アルツハイマーの薬を処方される際に、医師と薬剤師からご説明があったと思います。
それでもより詳しい情報をお知りになりたいのが真情でしょう。「この薬を使うとどうなる?」「どのような目的で処方された?」「薬の量は適切?」「副作用は?」
ですのでこの記事では認知症専門医である長谷川嘉哉がアルツハイマー薬の効果や使い方について解説します。
実はこれは同業者である医師でも同様の疑問を抱いています。
私は、医師会等で医師の方々に講演をさせていただいています。その際に、もっとも要望が多い内容が、「アルツハイマー薬の使い分けを知りたい」ということです。
現在、アルツハイマー薬は保険適応で4種類。その他にも漢方薬等もあります。専門医としては、それぞれ特徴があり、患者さんによって使いわけることで成果を出しています。しかし残念ながら、”アルツハイマー薬はどれも同じ”と誤解している方も多くいらっしゃいます。
この記事では、薬の添付文書だけでは分からない”さじ加減”をお伝えします。薬について「?」がある方はぜひ参考になさってください。
目次
1.アルツハイマー薬の目的。認知症の進行を止めるだけではない
外来で認知症の診断をしてアルツハイマー薬を処方しようとすると、ご家族から「認知症の薬は症状の進行を止めるだけなんですよね?」と質問されることがあります。
しかし、アルツハイマー薬は神経細胞と神経細胞の流れを良くすることで症状の改善を図ります。そのため神経細胞の数が維持されている時期、つまり早期であれば早期であるほど改善する可能性が高いのです。
2.アクセル系とブレーキ系に分けて理解しよう
アルツハイマー薬の作用は、アクセル系とブレーキ系に分けることができます。
2-1.アクセル系のアルツハイマー薬
患者さんが初診で訴えられた症状で、「やる気が出ない」、「物覚えが悪い」、「出来ていたことができなくなった」という症状の際、アクセル系の薬を最初に使います。具体的には、保険薬ではアリセプト、レミニール、リバスタッチ/イクセロンパッチがこれにあたります。
2-2.ブレーキ系のアルツハイマー薬
認知症のレベルが同じでも、攻撃的な症状が出る患者さんがいらっしゃいます。例えば、「イライラする」、「性格変化で穏やかだった人が怒りっぽくなった」、「性格の先鋭化で気が強かった人がより気が強くなった」などです。その時に、何も考えずにアクセル系のアルツハイマー薬を使用すると、火に油を注ぐようなものでさらに悪化します。この場合は、ブレーキ系の薬を使います。具体的には、保険薬のメマリーや漢方の抑肝散、抗精神病薬を少量使います。
3.アルツハイマー薬は使い分けが重要
薬を処方すると、「副作用はありませんか?」と聞かれることがあります。しかし、薬とは両刃の剣です。効果があって、副作用がない薬はありません。副作用が全くないとは、全く効かないと同義語になります。そのため、薬の治療目的を理解して、適切に対処すれば、副作用をむやみに心配する必要はありません。
3-1.【アクセル系】アリセプトを漫然と処方する時代ではない
アリセプトは最初にアルツハイマー薬として認可された薬です。現在も最も処方されています。
副作用は消化器症状が強いため、一日1回3㎎で2週間慣らしてから通常量の5㎎で維持します。合わない方は3㎎でも悪心により食事量まで減るほどです。
アリセプト投与後の脳の血流変化をみると、脳全体の血流がマイルドに上がっており特徴がありません。私自身も最初にアリセプトを処方することは少なく、他の薬が使えない場合にアリセプトを処方します。講演等では、『漫然とアリセプトを処方する時代ではない』とお伝えしています。
3-2.【アクセル系】リバスタッチ/イクセロンパッチで意欲と言葉数を増やす
現在、認知症専門医の多くがアクセル系の薬として最もよく処方する薬です。飲み薬でなく、貼り薬であり皮膚から吸収されます。徐々に血中濃度が上がるので、アリセプトのような消化器症状は、かなり少なくなっています。他のアクセル系の薬との違いは、薬理的にも、人間の感情を司る扁桃核を刺激し、言語を司る脳の部位の血流を増やします。
