私が専門とする脳神経内科の領域には、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病があります。脳神経内科医として、はじめてALSの診断をしたときは、相当悩んだものです。「最後の最後まで意識は清明ですが、四肢は全く動かすことができない」というある意味、とても酷な病気です。私も、一人で確定診断をすることが不安であったため、先輩医師に診断の確認をお願いしたものです。
そんなALSの患者数は増加傾向にあります。厚生労働省の調査によると1975年には416人の患者しかいなかったものが、2005年には7,302人となり、2014年には9,950人へと推移しています。年間1万人近い患者さんが確認されており、その数は年々増加傾向にあります。この病気は高齢者にかかりやすいという特徴があり、超高齢化社会に入ったことでALSの患者も増加しているのです。今回の記事では、脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、ALS(筋萎縮性側索硬化症)について解説します。
目次
1.筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは?
ALSの有病率は人口10万人に2~7人と、世界で人種に関わらずほぼ同程度です。ALSの患者数を発症年齢別に見てみると、日本は65~69歳がピークです。男女とも50~74歳の年齢層に集中しています。この傾向は、スペイン、カナダ、イタリアなどでも同様です。
1-1.全身の枝の付け根に障害が発生
我々、脳神経内科医は病気を理解する時に、木の上に脳が乗ったイメージをします。つまり、脳の下に木の幹があり、幹からは枝が生え、その先には葉が茂ります。まさに、木の幹が脊髄、枝が末梢神経、葉っぱが筋肉です。イメージからすると、ALSは何らかの理由で「木全体の枝の付け根」が侵される病気です。その結果、脳や末梢神経からの電気信号が筋肉に伝えられなくなります。電気刺激が伝えられないと筋肉は萎縮するため、結果的に全身の筋肉が委縮します。まさに、葉っぱが枯れてしまう様です。
1-2.運動神経だけが障害
但し、障害されるのは運動神経だけのため、知覚神経や自律神経は侵されません。そのため五感、記憶、知性を司る神経には障害はみられません。そのため、皮膚をつねられたとき「痛い」という感覚はありますが、手をひっこめることができません。
1-3.有名人にも多い
ちなみにALSは、車椅子の物理学者故スティーヴン・ホーキング博士で有名になりましたが、その他にも、ルー・ゲーリック(大リーガー)、毛沢東(政治家)、徳田虎雄(前衆院議員)、ショスタコービッチ(ロシア・作曲家)、篠沢秀夫(フランス文学者)、土橋正幸(野球選手、監督)など有名人が罹患しています
2.診断
ALSは以下のように診断します。
2-1.初発症状
ALSの初発症状は、大きく2つに分かれます。一つ目は、四肢の遠位部の筋力低下と筋萎縮から発病する「四肢麻痺」です。一方で四肢にまったく異常がなく、「飲み込みにくい」「ろれつが回らない」と言った「球麻痺」で発症することもあります。1992年から10年間にわたって実施した東邦大学大森病院のALS患者調査によると、初発部位は四肢麻痺が56%、球麻痺が44%と報告されています。
*球麻痺(きゅうまひ)とは:延髄の運動核の障害による麻痺のこと。 球は延髄の慣用語です。延髄には、舌、咽頭、口蓋、喉頭などの筋の運動を支配する脳神経核があります。そのため延髄の障害で嚥下障害、構語障害を引き起こします。
2-2.神経学的所見
脳神経内科専門医がALSを疑った場合は、以下の部位を中心に診察します。
- 手、足、舌のピクツキの診察:筋肉の表面が小さく痙攣するのも症状のひとつです。これは筋線維束攣縮といいます。
- 飲み込みにくい、喋りにくい:日常生活で食事の際のムセの有無を確認します。同時に、喋りにくさを確認します。分かりにくい場合は、ガ行の「がぎぐげご」、ラ行の「らりるれろ」、パ行の「ぱぴぷぺぽ」のそれぞれを復唱してもらいます。ALSの場合は、特に喉を使うガ行、舌を使うラ行が発音しにくくなります。
- 舌の所見:ALSを疑った場合、必ず舌を診察します。舌が委縮していないか、舌に不随意運動がないかを診察します。典型的な場合は、舌の表面がさざ波のように勝手に動いている様子が見られます。
- 四肢の反射が亢進:脳神経内科専門医が手や足をハンマーで軽く叩くと、左右差なく亢進している所見が取れます。
