食卓に宿る尊厳・・本屋大賞『カフネ』

食卓に宿る尊厳・・本屋大賞『カフネ』

実はAmazonで別の本を注文したところ、今回紹介したこの本が届きました。間違えて注文したのかと、履歴を確認しても間違っていません。これも何かの縁かと思い読みましたが、面白い! 一気読みでした。ということで感想文を紹介します。

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本屋大賞を受賞した『カフネ』は、人間関係の機微や人生の終末を静かに見つめる物語です。医師として読み進める中で特に印象的だったのは、「食事」が繰り返し象徴的に登場する点でした。食べることは、栄養の確保にとどまらず、人間の尊厳や絆を支える行為として深い意味を持ちます。本作を通じて、臨床の現場で日々直面する現実と重ね合わせずにはいられませんでした。

栄養学的に食事は、三大栄養素やビタミン・ミネラルを摂取し、生命を維持する営みです。しかし『カフネ』に描かれる食卓は、それ以上に「共に生きていることを確認する場」として強い印象を残します。病室で家族が差し出す一口の食べ物に込められる想いは、患者さんの生きる力そのものを映しています。食欲や摂取量の低下は医学的には低栄養やフレイルの兆候ですが、物語の中ではそれが「人生の終盤を迎える身体のサイン」として描かれ、読者に深い余韻を残します。

ここで思い起こされるのが、認知症の患者さんにしばしば見られる摂食・嚥下障害です。進行とともに、食事に時間がかかる、飲み込みが難しくなる、あるいは食べ物への関心が薄れるといった症状が現れます。医療の現場では、経口摂取を続けるか、経管栄養に移行するかという重い選択を迫られることも少なくありません。数値や医学的根拠だけではなく、「最後まで口から食べたい」という本人や家族の思いが、治療方針に大きく影響します。この点は『カフネ』の描写とも響き合い、食べることが単なる栄養行為ではなく「人間らしさの象徴」であることを改めて考えさせられます。

一方で、食べる喜びもまた重要です。糖尿病や高血圧の患者さんに食事指導を行う際、栄養バランスを重視するのは当然ですが、食の楽しみを奪わない工夫も欠かせません。作品の登場人物たちが誰かと共に食卓を囲む場面は、「何を食べるか」だけではなく「誰と食べるか」が人生を支えることを強く示しています。これは認知症患者さんにおいても同じで、食事の際に家族や介護者が隣に座り、安心感を与えるだけで摂取量が増えることは決して珍しくありません。

結局のところ、食事は「人生の物語の一部」です。医師として、栄養指導やデータの管理は欠かせませんが、それだけでは患者さんの生活を支えきれません。「誰と一緒に食べるか」「どんな気持ちで最後の一口を味わうか」という視点が、生命の質を決定づけます。『カフネ』は、その事実を文学的に美しく、かつリアルに描き出した作品でした。


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医師としても一人の人間としても、日々の食事に込められた意味を忘れてはならないと強く感じさせられる一冊です。

 

長谷川嘉哉監修シリーズ