高次脳機能障害・経済的対応法をFP資格を持つ脳神経内科医が解説

高次脳機能障害・経済的対応法をFP資格を持つ脳神経内科医が解説

高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)という症状をご存知でしょうか? この症状は、年齢にかかわらず誰でもなる可能性があります。脳血管障害や交通事故で、脳に損傷を受けた際に生じるのです。高次脳機能障害の第一の特徴は、見た目は正常に見えることです。しかし、記憶力が低下したり、物の認識力が低下したり、人格が変わってしまうことで、従来の仕事はできなくなるのです。

高次脳機能障害は、「見えにくい障害」といわれ、検査などで他覚的に診断することもできないため、医師の中には高次脳障害を理解していない方もいます。ときに医師から「仮病?」と疑われることもあり、患者さんは心にまで傷を負うのです。

そんな高次脳機能障害の患者さんが直面する大きな問題が、経済的問題です。仕事ができなければ生活ができません。でも、周囲からは正常にみられる。その苦悩は計り知れません。

今回の記事では、ファイナンシャルプランナー資格を持つ脳神経内科専門医の長谷川嘉哉が、高次脳機能障害の患者さんの経済的問題をカバーする情報をお伝えします。

1.高次脳機能障害とは?

私は、以前に県の窓口の担当者に対して、高次脳機能障害についての講演をしたことがあります。高次脳機能障害で困って相談に来たご家族に対応する窓口の担当者も「高次脳機能障害はよくわからない」ということなのです。もちろん、医師の中でも高次脳機能障害に関わる診療科は、脳神経外科と脳神経内科と限定されます。したがって多くの医師は、殆ど理解できていない症状なのです。

高次脳機能障害とは、ケガや病気により、脳に損傷を負うことで、以下のような症状が出現し、日常生活または社会生活に制約がある状態をいいます。

1-1.記憶障害

年齢にかかわらず記憶障害がおこります。物の置き場所を忘れる、新しいできごとを覚えられない。同じことを繰り返し質問したりします。優等生であった学生が、交通事故で頭を打ってから記憶障害で苦しむこともあるのです。

1-2.注意障害

ぼんやりしていて、ミスが多くなったり、ふたつのことを同時に行うと混乱したりします。今までできていた作業を長く続けられくなります。周囲から見ると、やる気がなくさぼっていると誤解されることもあるのです。

1-3.遂行機能障害

自分で計画を立ててものごとを実行することができず、人に指示してもらわないと何もできなくなります。何をやっても時間がかかるようになるため、約束の時間に間に合いません。正直、こんな人が職場にいると迷惑です。

1-4.社会的行動障害

温厚であった方が、些細なことことで 興奮したり、暴力を振るったり、思い通りにならないと、大声を出したりします。周囲からは、自己中心的になった様に見えるのです。

Two senior couples having party
周囲からは何も問題がないように見えてしまうことが多いです

2.高次脳機能障害の原因・診断

高次脳機能障害は誰もがなりうる疾患です。

2-1.原因疾患

高次脳機能障害になるのは、脳血管障害や頭部外傷、脳炎、低酸素脳症など、「脳組織にダメージを与える」病気や事故などが原因で、後遺症として麻痺や言語障害などと一緒に、または単独で起こります。

2-2.診断

脳血管障害や頭部外傷の大部分の場合には脳のCTやMRIなどの画像診断で損傷を受けた部位を確認することができます。しかし、脳炎や二酸化炭素中毒などによる低酸素脳症、頭部外傷後遺症の一部では、画像診断でははっきりとした所見を指摘する事が難しい事があります。つまり、まさに「見えにくい障害」といわれるゆえんです。

したがって「病歴」と「画像診断」と「神経心理学的検査」などを組み合わせて、総合的に評価して診断を行います。

3.高次脳障害で何か困るか?

高次脳機能障害は、通常の障害に比べ以下の点で困ります。

3-1.一見正常だが働けない

麻痺などの運動障害を伴うこともありますが、運動機能が全く正常な方もたくさんいます。この場合、はたから見ると正常に見えます。しかし、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害で今までできていた仕事ができないのです。これにより、なかなか周囲から理解を得ることが難しいものになっています。

3-2.生命保険の高度障害は大部分が適応外

生命保険では、非常に高度な障害が残ってしまった場合、被保険者の方が亡くなっていなくても、死亡保険金と同等の高度障害保険金を受け取ることが可能となっています。約款の中の基準では、「中枢神経系または精神に著しい障害を残し、終身常に介護を要するもの」か否かがポイントです。しかし、私の経験では、殆どのケースはこの基準を満たしません。

ちなみに、以下のケースでア=0点、イ=1点、ウ=2点、エ=3点、オ=4点で合計7点以上で該当します。私は、一例だけ高次脳機能障害で高度障害の認定を受けることができたケースを経験しています。それは排便・排尿管理が全くできず、歩行が不安定で、食事の介助も必要で、監視介助が必要な患者さんでした。一度、以下の表を試してみてください。

