認知症になる人、ならない人―その違いは脳の『免疫力』だった

認知症になる人、ならない人―その違いは脳の『免疫力』だった

アルツハイマー病といえば、「アミロイドβが脳にたまる病気」という説明を聞いたことがある方も多いと思います。

確かに、アミロイドβはアルツハイマー病の重要な原因の一つです。しかし実際には、脳に大量のアミロイドβが蓄積していても認知症にならない高齢者がいることが以前から知られていました。

「同じようにアミロイドがたまっているのに、なぜ認知症になる人とならない人がいるのだろう?」

この疑問に対して、2026年に発表された最新の研究が非常に興味深い答えを示しました。その鍵を握っていたのは、脳の免疫細胞である「ミクログリア」です。

今回は、この最先端研究から見えてきたアルツハイマー病の新しい考え方についてお話ししたいと思います。

目次

第一章 アミロイドβがあるだけでは認知症にならない

長年、アルツハイマー病研究の中心にあったのはアミロイドβでした。アミロイドβは脳の中で異常に蓄積し、「老人斑(プラーク)」と呼ばれる塊を作ります。そのため、「アミロイドβが増えると認知症になる」と考えられてきました。

しかし今回の研究では、80歳代の脳を詳しく調べた結果、認知症の有無を最もよく説明したのはアミロイドβの量ではなく、「リン酸化タウ」という別の異常たんぱく質であることが分かりました。認知症の方の脳では、このリン酸化タウが大脳皮質の広い範囲に蓄積し、記憶や判断力を支える神経細胞を傷つけていました。

一方で、アミロイドβの量は認知症のある人とない人で大きな差がありませんでした。つまり、「アミロイドβがある」=「認知症になる」ではないということです。大切なのは、アミロイドβがその後タウ病理へと進んでしまうかどうかでした。これは患者さんやご家族にとっても大切な希望です。脳にアミロイドβが見つかったからといって、必ず認知症になるわけではないのです。

第二章 脳を守る番人「ミクログリア」とは何か

では、アミロイドβからタウ病理へ進む人と進まない人の違いは何なのでしょうか。今回の研究で注目されたのが「ミクログリア」です。ミクログリアは脳の中に存在する免疫細胞で、いわば脳の警備員のような存在です。

脳の中で異常が起きると真っ先に反応し、

・不要な物質を取り除く
・傷ついた細胞を処理する
・炎症を調整する

といった重要な役割を担っています。研究では、アミロイドβが蓄積するとミクログリアが集まり始めることが確認されました。興味深いのは、この段階では必ずしも悪いことではないという点です。

むしろ初期のミクログリア反応は、「脳を守ろうとする防御反応」と考えられています。

ところが病気が進行すると、ミクログリアの性質が変化します。最初はアミロイドβを処理しようとしていたミクログリアが、やがて強い炎症を引き起こす状態へと変わってしまうのです。研究者たちは、この変化をアルツハイマー病発症の重要な転換点として捉えています。

つまり、アミロイドβが問題なのではなく、「アミロイドβに対してミクログリアがどう反応するか」こそが重要なのです。同じアミロイドβを持っていても、ミクログリアが適切に働けば認知機能は保たれる可能性があります。


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第三章 認知症にならない人たちから学べること

今回の研究で特に興味深かったのは、100歳を超える超高齢者の脳の解析です。驚くことに、100歳を超えてもアミロイドβを持つ人は少なくありませんでした。それでも認知機能を保っている人が存在していたのです。

なぜなのでしょうか。研究者たちは、この状態を「レジリエンス(抵抗力・しなやかな強さ)」と呼んでいます。80歳代で認知症にならなかった人では、ミクログリアはアミロイドβに反応していましたが、その反応が過剰な炎症へ発展していませんでした。また100歳以上の方の中には、炎症反応が見られてもタウ病理があまり進行していない人もいました。

つまり、

・アミロイドβがある
・ミクログリアが反応する

だけでは認知症は決まりません。

その後、

・タウ病理へ進むか
・神経細胞が傷つくか

が重要だったのです。私はこの結果に大きな希望を感じました。なぜなら、「認知症になる運命」が決まっているわけではないことを示しているからです。脳の中には病気に抵抗する仕組みが存在し、それを活かすことができる可能性があるのです。

おわりに

近年、レカネマブやドナネマブなど、アミロイドβを除去する治療薬が登場しました。今回の研究は、こうした薬がなぜ早期に使う必要があるのかを理解するうえでも非常に重要です。アミロイドβが蓄積した段階で介入すれば、ミクログリアが異常な炎症状態へ変化する前に病気の進行を抑えられる可能性があります。

さらに将来的には、ミクログリアそのものの働きを調整する治療が登場するかもしれません。アルツハイマー病研究はこれまで「アミロイドβ中心」の時代が続いてきました。しかし今、研究の焦点は「脳の免疫」に移りつつあります。認知症は単純に異常なたんぱく質がたまる病気ではなく、脳がそれにどう反応するかによって運命が変わる病気なのかもしれません。

認知症にならない100歳の方々の脳は、そのことを私たちに静かに教えてくれているように思います。これからの認知症研究は、「なぜ認知症になるのか」だけでなく、「なぜ認知症にならずに済むのか」を解き明かす時代に入ったのではないでしょうか。

 

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