実際にご家族も、患者さんに意欲がでて、言葉数が増えたと喜ばれます。『何を食べても反応がなかったのに、薬を貼りはじめてから好き嫌いを言うようになったのよ』と文句を言いながらも、ご家族はどこか嬉しそうです。
このように効果的にはとても良い薬ですが、皮膚症状が3割に出現します。貼った部位が赤く腫れあがり掻痒感が出現しますので、同じアクセル系の薬であるアリセプトやレミニールに変更せざるを得なくなります。
3-3.【アクセル系】レミニールの一日2回服用は、服薬管理が大変
効果的には、アリセプトとよく似ています。特徴はなく、積極的に第一選択として使うことはあまりありません。何よりも、この薬の難点は、一日2回服用する必要があることです。
認知症では比較的初期の段階で、服薬管理ができなくなります。そのため、一日2回の服用はハードルが高くなります。介護者が対応するにも、やはり一日1回の方が負担は軽くなります。
昔、レミニールを販売するメーカーさんから、『先生、レミニールを日本で一番処方する先生になってください』と頼まれたことがあります。それに対して、『そんなことをしたら、認知症患者さんの生活を理解していない専門医になってしまいます』と丁重にお断りしました。
3-4.【ブレーキ系】メマリーが介護負担を激減させる
認知症の薬の中でもっと重要な薬です。
ブレーキ系のアルツハイマー薬としては抜群の効果です。幻覚・妄想・易怒性で疲れ果てたご家族から、『先生、本当に穏やかになりました。』と感謝されたことは1,000例以上で経験しています。
実際に、自宅での介護が不可能で施設入所が必要と思われるケースでも、メマリー投与で自宅介護が可能になることが多々あります。当院でも、メマリーが発売される以前は年間に10例程度は精神科に紹介したものです。メマリーが発売されてからは、精神科紹介件数は激減しています。このデータは、海外の論文でも同様の効果が報告されています。
但し、やはり両刃の剣ですから薬の量は注意が必要です。メマリーは1回5㎎、10㎎、15㎎、20㎎と一週毎に量を増やします。メーカは、20㎎まで増やすことを推奨していますが、私は処方開始2週間後に必ず受診をお願いしています。つまり10㎎を服薬した段階でチェックします。
この段階で半数程度の方は穏やかになっています。その場合は、量を増やすことなく10㎎で処方を継続します。逆に10㎎でも効果がない場合は、20㎎まで増量することになります。
なおメマリーの副作用で多いものは、ふらつきです。やはり服薬2週間後に確認します。多少ふらつきを訴えられることもありますが、徐々に慣れていきます。私の経験では、ふらつきがひどくなって、メマリー投与を中止したケースはわずかです。それよりも主作用である“穏やかになる効果”を最優先しています。
私は全国で講演をするため、地方でも認知症の専門医を紹介してくれと頼まれることがあります。全国に知り合いに専門医がいるわけでは無いので、その場合は製薬メーカーに頼んで、メマリーをたくさん処方している医療機関を紹介します。認知症を積極的に正しく診察していれば、必然的にメマリーの処方が増えるからです。
3-5.【ブレーキ系】抑肝散も軽視できない
メマリーを使うほどでもないけど少し穏やかになって欲しい、もしくはメマリーで効果はあるけどもう少し穏やかにしたい。そんな時に効果があるのが漢方の抑肝散です。
「漢方薬が効果あるの?」と思われるかもしれませんが、軽視できません。服薬は粉の薬を一日2回から3回食事の前に服用します。飲みにくいことが難点ですが、2週間ほどで効果が出てきます。ご家族の方も「漢方薬って効くんですね!」と驚くほどです。
