、脊柱管狭窄症は普通に見られる
実際、症状がなくても、高齢の患者さんが腰部のMRI検査を行うと、脊柱管狭窄症の所見は結構見られます。それでも症状の殆どない方が結構いらっしゃいます。したがって、MRI検査だけで手術の有無を決めてはいけないのです。そのためには、一度はハンマーを使って反射の亢進の有無を調べる必要があります。残念ながら、最近では画像ばかりで、ハンマーを使う医師が減っているようです。
3-3.より詳細に、針筋電図を使うことも
慎重な整形外科の先生は、ハンマーによる所見だけでなく、針筋電図まで行って手術適応の有無を決められます。針筋電図とは、筋肉に細い針を刺して筋肉の電気的な活動を調べます。脊髄症状を見られる場合は、その支配領域の筋肉で、針筋電図の異常所見が見られます。この異常所見が全身にみられる場合は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されます。私の経験上でも、整形外科で手術をしても改善しなかった患者さんが、実はALSであったこともあります。ALSについては、以下の記事も参考になさってください。
4.自然経過で良くなることもある
最初に、紹介したように急激に尿閉や両側の運動障害が出現した場合は緊急手術が行われます。しかし、痛みや痺れが中心の患者さんの1/3は自然に改善することが知られています。従って、日常生活に支障がないレベルであれば、症状があっても、手術を慌てずに、様子観察することが望ましいのです。
5.手術の誤解
患者さんとお話をしていて、手術に対して誤解されている患者さんが結構いらっしゃいます。それは、手術によって症状が完全に改善すると思い込むことです。
詳細に伺うと、手術をする先生も「完全に元に戻る」とは説明されていません。しかし、どれだけ説明を受けても「手術をすれば、運動機能も若い時のように完全に戻り、痺れも全くなくなる」と勝手に解釈してしまうのです。
高齢になると、どうしても前頭葉機能の低下で、論理的な理解力が落ちます。手術をするか否かの検討の際は、必ず若い方も同席して説明を受け、最終判断をするようにしてください。
6.手術を考える際のチェックポイント
手術を検討する場合は、腰部脊柱管狭窄症だけでなく他の状態もチェックする必要があります。
6-1.症状の原因が、腰部だけか?
身体の痛みや痺れ、さらに運動障害が腰部の脊柱管狭窄症だけによるものか否かの検討が必要です。年を取れば、腰以外にも、膝や股関節が原因の症状も合併している可能性があります。
6-2.内科的な疾患の合併の有無
整形外科的な症状以外にも、内科的な、高血圧・糖尿病・高脂血症の合併の有無は、脊柱管狭窄症以外に閉塞性動脈硬化症といった血管病変の合併も否定する必要があります。特に、心不全や腎不全の状態が悪ければ、そもそも手術に耐えることができません。
6-3.認知症の有無
認知症の患者さんは、腰痛やしびれなどの症状を強く訴えがちです。正常な方は、過去の痛みの具合と比較して、現在の症状の程度が理解できます。しかし、認知症の患者さんは、「痛ければ痛い」と表現してしまうのです。ある程度、認知症が進行している場合は、手術は行わないことが賢明です。
7.自費の手術を受けるか否か?
最近、自費による腰部脊柱管狭窄症の手術の相談をよく受けます。確かに、自費の方がすぐに手術が受けられる、保険適応に比べ良い材料等を使うことができるといったメリットがあるようです。
しかし、忘れてはいけないのは、まず手術ありきではないのです。本当に、手術によって改善する状態であるかを慎重に検討し、時には、複数の医療機関で意見を求めるべきです。
手術が必要である診断が確定してから、保険による手術を行うか、自費の手術を受けるかを検討してください。
8.まとめ
- 腰部脊柱管狭窄症で、急激に尿閉や両側の運動障害が出現した場合は緊急手術が行われます。
- 日常生活に支障がないレベルであれば、1/3は自然に改善することが知られています。
- 手術が必要である診断が確定してから、保険による手術を行うか、自費の手術を受けるかを検討しましょう。