私は、前厄と言われる40歳の時に、かなり忙しい生活を送っていました。その時「このままでは、突然死してしまう」と思ったものでした。そんな時に紹介されたのが、「鍼灸」です。鍼灸を身体に施術してもらうと、気持ちが落ち着いて、やがて眠ってしまいます。施術後30分もすると、腸がゴロゴロ動き始めることも自覚します。約60分の施術が終了すると、身も心もリラックスして気分も爽快です。
すっかり、病みつきになり、以降約16年間、基本的には毎週。最低でも2週間に1回、鍼灸の治療に通っています。どうしても都合がつかなくて、3週間も間隔があくと、どこか身体の調子が悪くなることを実感しています。今回の記事は、脳神経内科医の長谷川嘉哉が神経の専門家の立場から、鍼灸の有効性についてご紹介します。
目次
1.鍼灸とは?
鍼灸や、東洋医学というと「どこか不安」と心配される方もいらっしゃるかもしれません。鍼灸の効果と治療法を紹介します。
1-1.WHOも効果を実証
鍼灸は、中国を起源にする医療行為です。日本には6世紀ごろに伝わっとされています。1979年には、世界保健機関(World Health Organization: WHO)が鍼灸治療の適応疾患を発表。現在では、世界的に鍼灸の効果が認められています。
1-2.針治療とは?
長さ4〜8㎝のステンレス製の針をツボに指していきます。いくつかの方法があり、刺してすぐ抜く「単刺(たんし)」、刺してから10-20分おく「置針(ちしん)」、刺した後に電流を流す「パルス針」があります。私自身は単刺と置針を組み合わせた治療を行ってもらっています。針というと、痛みを心配されるかもしれませんが、刺される際は殆ど痛みは感じません。
1-3.灸とは?
もぐさを燃やして、ツボに熱刺激を与えるのが灸。私も針治療の間に、適宜灸を行ってもらっています。灸も、熱すぎることはなく、心地よい温かさで痛みが和らぎます。
2.鍼灸は誰が施術できるの?
鍼灸師という名称は、現在の法制度上は存在しません。はり師ときゅう師は別の国家資格者です。ただし、同じ鍼灸師養成施設で単位を取得し卒業することで両者を受験できるので両方の資格をもたれていることが多いようです。平成28年度のデータでは、はり師が116,007人、きゅう師が114,048人います。
ちなみに、街中でよくみる「マッサージ」は、あんまマッサージ指圧師によるものです。平成28年度のデータでは116,280人います。あんまマッサージ指圧師は国家資格でありマッサージが出来る数少ない資格の1つになります。しかし、看板やネットで見られる「もみほぐしや足つぼ」などは国家資格がなくてもできてしまうので注意が必要です。
3.鍼灸はなぜ効果がある?
鍼灸はなぜ効果があるのでしょうか? いろいろな作用機序が考えられていますが、基本的には、針や灸が体の表面に分布する感覚神経を介して、脊髄さらには脳に作用すると思っていいでしょう。
3-1.モルヒネ様物質による鎮痛と鎮静効果
鍼灸によって、感覚神経を刺激すると、脊髄や脳といった中枢神経において、モルヒネ様物質が分泌されます。これらは、「内因性オピオイド」と呼ばれ、脊髄レベルで痛みを伝える神経の興奮をブロックします。同時に、鎮静作用により、精神の緊張状態をやわらげ、ストレスを 緩和します。
3-2.脊髄レベルでの鎮痛効果
鍼灸は、太い感覚神経を刺激することで、脊髄の痛みを反射性にブロックします。これは、子供が怪我をしたときにお母さんが「痛いの痛いの飛んでいけ」といって、さすってくれると、痛みが和らぐことの科学的根拠となります。痛みを伝える刺激は脊髄を通って脳に伝わるのですが、「さする」という刺激、つまり鍼灸の刺激が痛みが伝わりにくくするブレーキとなるのです。
3-3.自律神経の調整
鍼灸は、鎮痛や鎮静だけでなく、中枢神経や脊髄を介して、自律神経が支配する胃、腸、膀胱などの内臓や血圧を調整します。特に日々交感神経優位な生活をしていると腸の動きも抑制されています。鍼灸により自律神経のバランスが調整されると、副交感神経の働きにより胃腸の働きも活発になるのです。
4.どんな疾患に効果?
