「エアコンを嫌がる認知症の方が、なぜ熱中症になりやすいのか?」という非常に重要なテーマについてお伝えします。夏の時期、毎年のように高齢者の熱中症による搬送がニュースになります。中でも、認知症の方が自宅でエアコンをつけずに過ごし、重篤な状態になってしまうケースが後を絶ちません。これは、単なる「エアコン嫌い」という話ではなく、認知症という病気の本質に深く関わっている問題です。
目次
1.認知症の患者さんは「暑さを感じていない」わけではない
よくご家族から「うちの母は暑いのにエアコンをつけたがらない」「扇風機で十分だと言い張る」といった相談を受けます。実際、室温が35度近くあっても、「寒いからいらない」と言われることも珍しくありません。このとき、家族は「わがままだ」「昔からエアコンが嫌いだから」と思いがちですが、これは病気による症状です。認知症の方は、暑さを“身体が”感じていても、“頭で”正しく認識して判断できない状態に陥っているのです。
2.前頭葉の機能低下が論理的思考を奪う
認知症の中でも、特にアルツハイマー型や前頭側頭型では「前頭葉」の機能が低下します。
前頭葉は人間の“理性”や“論理的思考”“状況判断”をつかさどる重要な部分です。
たとえば、健常な人であれば、
- 「今日は35度ある」
- 「体がだるい、汗をかいている」
- 「エアコンをつけないと危ない」
こうした一連の認識から、「冷房をつけよう」という判断に至ります。ところが、認知症によって前頭葉の機能が落ちていると、この流れがうまく組み立てられなくなります。暑さを感じていても、それを「危険」と結びつけて考えることができない。つまり「今エアコンをつけなければならない」と論理的に判断する能力そのものが、病気によって奪われてしまっているのです。
3.過去の価値観が強く残る
さらに厄介なのは、記憶がまだらに残っているため、若い頃の「エアコン=電気代が高い」「冷房は体に悪い」「扇風機で十分」といった過去の価値観が強く残っている点です。この「古い価値観」は記憶の中でも奥深くにある長期記憶で、認知症が進行しても比較的保持されやすい領域です。一方で、最新のニュースや医療情報などは新しい記憶であり、真っ先に抜け落ちます。そのため、「今は熱中症のリスクが高い」「エアコンは命を守る道具だ」といった現代的な価値観は受け入れづらく、古い考えが優先されてしまうのです。
4.家族が注意すべき3つのポイント
それでは、どうすればエアコン嫌いの認知症の方を熱中症から守ることができるのでしょうか?
4-1.「本人の言い分」を鵜呑みにしない
まず大前提として、「本人が大丈夫」と言っても信用してはいけません。これは意思を尊重しないという意味ではなく、「判断力が落ちている病気だから」です。医学的には、判断能力が低下している状態での自己判断は信用できないとされます。
4-2.エアコン操作を家族が担う
「勝手に切られてしまう」「設定を変えてしまう」といった場合は、エアコンのリモコンを家族が管理するのも一つの方法です。最近ではリモコンの操作ロック機能や、スマートフォンから遠隔で操作できる製品も増えてきています。こうした技術を活用し、本人の判断に委ねず、家族が環境をコントロールする仕組みを整えることが大切です。
4-3. “感覚”より“データ”で伝える
「暑いでしょ?」と聞いても、「寒い」と返されることがあります。こういう場合は、感覚ではなく「室温が30度を超えています」「テレビでも熱中症警報が出てます」と客観的な情報を用いて伝えると、多少納得してくれることもあります。
5.エアコン嫌いの裏にある「病気としての認知症」
改めて強調したいのは、「エアコン嫌い」も認知症の症状の一つであり、本人の性格のせいではないということです。周囲からは「言っても聞かない」「困った性格」と見られてしまうかもしれませんが、それは誤解です。病気として脳がうまく働かなくなっている結果として、そのような行動が現れているのです。したがって、認知症の患者さんにとって「エアコンをつけるかどうか」は、命に関わる問題であり、家族の介入が必要不可欠です。
6.まとめ:命を守る冷房環境を
これから本格的な夏が到来します。熱中症は、高齢者にとって命取りになる危険な病気です。しかも認知症の方は、自覚のないまま体が深刻なダメージを受けてしまうリスクがあります。
- 暑さの自覚が曖昧
- 論理的判断ができない
- 古い価値観が残っている
これらすべてが絡み合って、認知症の方がエアコンを嫌うという行動に至っています。だからこそ、私たち家族や周囲の人が、本人に代わって「環境を整えてあげる」ことが大切です。“エアコン嫌い”の裏には、前頭葉の機能低下という見えない病気の影が潜んでいます。それを理解し、熱中症を防ぐための正しい知識と対応を、ぜひご家庭でも実践してください。