認知症外来をしていると、医学だけでは説明しきれないような、心に残る場面に出会うことがあります。ある認知症のお母さんがいます。娘さんは週に1回、お母さんのもとを訪ねています。しかし、お母さんは1週間前のことをほとんど覚えていません。「先週も来たよ」と言っても、「そうだった?」毎週、その繰り返しです。
ところが先日、不思議なことがありました。前の週、娘さんが少し体調を崩していて、そのことをお母さんに話したそうです。そして1週間後。娘さんが会いに行くと、お母さんが突然、「体調は大丈夫?」と聞いたのです。
昨日のことさえ忘れてしまう母が、1週間前の娘の体調を覚えていた。私はこの話を聞いて、「認知症になっても、やっぱりお母さんなんだな」と思いました。
目次
1.出来事は忘れても、「心配した気持ち」は残っていた
アルツハイマー型認知症では、新しい出来事を記憶する力が低下していきます。何を食べたか。誰が来たか。どんな話をしたか。そうした最近の出来事が抜け落ちていきます。ご家族にとって、これはとても寂しいことです。「昨日あれだけ話したのに」「毎週会いに来ているのに」自分との時間そのものが消えていくように感じるからです。
ところが今回のお母さんは、娘さんが来たこと自体は忘れていても、「娘の体調が悪かった」ということは残っていました。そこには、おそらく「娘が心配だ」という強い感情があったのでしょう。
私たち自身も、10年前の普通の日に何を食べたかは覚えていません。しかし、結婚式、子どもが生まれた日、大切な人を亡くした日などは、何十年経っても覚えていることがあります。そこには強い「感情」があるからです。
2.認知症になっても「感情の記憶」は残ることがある
記憶に深く関係する脳の場所として有名なのが海馬です。アルツハイマー型認知症では、海馬を含む記憶のネットワークが障害されるため、新しいことを覚えることが難しくなります。
一方で、感情には扁桃体などの脳のネットワークが関係しています。うれしい、悲しい、怖い、悔しい、心配だ。こうした感情が強く動くと、その出来事は記憶に残りやすくなります。もちろん、認知症になっても感情に関わる脳の働きがすべて保たれる、という単純な話ではありません。
それでも診療の現場では、何を言われたかは忘れていても、「あの人といると安心する」という感覚が残っていることがあります。逆に、怒られた内容は忘れても、「あの人は怖い」という感情だけが残ることもあります。だから認知症介護では、「何を覚えてもらうか」以上に、「どんな気持ちになってもらうか」が大切なのです。
3.「どうせ忘れるから」ではありません
認知症が進むと、ご家族から、「先生、何をしてもどうせ忘れますから」と言われることがあります。確かに旅行に行っても、数日後には「そんなところ行った?」と言われるかもしれません。おいしいものを食べても、何を食べたかは忘れるでしょう。しかし、だから意味がないわけではありません。
出来事は忘れても、「楽しかった」「安心した」「大切にされた」という感情は残ることがあります。今回のお母さんも、1週間前の会話を正確に記憶していたわけではないのかもしれません。それでも、「娘が心配だ」という母親としての感情が残り、「体調は大丈夫?」という言葉になって出てきた。認知症になっても、母親は母親だったのです。
おわりに
認知症になると、忘れることは確かに増えていきます。昨日のこと、約束、家族が来たこと。時には家族の名前さえ出てこなくなります。しかし、すべてが同じように消えていくわけではありません。
だから私は、ご家族にお伝えしたいのです。「どうせ忘れるから」と思わないでください。一緒に散歩してください。好きなものを食べてください。昔の写真を見てください。手を握ってください。そして、できれば一緒に笑ってください。その出来事自体は忘れてしまうかもしれません。それでも、「楽しかった」「安心した」「愛されていた」という感情は、その人の中に残ることがあります。
昨日のことさえ忘れるお母さんが、1週間前の娘さんの体調を心配していた。私は、この一言に認知症という病気の不思議さと、人間のすごさを感じます。記憶は薄れても、愛情まで同じように消えていくわけではありません。認知症介護では、「何を覚えてもらうか」より、「どんな気持ちを残すか」。私は、そこを大切にしていただきたいと思います。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。