鍼灸をマッサージと同じように局所的な痛みを取るものと勘違いされている方もいらっしゃいます。しかし、鍼灸の効果は、局所的よりは、全身的な効果を発揮します。
4-1.鍼灸適応症神経系疾患
神経痛・神経麻痺・痙攣・脳卒中後遺症・自律神経失調症・頭痛・めまい・不眠・神経症と表示されています。実際、うつや不眠の患者さんにも有効です。当院の外来でもうつ症状や不眠を訴えられている患者さんは、自律神経のバランスが崩れているよう感じます。特に、交感神経の過剰興奮を感じます。西洋医学では、薬を処方するしかないのですが、それこそ、鍼灸で交感神経を抑制すると良いと感じることもあります。
4-2.脳神経内科領域での可能性
私の専門である脳神経内科の疾患の中にも、鍼灸が有効ではないかと考えられているものがあります。いわゆる神経変性疾患です。具体的には、認知症、パーキンソン病、脊髄小脳変性症などです。いずれも現在の医学では原因がはっきりしません。
実は、世の中の多くの疾患は自律神経のバランス異常で証明できるといわれています。精神的緊張や不安が慢性化して交感神経が過剰興奮すれば、生理的反応として脈拍上昇・血管収縮・血圧上昇が現われます。その結果、血管を収縮させ、血液の粘張度を亢進させ虚血性の循環器疾患を引き起こすのです。さらにこれらの反応が、神経細胞の変性を引き起こす可能性も疑われているのです。
4-3.症状がなくても、定期的に身体の調整
私は、とくに局所的な痛みも全身疾患もありません。しかし、あくまで体の調整として、具体的にいえば交感神経と副交感神経のバランスをとることで自律神経を正常に調整する目的で定期受診しています。1週間のハードワークの後、鍼灸の治療を受けていると、ぐっすりと深く眠っています。そうすると治療の後半では副交感神経が優位となって、腸が動き始めるのがわかります。まさに1週間の疲れをしっかりととって翌週の仕事につなげるのです。症状がなくても、鍼灸を定期的に受けていることで、病気にもならないのだと思っています。
ちなみに、私は自宅でも灸をおこなっています。せんねん灸の以下のタイプは、煙と匂いが発生しないので部屋の中でも重宝します。出張時のホテルでも使えます。
5.マッサージより鍼灸をお勧めする理由
マッサージと鍼灸。似ているようで異なります。マッサージは、どちらかというと現在の不快な症状を取り除く、いわゆる治療です。一方で、鍼灸も当初は鎮痛や鎮静といった治療ですが、治療後は全身の調整といった予防効果があると思っています。。
現代の流れは、西洋医学や東洋医学を問わずに、治療よりも予防です。症状のあるなしに関わらず、鍼灸で予防をすることも健康長寿につながる一つの方法でしょう。
6.お勧め鍼灸院
鍼灸を受けてみたいと思ったら、以下に注意して鍼灸院を探しましょう
6-1.鍼灸単独
鍼灸単独のサービスを提供している治療院を探しましょう。こういった診療所は、派手な広告や看板は出ていないものです。口コミや知り合いからの紹介で探してみましょう。私の行っている鍼灸院も他人に紹介すると必ず継続したリピーターになられます。
6-2.マッサージと両方の標ぼうはお勧めでない
世の中には、鍼灸・マッサージと両方を標榜している店舗も見られます。こういった店の多くは、メインはマッサージです。つまり治療に主眼が置かれていますので、お勧めでないことが多いようです。
6-3.脈診をとること
東洋医学の先生の良し悪しは脈診をしっかり取るか否かで判断できます。脈診の結果で、経絡に沿って針治療を行います。そのため、人によって、治療する経絡は異なりますし、同じ患者さんでも、体調の変化で経絡が変わります。私自身もこの14年間で3回ほど経絡が変わりました。
*脈診:患者さんの脈に触れて拍動の強さや早さ、硬さや太さ、浮き沈みなどを把握することで、疾病の状態を診察する方法。
7.まとめ
- 鍼灸治療は、世界保健機構でも効果が認められています。
- 鍼灸は、鎮痛効果、鎮静効果、自律神経の調整効果が認められています。
- 治療効果だけでなく予防効果が大きい鍼灸の定期的なメンテナンスがお勧めです。