施設に入れたから認知症が進んだ――その罪悪感は必要ありません

施設に入れたから認知症が進んだ――その罪悪感は必要ありません

認知症外来をしていると、ご家族からよく聞かれる質問があります。「先生、施設に入れたら認知症は進みますか?」この質問をされるご家族の表情は、とても複雑です。

本当はもう限界に近い。仕事もある。夜も眠れない。介護疲れもたまっている。それでも施設入所を決断できないのは、「施設に入れたせいで、認知症が進んだらどうしよう」という罪悪感があるからです。

実際、「施設に入ったら急にボケた」「家にいた頃は、もっとしっかりしていた」という話を聞くことがあります。では、本当に施設に入ると認知症は進むのでしょうか。認知症専門医としての私の考えは、施設に入れたことだけが原因で、認知症が進行するとは基本的に考えにくいというものです。今回は、なぜ家族が「施設に入れたから進んだ」と感じるのか、そして施設入所をどう考えればよいのかをお話しします。

目次

第一章 病気が進んだから施設が必要になった

まず考えてみてください。施設入所を検討するのは、どのような時期でしょうか。転倒が増えた。夜間の混乱が強くなった。失禁や徘徊が始まった。食事や服薬の管理が難しくなった。つまり、施設入所を考える時点で、すでに認知症や身体機能の低下が進んでいることが多いのです。

ご家族は毎日介護をしているため、少しずつ起きている変化には、かえって気づきにくいことがあります。ところが施設に入ると、生活の場が一気に変わります。入所前と入所後を比較することで、以前から続いていた変化が急に目立つようになります。

すると、「施設に入れたから悪くなった」と感じてしまうのです。しかし実際には、施設が原因ではなく、施設入所が必要になるほど病気が進んでいた可能性があります。私は外来で、こうしたケースを何度も見てきました。つまり、施設に入ったから認知症が進んだのではなく、認知症が進んだから施設入所が必要になった。こちらのほうが、実態に近いケースが多いのです。

第二章 施設に入って元気になる人もいる

私はこれまで、多くの方の施設入所を見てきました。その中には、施設に入ったあと、以前より元気になる方もいます。「家にいた時より笑うようになりました」「食事量が増えました」「表情が明るくなりました」「夜、眠れるようになりました」

その大きな理由は、生活のリズムが整うことです。決まった時間に起きる。決まった時間に食事をする。職員やほかの入居者と会話をする。体操やレクリエーションに参加する。必要な薬を正しく服用する。

自宅では難しかったことが、施設では日常生活の中で自然に行われます。特に、一人暮らしや老老介護では大きな違いが出ます。自宅では一日中テレビを見て、会話も外出もほとんどなかった方が、施設では毎日誰かに声をかけてもらいます。これは、脳や生活意欲にとって大切な刺激になります。

実際に、入所後に認知機能検査の点数が改善する方もいます。もちろん、認知症そのものが治ったわけではありません。しかし、睡眠不足、脱水、低栄養、服薬の乱れ、孤独、不安などが改善すると、その人が本来持っている力を発揮できることがあります。認知症の症状は、脳の変化だけで決まりません。体調や生活リズム、人との関わり方など、環境からも大きな影響を受けるのです。

第三章 本当に怖いのは家族の罪悪感

私が最も心配しているのは、施設入所そのものではありません。ご家族が抱える罪悪感です。「母を捨てるような気がする」「最後まで家で見たかった」「自分の努力が足りなかった」


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しかし、本当にそうでしょうか。外来で見ていると、限界まで頑張ったご家族ほど、自分を責めます。夜中に何度も起こされても介護を続け、仕事や家事も抱え、自分の体調が悪くなっても休もうとしません。けれど、患者さん本人は、家族が倒れることを望んでいるでしょうか。娘さんが倒れる。息子さんがうつになる。夫や妻が体を壊す。そのような状況を望んでいる親や配偶者はいないはずです。

認知症介護で悲しいのは、患者さんの症状が進むことだけではありません。介護する家族まで一緒に壊れてしまうことです。施設入所をきっかけに、家族関係が良くなることもあります。自宅では、食事、排泄、入浴をめぐって毎日言い争っていた。それが施設に入ってからは、面会時に穏やかに話せるようになった。昔話をして、一緒に笑い、「また来るね」と優しく言えるようになった。介護の役割から少し離れることで、再び親子や夫婦としての時間が戻ることがあるのです。介護することは愛情です。しかし、適切な距離を取ることもまた、愛情です。施設にお願いすることは、介護を放棄することではありません。自分一人で抱えていた介護を、専門職を含めたチームで支える形に変えることなのです。

おわりに

「施設に入れると認知症は進みますか?」この質問に対する私の答えは、施設に入れたことだけを理由に、認知症が進むとは基本的に考えにくいというものです。

もちろん、環境が大きく変わることで、入所直後に一時的な混乱が起こることはあります。認知症の方は、新しい環境に慣れるまで時間がかかるため、入所直後の様子だけで判断しないことが大切です。長期的に見れば、認知症が進行する方は、自宅で生活を続けていても進行する可能性があります。

一方で、施設で生活リズムや栄養状態が整い、人との交流が増えることで、表情や意欲が改善する方もいます。施設に入れることを、介護の失敗だと思わないでください。最後まで自宅で介護することだけが正解ではありません。家族が倒れるまで頑張ることも正解ではありません。

本人が安全に、その人らしい生活を続けられること。介護する家族も健康でいること。穏やかな家族関係を守ること。それが本当の目標です。

施設は、家族を見捨てる場所ではありません。本人の生活と安全を守り、家族との関係を守るための、大切な選択肢の一つなのです。

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