外来では、顔中に傷をつくったり、骨折してギプス等を巻いている高齢者の方がいらっしゃいます。
話を伺うと、「転んで地面に顔を打ち付けた」「手をついたら手の骨を折った」と言われます。若い方であれば、問題にならないことでも、高齢者の方が転倒をすると思いもかけず大きなケガにつながります。
この「転倒予防」に力を入れるべきなのです。実はこれがきっかけになって、目先のケガだけではなく、その後の人生に大きな影響を引き起こすことさえあるのです。家族の方は「たかが転倒」「年をとれば、転びやすくなるのは当然」と思わないことです。
今回は、高齢者が転倒しやすくなる原因と、皆さんが思っている以上の危険性について、またご自宅でも簡単にできて効果が高い予防法について、毎月1,000名の高齢者の方を診察する長谷川嘉哉がご紹介します。
目次
1.高齢者が「簡単なことで転倒する」理由とは
なぜ高齢者は転倒しやすくなるのでしょうか。主な原因をご紹介します。
1-1.神経系の加齢変化
人の心身の機能を司っている神経機能には、脳と脊髄で構成される中枢神経系と脳・脊髄以外の末梢神経系二つの神経系があります。その中でも転倒に関与するのは末梢神経系です。
壮年期を過ぎて老年期に入ると、神経と筋肉の連携が障害され、転倒しやすくなるのです。末梢神経の運動神経細胞数は、60歳を過ぎると明らかに減少が見られるようになるからです。
50歳前後の方で「障害物も何もないところで転んだ」は、実は加齢変化の第一歩なのです。高齢者の転倒といっても、もう少し若い時期から始まっているので注意が必要です。
1-2.筋力・筋肉量の低下
筋力・筋肉量の低下は転倒の原因に大きく関与します。
健康な成人の場合、20〜30歳代が筋力のピークで、その後は加齢とともに減少し、60歳を超える頃にはピーク時に比べ30〜40%低下します。また、筋肉量の減少も25歳頃より始まり、40歳以降は年に0.5%ずつ減少していきます。65歳以降は筋肉量の減少スピードが加速し、80歳までに筋肉の30~40%が失われます。
1-3.視力の衰え
高齢になると視力低下はやむを得ないと思いがちですが、転倒に大きく関与しています。障害物が見えなかったことで、つまづいて転倒することになるのです。最近では90歳を超えても白内障の手術をすることもあります。一度は、眼科受診をして、可能なら対応しましょう。
1-4.薬の副作用
高齢者は、多くの薬を飲んでいるものです。その中でも血圧を下げる薬や、睡眠導入剤、抗精神病薬は転倒のリスクを高めます。薬の継続が本当に必要か否かを検討し、不要であれば減量もしくは休薬を検討し、主治医に相談しましょう。
2.最も転びやすい場所とは
高齢者の転倒事故は屋外ばかりでなく、自宅でも多く発生しています。高齢者が転倒しやすい場所を確認し、対策をとっておきましょう。
「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果(全体版)」によると、転倒した自宅の場所では「庭」が最も多く、次に「居間・茶の間・リビング」「玄関・ホール・ポーチ」「階段」「寝室」と続きます。転倒場所を「庭」と「室内」に分けると、「庭」よりも「室内」での転倒が多く、安全と思われる室内にも高齢者にとっては危険が潜んでいることがわかります。
室内の転倒場所では「居間・茶の間・リビング」の割合が20.5%と最も多く、次いで「玄関・ホール・ポーチ」が17.4%、「階段」13.8%、「寝室」10.3%、「廊下」8.2%、「浴室」6.2%の順です。
身体機能の低下によって、高齢者はすり足で歩きがちです。カーペット、敷居、畳のヘリなどのちょっとした段差でもつまづいて転倒することがあるので、注意が必要です。足を踏み外しやすい階段や玄関、浴室などでは、重傷を負うおそれもあります。高齢者がいる家庭では、至るところに手すりを取り付けるなどして転倒予防をしておくことが大切です。
3.転倒による生活への多大な影響
若い方であれば、転倒しても打撲や擦り傷程度で時間の経過で治癒します。高齢者の場合はその後の生活に大きな影響を与えることがあります。
