「健康のために運動しましょう」と言われると、多くの人はジョギングや筋力トレーニングを思い浮かべます。しかし本書を読むと、私たちが毎日何気なく行っている「歩く」という動作が、実は非常に優れた運動であることに気づかされます。特に印象的だったのは、単に「たくさん歩けばいい」のではなく、どう歩くかが大切だという点です。
本書では、背筋を伸ばしてキビキビ歩く人と、うつむいてゆっくり歩く人では健康寿命にも大きな差が生じ、筋肉量や肥満度以上に「歩く速さ」が寿命と深く関係することが紹介されています。認知症専門医として日々高齢者を診ている私にも、大いに納得できる内容でした。
目次
1.「何歩歩いたか」より「どう歩いたか」
健康のために「1日1万歩」を目標にしている方は多いでしょう。しかし本書では、1万歩という数字そのものに強い医学的根拠があるわけではないと指摘します。大切なのは数字に縛られることではなく、今より少しだけ歩く量を増やし、それを無理なく続けることです。
これは非常に大事な考え方だと思います。外来でも、「毎日1万歩歩かなければ」と頑張りすぎて、膝や腰を痛めてしまう方がいます。健康のために始めた運動で体を壊してしまっては本末転倒です。
さらに興味深いのは、大股で歩き、腕を大きく振る、いわゆる「パワーウォーク」が必ずしも良いわけではないという点です。重心を大きく揺らさず、力を抜いて、小ぶりに軽やかに歩く。頑張りすぎない歩き方こそが長く続けられるのです。健康づくりは、一時的に頑張ることよりも、「一生続けられるか」が重要なのです。
2.歩くことは「脳を使うこと」
認知症専門医として最も興味を持ったのが、歩行と脳との関係です。本書では、足の裏には地面の凹凸や傾斜を感じ取るセンサーがあり、その情報が絶えず脳へ送られていると説明されています。私たちは歩きながら、次の一歩を予測し、姿勢を修正し続けています。つまり歩くことは、単なる足の運動ではありません。見る、感じる、判断する、バランスを取る、進行方向を決める。歩行とは、実は全身と脳を同時に使う極めて高度な活動なのです。
実際、歩行速度の低下は認知機能低下よりも先に現れる可能性も紹介されています。私も診察では、患者さんが診察室に入ってくる姿をよく見ています。歩く速度が落ちた。歩幅が小さくなった。足を引きずるようになった。方向転換が遅くなった。こうした変化は、単なる老化ではなく、全身状態や脳機能の変化を知らせるサインになることがあります。「歩き方を見ることは、その人の脳を見ることでもある」と改めて感じました。
3.歩けることは「人生を守ること」
本書の中で最も共感したのは、歩く目的を「自分の健康」だけに限定していない点です。歩き続けることで得られるのは、病気になりにくい体だけではありません。家族と旅行に行く。孫と出かける。買い物に行く。友人に会いに行く。歩ける足があるからこそ、人生の行動範囲は保たれます。
本書には、歩き続けることで得られるのは「誰かと出かける体力、誰かを支える足腰、誰かのそばに長くいられる時間」だという趣旨の言葉があります。これは高齢者医療の現場を見ていると、本当にその通りだと思います。高齢になるほど、人生の自由度を決めるのは「お金」以上に「自分の足で移動できるか」なのです。
おわりに
私は患者さんに「激しい運動をしてください」と言う必要はないと思っています。まずは姿勢を整え、少しだけ速く、軽やかに歩く。スーパーへ歩く。駐車場で少し遠い場所に車を止める。エレベーターではなく、時には階段を使う。そんな小さな一歩で十分です。『走るより運動になる「歩き方」』を読んで改めて感じました。歩くことは、筋肉を鍛えるだけではありません。脳を刺激し、自由を守り、人生そのものを長く楽しむための行為なのです。健康寿命を延ばす第一歩は、特別なトレーニングではなく、今日の「一歩」を少し変えることから始まるのかもしれません。


認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。