もう“敵”はいらない。――塁上の談笑と五輪の抱擁が示す未来

もう“敵”はいらない。――塁上の談笑と五輪の抱擁が示す未来

プロ野球界では、ヒットを打った選手が塁上で相手チームの選手と談笑することに一定の制限が設けられた、という話題がありました。真剣勝負の場で過度な馴れ合いは慎むべきだ、という趣旨です。

一方で、オリンピックの舞台、とりわけスケートボードやスノーボードの競技では、全く異なる光景が広がっています。転倒すればライバルが真っ先に駆け寄り、成功すれば自分のことのように称え合う。順位が決まった後も抱き合い、笑い合う姿は、見る者の胸を打ちます。

例えば、東京大会で正式競技となったスケートボード。ストリート女子で金メダルを獲得した 西矢椛 や、ライバルでありながら互いを称え合ったブラジルの ライッサ・レアウ の姿は象徴的でした。彼女たちの姿は、「敵を倒す」スポーツという従来のイメージとは明らかに異なるものでした。そこにあったのは、勝敗を超えたリスペクトと連帯感です。

目次

1.勝負の厳しさと、関係性の変化

もちろん、プロ野球の世界も真剣勝負です。
特にペナントレースを戦うシーズン中は、1勝の重みが順位を左右します。塁上で談笑する姿に違和感を覚えるファンがいるのも理解できます。

プロ野球は、ある意味で「勧善懲悪」の構造を持っています。
敵と味方が明確で、応援する側も「打倒◯◯」と声を上げる。

この構造は、かつてのヒーロー像にも通じます。
悪を倒す正義の味方――たとえば 仮面ライダー の世界観です。

敵は倒すべき存在であり、共存の余地はありません。
勝負とは、相手を打ち負かすことでした。

しかし、現代の若い世代が親しんできた物語は少し違います。
代表的なのが ポケットモンスター です。

ポケモンの世界では、確かにバトルはあります。
しかし目的は「敵を消滅させること」ではなく、互いに成長すること。
勝っても負けても、トレーナー同士は握手を交わし、次の挑戦へ向かう。

ここに、時代の価値観の変化が透けて見えます。

2.競争社会から共創社会へ

20世紀型の社会は、競争が前提でした。
良い大学に入り、良い会社に入り、出世する。
他者に勝つことが価値の源泉でした。

しかし21世紀に入り、価値の中心は少しずつ移動しています。
単独で勝つよりも、協力して新しいものを生み出すこと。
ゼロサムではなく、プラスサムの発想です。

スケートボードやスノーボードは、まさにその象徴です。
一人の成功は、カルチャー全体の成功。
仲間の技が決まれば、会場全体が湧く。

彼らは「競争している仲間」であって、「排除すべき敵」ではありません。

この姿勢は、実は医療や介護の現場にも通じます。
かつて医療界は「権威」と「上下関係」が強い世界でした。
しかし今、チーム医療の重要性が強調され、多職種連携が当たり前になりつつあります。

医師、看護師、リハビリ、ケアマネ、家族。誰かが主役で、誰かが脇役ではありません。全員が同じ方向を向くことで、初めて患者さんの人生が支えられる。これは「共創」の発想です。

3.真剣さと優しさは両立する

ここで誤解してはいけないのは、「仲良くすること=甘い」という短絡的な見方です。

オリンピックの舞台で、選手たちは決して手を抜いていません。
命を削るような練習を積み重ね、極限の緊張の中で演技しています。

そのうえで、称え合う。これは甘さではなく、成熟です。
本当に自分の実力に自信がある人は、他者を認める余裕を持てるのです。


長谷川嘉哉監修の「ブレイングボード®︎」 これ1台で4種類の効果的な運動 詳しくはこちら



当ブログの更新情報を毎週配信 長谷川嘉哉のメールマガジン登録者募集中 詳しくはこちら


プロ野球でも、本質的なリスペクトが失われているわけではないでしょう。
制限が設けられたとしても、心の中まで規制されるわけではありません。

むしろ問われているのは、「どう見られるか」という社会との関係性です。
ファンの期待、伝統、文化。
スポーツは単なる競技ではなく、社会の鏡でもあります。

4.これからの社会はどこへ向かうのか

私は、スケートボードの選手たちの姿に、未来の社会のヒントを感じます。

これからの時代は、
・他者を敵とみなして排除する社会か
・互いを尊重しながら切磋琢磨する社会か

どちらを選ぶのでしょうか。

人口減少社会に入り、医療も介護も、経営も、
「奪い合う」より「補い合う」ほうが持続可能です。

高齢者医療の現場でも、家族を責めても解決しません。
行政を批判するだけでも前には進みません。

互いに弱さを認め、強みを持ち寄ること。
それこそが、これからの社会の基盤になるのではないでしょうか。

スポーツの世界で起きている価値観の変化は、
単なる演出や世代交代ではありません。

それは、社会そのものが
「敵を倒す物語」から
「ともに成長する物語」へと移行している証かもしれません。

プロ野球の塁上での談笑が制限されたというニュースをきっかけに、
私たちは「勝つとは何か」「敵とは何か」を改めて考える時期に来ているのではないでしょうか。

真剣勝負の中でも、相手を敬う。
勝っても驕らず、負けても腐らない。

その姿勢こそが、これからの社会の理想像です。

スポーツは、未来の社会の予告編です。

ならば私は、
互いを称え合う若者たちの姿に、
少し希望を感じています。

長谷川嘉哉監修シリーズ