外来診療をしていると、よくある光景があります。診察が終わるとすかさず患者さんがこうおっしゃいます。「先生、湿布多めにください。できれば○○袋分。」実際、痛みの訴えとは別に、湿布の希望だけで外来を受診される方も少なくありません。「家族の分も」「予備に」と、1日に貼れる枚数をはるかに超える量を希望されるケースも見受けられます。しかし、その“湿布をもらう”という行為に、私たちはどれだけの医療費がかかっているかをご存じでしょうか?
目次
1.湿布=保険医療の対象…だけど本来は「軽症」に使うもの
湿布薬は確かに医師が処方する「保険診療の対象」となっています。しかし本来、保険診療は「治療を必要とする傷病」に対して提供されるものであり、慢性的な軽度の肩こりや腰痛、あるいは予防目的での湿布の使用は、本来、保険の対象とすべきものではないという考え方もあります。それにもかかわらず、日本では日常的に「痛ければ湿布」「年中貼っておくと楽だから」という理由で大量に処方が行われています。
2.湿布1枚あたりの医療費は?
では、実際のコストはどうでしょうか。例えば一般的な外用湿布薬(経皮鎮痛消炎薬)は、1枚あたり20〜40円程度の薬価がついています。これを1日2枚、30日分処方すると…
- 1ヶ月分:約1,200円〜2,400円の医療費(薬剤費のみ)
これが年間になると、1人あたり 約15,000円〜30,000円。これに加え、診察料や処方料、調剤料なども含めれば、もっと高額になります。仮に高齢者の患者さんが1割負担であった場合、患者さんが支払うのは1,500〜3,000円程度でも、残りの90%、つまり 13,500円〜27,000円 は保険(つまり私たち国民全体の税金や保険料)から支払われているのです。
3.なぜ湿布がここまで“当たり前”になったのか?
ひとつには、「湿布はもらって当然」「病院でもらえば安く済む」という意識が背景にあります。また、医師側も患者満足度を意識するあまり、「痛み止めや湿布くらいなら出しておこう」となりやすく、結果として医療資源が“消耗品”のように扱われている現状があります。実際には、軽度の筋肉痛や肩こりなどは市販の湿布薬(OTC医薬品)で十分対応できます。ドラッグストアでも十分な効果のある湿布が多数販売されており、医療機関を受診せずともセルフケアが可能です。
4.行政もすでに動き始めている
湿布の濫用が医療費を圧迫しているという問題に対して、厚生労働省も手を打ち始めています。たとえば、2016年度の診療報酬改定では、湿布薬の処方は最大70枚までに制限されるようになりました(ただし、医師の裁量で上限を超えて処方できるケースもあります)。これにより、無制限な湿布処方はある程度抑制されるようになりましたが、現場ではまだまだ「なるべく多く欲しい」という患者さんの声が根強いのが実情です。
5.本来は“セルフメディケーション”で対応を
湿布薬は、重篤な疾患を治す薬ではなく、「一時的な不快感を和らげるためのサポート薬」です。こうした軽症・慢性の痛みへの対応は、本来、市販薬を使って自ら健康を管理する「セルフメディケーション」で対応するのが国際的にも標準的な考え方です。実際、欧米では湿布のような外用薬を医師が処方することは非常にまれです。湿布をもらうために病院に行く、という行動そのものが、日本独特の文化と言えるかもしれません。
6.最後に:患者さんと一緒に考えたい「限られた医療資源」
湿布1枚のコストが将来の医療制度にどう影響するか——そんな話をすると「たったそれだけで?」と思う方もいるかもしれません。しかし、数百万人単位で消費されている現状を考えれば、決して無視できる数字ではありません。医療資源は無限ではありません。保険診療の“無償感覚”が蔓延すると、本当に必要な人に十分な医療が行き渡らなくなる未来も現実味を帯びています。湿布薬を例に、医療との付き合い方を少し見直す。その意識の積み重ねが、患者さん自身の健康管理にも、医療制度全体の持続可能性にも繋がっていくのです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。