- 四肢の筋力低下:四肢の筋力が低下して、筋肉が細くなり萎縮所見が見られます。但し、初期の場合は、あまり目立たないため両手の親指の付け根の、母指球筋の萎縮を観察します。
2-3.針筋電図
ALSの診断で重要な検査に針筋電図があります。筋肉に細い針を刺して筋肉の電気的な活動を調べます。全身の筋肉で、線維束自発電位(fasciculation potentials;以下 FP)、線維自発電位・陽性鋭波(fibrillation potentials,positivesharp waves;以下 FibPSW)といった所見を認めると、かなり高い確率でALSと診断されます。
この検査では、明らかに筋力が低下がない筋肉でも、異常があるかどうかを調べることが可能です。ALSの場合は、症状が出ていない手足や舌の筋肉でも異常を認めますから、比較的早期でも異常を検出することが可能です。
3.寝たきり状態での対応
多くのALSの進行はとても早いものです。一方で出現する症状も予想できます。よりよいQOL(=quality of life)を維持するには、常に先を読み、予測を立てた対応が必要です。
3-1.四肢麻痺
四肢麻痺の症状改善は難しく、完全四肢麻痺の状態になります。四肢には全く力が入らず、緊張もしていないため、「クタクタ」の状態です。介助者には、全体重がかかってきますので、1人での介護は相当、大変です。
3-2.唾液・痰
球麻痺の進行期に入ると唾液の問題が深刻化します。放置すると、窒息や誤嚥性肺炎の原因にもなりえます。医学的には去痰剤を処方しますが、あまり解決になりません。定期的に痰を吸引する必要がありますが、通常のヘルパーには吸痰が認めれれていないため、家族への負担が集中してしまいます。
*喀痰吸引研修:平成24年4月から「社会福祉士及び介護福祉士法」が一部改正され、喀痰吸引等研修を受けた介護福祉士や介護職員は、「認定特定行為業務従事者」として、これまで許可されていなかった「痰の吸引」等の医療行為が出来るようになりました。 ただし、利用者やその家族の同意が必要であり、医師や看護師との連携、医療者による監督のもとで、という条件付きです。
3-3.嚥下障害
嚥下リハビリは重要ですが、この病気の場合、効果はあまりありません。障害が進み十分な栄養摂取が不能となれば、PEG(percutaneous endoscopic gastrostomy;経皮内視鏡的胃瘻造設術)の導入を検討します。一般にこうした判断をすぐに行うことは困難です。といって、あまり状態が悪化した状態では、判断に時間をかけることもできません。そのため、できるだけ早期の段階での情報提供が必要となります。
胃瘻を作らないことは、つまり死を意味します。個人的な意見では、高齢者であれば、胃瘻をつくらずに自然死をお勧めします。しかし若い方の場合、胃瘻を作らないという選択はしづらいものです。その場合、胃瘻を作るなら早い方がよいことを知っておいて下さい。
一つの基準としては、「体重の10%減少阻止基準」です。体重が発病前後のベスト体重の1割を切ってからの胃瘻造設では生命予後が著しく悪化してしまうのです。
4.4大陰性徴候
急激に進行するALSですが、感覚障害、膀胱・直腸障害、眼球運動障害、褥瘡の4徴候は通常現れません。他の寝たきりになる疾患では起こることがあるのに、なぜかALSでは起こりにくい兆候があるのです。これをALSの4大陰性徴候と言います。
- 感覚障害:動きが悪くなるのですが、知覚障害・感覚障害が起こりにくいのです。見たり聴いたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。自分では全く動けないが、周囲の状況が分かってしまうため精神的なストレスは大きくなります。
- 膀胱・直腸障害:尿道や肛門を締める括約筋も筋肉ですが障害は受けにくいのです。尿意や便意の感覚も正常なので、介助してもらって自分で用を足すことができます。
- 眼球運動障害:手足やからだ・顔が全く動かなくなっても目を動かす筋肉は残ります。そのた眼眼の動きを使って、「瞬きワープロ」を介した意思疎通が可能になります。
- 褥瘡:寝たきりになった患者さんは、床ずれがよく起こります。しかし、ALSでは褥瘡(床ずれ)が起こりにくいのです。この理由として、患者さんの皮膚のコラーゲンに変化が起こるためではないかと考えられています。
ALSへの理解を進めるために、こういうこともぜひ知っておいてください。