注意点としては副作用として、低カリウム血症が2割程度で起こることです。そのため、最低でも2〜3か月に一度は定期的に採血をすることが必要です。ちなみに精神科の先生は抑肝散を良く処方されますが、殆ど採血をされません。低カリウム血症は、筋力低下や筋肉痛、悪心、嘔吐、痙攣などの諸症状を引き起こしますので注意が必要です。
3-6.抗精神病薬を少量投与することも
メマリーや抑肝散を使ってもどうしてもブレーキ効果がなく、幻覚・妄想・攻撃性が残る場合は、抗精神病薬を使用します。具体的には、リスパダール、セロクエル、エビリファイと言った薬です。これらの薬の保険適応病名は、アルツハイマーでなく統合失調症です。
これらの薬をごく少量、0.5錠から1錠程度を加えると、劇的に効果があります。疲弊したご家族も、『こんな小さな薬を1錠飲むだけでこれだけ穏やかになるんですね』と驚かれます。
ただし、あくまで保険適応外の使用になりますので、症状が落ち着いて、半年から1年たった時には、薬の減量・中止を考えます。もちろん、減量・中止して悪化すれば、ふたたび元に戻します。
4.「アルツハイマー薬を止めたら良くなった」とは
時々、アルツハイマー薬を止めたらかえって良くなったという話を聞きます。だから、アルツハイマー薬なんて飲んでも効果がないと誤解される方もいらっしゃいます。しかし決して素人判断で服薬を中止しないでください。止めたら良くなったには、理由があります。いくつか紹介します。
4-1.本来ブレーキ系が必要な患者さんにアクセル系を加えた場合
つまりメマリー等で穏やかにしないといけない患者さんにアリセプトやリバスタッチ/イクセロンパッチを加えてしまえば、症状がより悪化します。そんな時に、間違えて使用したアクセル系の薬を中止すれば、いったん良くなったように見えます。
4-2.アリセプトの10㎎を使用して陽性症状が出現した場合
比較的若い患者さんにはできるだけの治療を行いたいものです。アリセプトの5㎎で効果がなくなった場合も、積極的に10㎎まで増量します。その時に副作用として攻撃性といった陽性症状が出現した場合、薬を減量します。そうすると薬を減らしたら良くなったように見えるのです。
4-3.メマリーの量が相対的に過剰になった場合
幻覚妄想といった症状は、年を取れば自然に改善します。だからと言って、患者さんに年を取るまで待ってくださいとは言えません。そこでメマリー等でコントロールします。その後、加齢に伴い症状が軽くなれば、メマリー等が相対的に過剰になります。その時には、減量・中止します。そうすると薬を減らしたら良くなったように見えるのです。
5.状態によってブレーキとアクセルの調整を
アルツハイマー薬の治療は、それぞれの薬の特性を理解して、処方する必要があります。いったん薬が決まれば、半年から一年は同じ薬で対応もできます。そうするとご家族によっては、近所の専門外の医師への転院を希望されることがあります。
しかし、できれば専門医の継続受診をお勧めします。なぜならアルツハイマー薬は定期的な微調整が必要だからです。アクセル系とブレーキ系の薬を、症状に合わせて増減する必要があるのです。少しブレーキが利きすぎているか? と思えば、アクセル系を増やしたりブレーキ系を減らします。同様に、アクセル系が効きすぎている? と思えば、アクセル系を減らしたりブレーキ系を増やします。
専門外の先生は、処方された薬を継続することはできますが、調整することはできないのです。
6.まとめ 現在の薬に不安を覚えたら
本日、紹介した内容は医師向けに講演する内容とほぼ同じです。そのため専門外の先生方によっては、この内容をまったく理解されていないこともあります。可能なら、この記事を印刷して、主治医と相談をすることもお勧めです。その時に、不機嫌になったり、拒否をするような医師であれば主治医変更も考えたいものです。医師は常に新しい情報に貪欲であるべきです。認知症の専門、非専門に関わらず患者さんが持ってきた情報を元に、一緒に考える姿勢が望まれるのです。