認知症の患者さんというと、何もできなくなって、社会の役にも立たなくなると思われがちです。しかし、私の認知症専門外来には、認知症を発症しても、素敵な患者さんがたくさんいらっしゃいます。
元、高校の先生のAさんは、認知症のレベルは、MMSEが20/30点程度です。日常生活は何とか自立していますが、短期記憶はかなり落ちています。そのため、ご家族が何か話をしても、5分も経てばすべて忘れてしまいます。
そんなAさんには、昔の教え子の数人から定期的に電話がかかってるそうです。奥様からすると、「物忘れがひどいのに、どうやって電話で話をしているのだろう?」と疑問に思うほどだそうです。
定期的に電話をくださる生徒さんの中には、毎日電話をかけてくる人もいるそうです。その生徒さんは、「うつ病」の診断を受けているようです。しかし、この生徒さんにとっては、Aさんは素晴らしい話し相手のようです。毎日、電話をかけても、黙って話を聞いてくれる。毎日、電話をしても嫌な雰囲気もなく、初めて電話をかけたように一生懸命聞いてくれる。この生徒さんにとっては、Aさんは心の支えになっているようです。
私はAさんに、「電話をかけてくる生徒さんの事は憶えているのですか?」と伺いました。そうすると、いつもよりしっかりした表情で、「昔の生徒の事は忘れません」とはっきり言われました。さすが、プロです。
認知症患者さんには、どれだけ症状が進行しても、社会に貢献できる術は残されていることを感じた話でした。