3-1.骨折からの寝たきり生活
転倒した高齢者のうち、約1割は骨折をしているという報告があります。骨折をすると、病変部を長期に固定する必要があるため日常生活に大きな支障がでます。特に下半身の骨折をきっかけにして、寝たきり生活になる方が多いため、注意が必要です。実際、「要介護」と認定される原因の約1割は「骨折・転倒」です。
3-2.特に深刻化しやすい「大腿骨頸部骨折」
高齢者の骨折で、特に深刻化しやすいのは「大腿骨頸部骨折」です。大腿骨頸部とは、股関節と膝関節との間の太い骨のうち脚に近い部分、つまり太ももの付け根のことです。大腿骨骨折は年間 15万人以上に達していると推定され、特に女性で急増しています。女性の方が骨粗しょう症にかかりやすいということが大きな要因と考えられます。
大腿骨頸部骨折は、本当に軽い転倒や階段・段差の踏み外しでも起きてしまいます。尻もちをついただけで発症した患者さんを私も経験しています。そのため、軽い転倒でも少しでも疑われれば整形外科を受診していただいています。
治療方法は複数ありますが、手術を要するケースがほとんどです。しかし、高齢のために手術自体が難しいことも多く、たとえ手術が成功したとしても寝たきり生活を余儀なくされることもあります。
3-3.慢性硬膜下血種による認知症のような症状が起こることも
転倒などで頭を打った後、2~3か月後に起こります。血腫によって脳が圧迫されて物忘れや歩行障害、トイレの失敗など、認知症とよく似た症状が現れるのが特徴です。通常は手術で良くなるとされますが、高齢であるために入院を機に全身状態が悪化することが多くあります。
3-4.心肺機能の低下が死亡率を引き上げる
打撲や骨折などのケガをすると、それがキッカケで歩くこと自体がおっくうになる人も多いものです。
実際に歩行機能が衰えてしまったり、機能的には問題なくっても歩くことが怖くなったりして、どんどん歩かなくなっていきます。この状態になると足腰がどんどん弱っていきますから、“歩かない”という状態から“歩けない”という状態に移行してしまうのです。
こうなると、心肺機能の低下も引き起こすのです。ちなみに大腿骨頸部骨折では、心肺機能の低下により手術を受けた後1年以内の死亡率が約10%と高率です。
3-5.認知症を発生する原因にもなる
歩くことが億劫になるということは、外出も少なくなっていきます。すると、人間関係も狭くなり、一種の引きこもり状態にもなり、精神面にも悪影響が及んでいきます。その結果、認知症を高率に発症することになるのです。
4.運動機能維持が認知症予防にもなる理由
転倒を予防するためには、運動機能を維持することが重要です。転倒を予防することは、認知症を予防するとともに、その後の生存率を高めることにもつながる可能性があるのです。ここではその理由を考察します。
4-1.運動をすることによって認知症の発症を直接予防できる
以前は、一度失われた脳の神経細胞は回復しないといわれていました。しかし最近の報告では定期的な運動により、記憶を司る海馬の神経細胞が再生することが分かりました。脳を鍛えるには、頭を使うだけでなく身体を使うことが大事なようです。脳は、思いのほか「体育会系」なのです。
4-2.生活習慣病の予防・改善により認知症の発症と進行を予防できる
定期な運動が、糖尿病や高脂血症といった生活習慣病を予防・改善させます。
生活習慣病の一つ、糖尿病の副作用による末梢神経障害は転倒のリスクを高めます。さらに糖尿病は認知症の2大原因である、アルツハイマー型認知症と血管性認知症のいずれの頻度も高めます。運動による生活習慣病の改善が認知症を予防するのです。
4-3.転倒骨折により発症または悪化する認知症を予防できる
定期的な運動が骨粗しょう症を改善し、骨折を予防します。骨の強化には栄養以外にも運動刺激が必要だからです。定期的に運動することが、大腿骨頸部骨折の発症率を低下させる報告例が多数あります。
5.転倒予防に最適な「片足立ち」運動のススメ
実は転倒を予防するとても簡単な運動があります。それは、片足で立つことです。皆さんは片足立ちの状態で何秒キープできますか?