5.治療薬
現在のところALSを根本的に治す治療はありません。進行抑制治療がありますが、効果は限定的で、生活の質を保っていくためにはケアが不可欠です。
5-1.リルゾール(内服)
進行を抑える効果が認められています。しかし、呼吸機能が低下している場合には、予後をかえって悪化させることがあり、呼吸機能検査をした上で適応を判断します。
5-2.エダラボン(点滴)
病初期に進行を抑える効果が認められています。初回は2週間点滴して2週間休薬し、以後は、毎月10日間点滴します。腎機能が低下している場合などに使用できないこともあるので、血液検査などをした上で適応を判断します。大きな病院での通院は大変なので、点滴のみを地域の開業医で行うことが多いです。
5-3.ALSにパーキンソン薬(ロピニロール塩酸塩(商品名:レキップ))
慶応義塾大学の研究チームはALSの治療につながる候補薬をiPS細胞で発見し、患者に投与する臨床試験(治験)を平成30年12月から始めました。患者1人のiPS細胞から神経細胞をつくりALSを再現。約1230種の薬を試したところ、ロピニロール塩酸塩において細胞が死ににくくなる効果があったようです。今後、患者さん自身に投与して効果を判定するようです。ロピニロール塩酸塩は、もともとパーキンソン病薬として使われているため安全性は確立されています。治験で効果があれば、早い段階で使用が可能になると思われます。
6.病気の経過について
病気の進行スピードは人によって異なり、短期間で急激に体が動かなくなる患者さんもいれば、進行がゆっくりで10年以上かけて症状が進行する患者さんもいらっしゃいます。
ただし、臨床的には「四肢麻痺」で発症したケースに比べ、「球麻痺」で発症した患者さんの進行が早い傾向があります。
最終的には、飲み込むことも呼吸をすることもできなくなります。生きるためには、胃瘻から栄養補給をして、気管切開をして機械で呼吸の補助をします。そのためALSの患者さんの胃瘻・人工呼吸管理の決断には、本人及び家族が相当に悩むことになります。
7.人工呼吸の問題について
やはり高齢者であれば、人工呼吸器はお勧めしません。導入後の吸痰など家族・本人の負担が重いためです。胃瘻も投入せず、人工呼吸も導入しなければ、脱水が進行し、徐々に意識レベルが低下して穏やかに亡くなります。私の経験した84歳のALS患者さんは、「裸の女の人がたくさんいる」とうわごとのように言いながら、穏やかにお亡くなりになりました。
しかしながら若い人の場合は、家族も1日でも長く生きていてほしいと思うものです。この場合、2種類からの選択になります。
- NIPPV(non- invasive positive pressure ventilation;非侵襲的陽圧換気法):簡単にいうと、鼻あるいはフェースマスクを使用し、気管に挿管しないで人工呼吸を行います。睡眠時無呼吸の際にも同じ機械を使います。
- IPPV(invasive positive pressure ventilation;侵襲的陽圧換気法):気管を切開して、直接気管支に挿管して人工呼吸を行います。導入においては、医療的な問題のみならず人生観、介護の問題などが絡みます。
最近の傾向では、「何もしない」と「侵襲的陽圧換気法」の間といえる、非侵襲的陽圧換気法までを選択する方が増えてきています。
8.どこで看取りをするのがベストか
長期に療養が必要で、かつ吸痰などの医療的な処置が必要なALSの患者さんを受け入れてくれる施設は限られています。通常の、介護施設では断られることが大部分です。そのため、本来は、療養型病床群等がその責任を負うべきですが、現実には十分に対応できないことが多いのです。詳しくは以下の記事も参考になさってください。
その結果、自宅で診ることが多くなります。その場合は、訪問診療・訪問看護・介護をフル活用することで、介護者の負担を軽減します。通常、ALSが進行すると、介護度5が認定されます。そのうえ、ALSでは訪問看護は、医療保険を使うことができます。そのため介護度5の利用枠をフルに訪問介護・通所介護に回すことができます。その点を十分理解した優秀なケアマネにお願いするようにしましょう。
8.まとめ
- ALSは、「四肢麻痺」もしくは「球麻痺」で発症します。
- 現在、ALSの根本治療はないため、経過においては介護的対応が主となります。
- 最終的には、胃瘻および人工呼吸の選択をする必要がありますが、高齢者の場合はどちらもお勧めはしません。