先日、知り合いからのご紹介で、久坂部 羊さんの「老乱」を読みました。認知症の早期の段階から、物忘れを中心とする中核症状、さらに幻覚・妄想といった周辺症状、最後は寝たきりになって永眠。この流れが、小説で分かりやすく描かれています。 とくに、認知症の患者さん目線で描かれている場面も多く、認知症専門医としても勉強になりました。読後、認知症患者さんへの接し方が、少し優しくなったと自覚するほどです。
とてもお薦めの本ですが、一点注意。本の中で子供さん夫婦が、住宅型有料老人ホームで寝たきりになった患者さんを、自宅に引き取って在宅看取りを行います。作者としては、小説としては奇麗に終わらせたかったのかもしれません。読者が、「施設での看取りに罪悪感」を感じてしまうことが心配です。現実にはこんなことは殆どありません。この点だけを留意して読んでいただければ、認知症の経過がとても分かりやすくお薦めです。
本の中から一部をご紹介します。
- 「レビー小体型の認知症は、初期にはけっこう認知機能が保たれるから、家族も気づきにくいんだって。」
- いちばんつらいことは何かと聞いてくれただろ。考えたんだが、前の日の献立を聞かれたり、日付や曜日を質問されるのがつらいよ。息子や嫁や孫のちょっとした言葉にも傷つくしな。
- 「有吉佐和子の『恍惚の人』には、認知症を避ける唯一の方法が書いてある。答えはずばり、長生きせえへんことや」 「なるほど。長生きというのは、頭と身体が老化してるのに、死なないってことだもん」
- 「元気で長生きというのは、現実味の薄いお題目や。安くてうまいとか、楽にやせるみたい」
- 施設にはあまり期待されないほうがいいと思います。パンフレットはきれいですが、安い施設はサービスの質が低いですし、快適な施設はそれなりの値段になっています。安くて快適などというところはありません。
- 認知症の人でもいきいき暮らせる社会にしようとか、徘徊する人を地域で見守ろうなどという記事がよく出るでしょう。そんな無責任な発言はないですよ。認知症の人が抱える問題や困難を、だれがどうカバーしてくれるんです。みんなで支えようなんて言っても、だれもしませんよ。すべては当事者に降りかかってくるんです。おまけに認知症が治るかのような錯覚を抱かせる記事や、〝自分らしさ〟みたいな単に聞こえがいいだけのスローガンで、厳しい現実をボカす記事も氾濫している。そんな情報を信じた人が、実際の困難に直面して失望するんです。まったく罪が深いですよ。
- 「認知症介護のいちばんの問題は。いいですか。介護がうまくいかない最大の原因は、ご家族が 認知症を治したいと思うこと なんです」
- 治ってほしいと思うことは、認知症を拒絶することです。ご家族は病気だけを拒絶しているつもりでも、当人にすれば、自分そのものを否定されているように感じるんです。
- 「ヘルパーさんが上手に介護するのは、利用者の都合に合わせる訓練ができているからです。トラブルも事前に想定しています。徘徊、排泄の失敗、暴言や妄想などに対して、心の準備をしています。だから、それが起こっても冷静でいられる。いやだとか、起こらないでほしいとか思っていると、起こったときに怒りや嘆きが生じます。むずかしいとは思いますが、トラブルも拒絶せず、受け入れるようにすることが肝心なのです。」