簡単そうに思えて、なかなか難しい「片足立ち」。実は、すごく運動量のあるトレーニングなのです。簡単に行えて、かつ運動量のある「片足立ち」のメリットをご紹介します。片足立ちに挑戦してみると、意外とフラフラしたり、足の筋肉が痛くなったりしてくるはずです。それは、普段使っていない筋肉が使われている証拠です。
5-1.下半身の筋力アップ
下半身の筋トレと聞くと、どうしてもきついイメージが浮かぶのではないでしょうか。しかし、この片足立ちをするだけで、しっかりと下半身を鍛えることができるのです。下半身を鍛えることで、疲れにくくなることや、転倒防止効果も得られるようになります。
5-2.体幹が鍛えられる
体幹の筋力を鍛える重要性は多くの方は知っているのではないでしょうか? しかし、その具体的な方法となるとあまり知られていません。実は、片足で立つ際に自然と使われるのが体幹なのです。辛いトレーニングをしなくても、体幹を鍛えることは可能なのです。
5-3.具体的な方法
- 周りに少しスペースをとって立ちます
- 膝をあげて足先を地面から5cm~10cm程度持ち上げます。
- あげた状態で1分間ゆっくりと呼吸をしながら姿勢を維持します。
- 反対側の足も同じように行ってください。
高齢者の方で、ふらついて転んでしまいそうな方は、壁につかまってでも結構です。また、骨折の既往がある方は主治医の許可を取ってから行ってください。
6.できれば行いたい4つの運動が同時に行えるツールがある
「片足立ち」は手軽にバランス能力を高めることができる運動で、どなたにもおすすめできます。
もし可能なら「有酸素運動」や「筋力トレーニング」、「柔軟性」を鍛える運動を行うとさらに良いでしょう。しかし、時間がなかなか取れなかったり、運動がきつくて大変だったり、方法がわからなかったりする方が多いのではないでしょうか。
長谷川が考案したブレイングボード®を使うと、健康維持、強化に必要なこれらの四つの運動が一度にできます。新しい健康習慣のご提案としてお勧めさせていただきます。
ブレイングボード®を使って、以下の四つの動きを一セット行うと、時間にして15分程度となります。軽く傾斜のついたプレイングボード®の上で、ゆっくり呼吸しながら身体を動かすことで戸外でのウォーキングに近い有酸素運動の効果が得られるのです。
6-1.うちがえし
まず、両足でブレイングボードに立ちます。すると、自然と足の裏側の筋肉が伸ばされ、柔軟性が高まります。さらに、足の裏を底屈(足の指で接地面をつかむような曲げ方)しながら、外側に体重をかけると膝関節、股関節、肩関節が開き、自然と姿勢がよくなります。その姿勢が改善する姿は、前傾姿勢が強い原始人が人類に進化するようです。
6-2.マーチング
ブレイングボードの上で青竹踏みのように足踏みします。目安は、1〜5分。やってみるとわかりますが、緊張した足の裏に適度な刺激が伝わり、筋肉が柔らかくほぐれていきます。さらに傾斜がついていることで1〜5分でも身体に適切な負荷がかかることが実感できます。
6-3.膝伸ばし
ブレイングボードの上で膝の屈伸運動を行います。手で摑む場所を膝、ふくらはぎ、足首へと動かしていくことで、全身のストレッチにもなります。ボードに乗る前は手が床につかなかった方も、ボードから降りると、あら不思議! 手が床につくように改善される方もいるのです。
6-4.片足立ち
片足立ちも、ブレイングボード®の上で行うとさらに効果的です。
この上で片足立ちをすると、通常よりも逆の足にかなりの力を入れて踏ん張る必要があります。その結果、体幹を中心とした筋肉のトレーニングとなり、筋肉量を増やすことが可能です。ちなみに、一分間の片足立ちによる負荷は50分の歩行に相当します。筋肉量が増えることで、運動機能を維持でき、認知症予防にも効果があると考えられます。
ブレイングボード®の動画は以下でご覧ください。
製品は8,800円(税・送料込み)にて以下のページからお買い求めいただけます。
7.まとめ
- 高齢者の転倒は骨折・寝たきり・認知症につながります。
- 自宅での転倒を予防するために、危険個所を認識して手すり等を用意しましょう
- 転倒予防には1日1回の片足立ちやブレイングボード®を使った運動が有効です。