歯列矯正は、時間もお金もかかる医療行為です。
治療期間は1年半から2年以上、費用は80万〜150万円ほどが一般的でしょう。
多くの歯科医院では、
「総額〇〇万円。一括払いも可能です」
「一括なら割引します」
と案内されます。
一見すると合理的で、お得に見えるこの一括前払い。
しかし、消費者の立場から見ると、決定的なリスクが一つあります。
結論から申し上げます。
矯正治療の一括前払いは、消費者として避けるべきです。
理由は一つ。
治療途中で歯科医が突然いなくなった場合、支払ったお金が守られない可能性があるからです。
目次
1.もし、こんなことが起きたら?
想像してみてください。
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矯正費用:100万円
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治療期間:2年間
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支払い:一括前払い
治療開始から1か月後、
担当の歯科医が突然亡くなったとしたら、どうなるでしょうか。
この時点で、実際に提供された医療サービスは、
全体のほんの一部に過ぎません。
2.理屈の上では、返金されるはず
法律的には、
未実施分の治療費は返金されるのが原則です。
なぜなら、前払いされた治療費は、
医療機関側から見れば「売上」ではなく、負債だからです。
まだ提供していない医療行為に対して受け取ったお金は、
あくまで「預かっているだけ」のお金です。
3.しかし、現実はそう甘くありません
問題はここからです。
歯科医院が個人経営であった場合、
歯科医の突然死は、そのまま経営停止を意味することが少なくありません。
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院内に十分な現金が残っていない
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銀行借入が多く、資金繰りが逼迫している
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未治療患者への返金原資がない
こうした状況は、決して珍しいものではありません。
4.「引き継げばいい」という話にならない現実
ここで、多くの方はこう考えます。
「別の歯科医が治療を引き継げばいいのでは?」
しかし、現実はそう簡単ではありません。
一括前払いされた矯正治療を引き継ぐことは、
引き継ぐ歯科医にとって“無償労働”になるからです。
すでに支払われた治療費は、
亡くなった歯科医(=その事業体)に入っています。
新たに引き継ぐ歯科医には、報酬が入らないケースがほとんどです。
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高度な専門性
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長期にわたる通院対応
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トラブルリスク
これらを背負って無償で治療を続ける歯科医は、まず現れません。
引き継ぎ先が見つからないのは、構造的に当然なのです。
5.さらに深刻なのが、相続放棄です
さらに問題を深刻化させるのが、遺族による相続放棄です。
相続放棄とは、
プラスの財産も、マイナスの財産(負債)も、すべて放棄する選択です。
未実施分の治療費は「負債」です。
遺族が相続放棄をすれば、その返金義務を引き継ぐ人はいません。
結果として、
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返金を求める相手がいない
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法律上の請求先が消える
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患者は泣き寝入りする
という事態が起こり得ます。
実際に、
治療費が戻らず、別の歯科医院で再度全額支払って矯正をやり直した
というケースは、現実に存在します。
6.「保険」や「保証」がない医療費前払いの怖さ
ここで重要な点があります。
矯正治療の前払い金には、
原則として、保険や保証制度がありません。
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銀行預金 → ペイオフあり
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クレジット決済 → チャージバックの可能性あり
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医療機関への現金・振込前払い → 無防備
つまり、
何かあったときに守ってくれる仕組みが存在しないのです。
7.「信頼しているから大丈夫」は危険
多くの方がこう言います。
「その先生は信頼できるから」
「長年やっている医院だから」
「まさか、そんなことは起きない」
しかし、
突然死や急病は、信頼や実績とは無関係です。
医療者であっても人間です。
事故、急性疾患、災害――
予測不能な事態は、誰にでも起こり得ます。
8.解決策は、実はとてもシンプル
被害を避ける方法は一つです。
矯正治療は「分割払い」を選ぶこと
分割払いであれば、
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支払った分だけ治療を受けている
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治療が止まれば、支払いも止まる
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医療機関の経営リスクを患者が背負わない
これは「歯科医を信用しない」という話ではありません。
消費者として、当然のリスク管理です。
9.医療者側から見ても、本来は分割が健全
前払い金は、会計上「負債」です。
医院にとっても、必ずしも健全な資金とは言えません。
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キャッシュフローを錯覚させる
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経営判断を誤らせる
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万一の際にトラブルを拡大させる
さらに重要なのは、歯科医自身を守る視点です。
治療費を一括で受け取った状態で不測の事態が起これば、
未実施分の治療費は返金すべき負債として残ります。
その結果、
患者とのトラブルや、
遺族に精神的・経済的負担を残し、
最悪の場合、相続放棄という事態を招く可能性もあります。
治療の進行に応じて分割で報酬を受け取る仕組みであれば、
患者は支払った分の医療を確実に受けられ、
歯科医は過大な負債を抱え込まずに済みます。
分割払い・分割受領は、患者のためであり、同時に歯科医自身とその家族を守るための仕組みなのです。
10.最後に:知っているか、知らないかで結果は変わる
この話は、
不安を煽るためでも、歯科医を否定するためでもありません。
ただ一つ、伝えたいことがあります。
医療は善意で成り立っていますが、支払いは契約です。
契約には、必ずリスクが伴います。
矯正治療を検討している方、
ご家族が矯正を受ける予定のある方は、
ぜひ一度、立ち止まって考えてみてください。
「矯正治療の前払いは、本当に必要か?」
その問いを立てることが、
あなた自身を守る第一歩です。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。