A.食物の摂取 B.排便・排尿 C.衣服着脱・起居・歩行・入浴 D.精神状態(知能を含む)
ア.箸を使用して可能 ア.通常便器で、自力で可能 ア.通常の身のまわりの動作可能 ア.通常の精神(知能)状態
イ.食器・食物を選定すれば、自力で可能 イ.特別の器具を使用すれば自力で可能 イ.ベッド上の起居・周辺歩行・衣服着脱・入浴かろうじて可能 イ.障害が軽度で監視介助は不要
ウ.自力では困難 ウ.特別の器具により、自力で排せつできるが、あとしまつは自力で不能 ウ.ベッド上の起居・周辺歩行のみかろうじて可能 ウ.障害が中等度で大部屋での監視介助が必要
エ.介助がなければ全く不可能 エ.おしめ、特別の器具を使用しており、自力では不能 エ.ねがえり・ベッド上の小移動のみ自力で可能 エ.障害が高度で常に監視介助または個室隔離が必要
オ.全くのねたきり状態 オ.意識全くなし(昏睡状態)

3-3.住宅ローンが残る

住宅ローンが免除になる基準は、高度障害と同じです。つまり、高次脳機能障害の患者さんの多くは高度障害の適応外になるので、働けなくても住宅ローンは残ってしまうのです。

4.対応法1・障害者手帳発行の可能性がある

障害のために日常生活に支障が生じ、何らかの支援を必要とする状態にある方に対して発行されるものです。手帳の等級により医療費の自己負担が軽減されたり、所得税・住民税・自動車税などが軽減されることもあります。

障害者手帳は3種類あり、申請の窓口はいずれも市町村役場になります。


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4-1.身体障害者手帳

高次脳機能障害では失語症や手足の麻痺などの障害を併発しているケースがあります。この場合、失語症や手足の障害については、別途診断書を提出します。高次脳機能障害とは分けて審査され、それぞれの障害について等級が認定された上で併合認定されることになります。併合認定とは、複数の障害をまとめて1つの障害として認定するものです。例えば、2級に認定された障害が2つある場合、2級+2級=1級という形で2つの障害をあわせて上位の等級に認定される可能性もあります。

4-2.療育手帳

おおむね18歳以下で知的に障害が発生した方で児童相談所・障害者相談センターにおいて知的障害と判定された方に交付されます。

4-3.精神保健福祉手帳

運動機能に障害を持たない高次脳機能障害の方はこの手帳がメインになります。一定の精神障害の状態に該当する方を対象として、本人からの申請により交付されます。ただし初めて病院を受診した日(初診日といいます)から6ヶ月以上経過していること。また療育手帳の対象になる知的障害者は除かれます。

精神障害というと抵抗があるかもしれませんが、高次脳機能障害の場合は、精神障害のうちの器質的精神障害が該当します。ちなみに、器質的精神障害は、「脳そのものの器質的病変により、または脳以外の身体疾患のために、脳が二次的に障害を受けて何らかの精神障害を起こすこと」になります。認知症もこの範疇に入ります。

5.対応法2・障害年金が受給できるかもしれない

障害年金は原則、病気やケガのために初診日から1年6ヶ月後から受給することができます。

5-1、支給要件

障害年金を受給するためには、以下の2つの条件を満たしている必要があります。

  • 初診日の前日時点で、初診日のある月の前々月までの公的年金の加入期間の2/3以上の期間について、保険料が納付または免除されていること。若しくは、初診日において65歳未満であり、初診日のある月の前々月までの1年間に保険料の未納がないこと。【保険料の納付要件】
  • 障害の程度が日本年金機構の定める基準に該当していること【障害の程度の要件】

保険料の納付要件を満たしていなければ、どんなに症状が重くても障害年金を受給することはできません。納付要件を満たしていることがわかれば、次に重要なのは障害の程度の要件です。初診日に国民年金に加入していた方は1級又は2級、厚生年金に加入していた方は1~3級のいずれかに認定される必要があります。

5-2.認定基準

障害年金では、傷病によって「このくらいの障害の程度であれば〇級相当」と基準が決まっています。これを障害年金の認定基準と言います。認定基準によると、高次脳機能障害で各等級に相当する障害の状態は以下のように定められています。

等級 障害の状態
1級 高度の認知障害、高度の人格変化、その他の高度の精神神経症状が著明なため、 常時の援助が必要なもの
2級 認知障害、人格変化、その他の精神神経症状が著明なため、日常生活が著しい制限を受けるもの
3級 1.     認知障害、人格変化は著しくないが、その他の精神神経症状があり、労働 が制限を受けるもの

2.     認知障害のため、労働が著しい制限を受けるもの

(※ただし、障害基礎年金の場合は3級の時は障害年金が支給されません)

おおまかにいえば、常に誰かの援助がなければ日常生活がおくれない場合が1級、日常生活に支障が出ている場合が2級、仕事に支障が出ている場合が3級です。

5-3.障害年金は専門のプロに依頼することも

私は、障害年金の書類を書く時は最も緊張します。ある意味一発勝負で、もらえれば一生支給を受けることができます。私自身は、書類のどこにどの程度〇をつければ何級がつくかを知っていますが、それでも実際に認定をもらうまでは緊張します。

しかし、大部分の医師はそんなことは知りません。さらに高次脳機能障害についても理解されていません。ですから、何もしなければ障害年金が認定されない可能性が高くなります。

そこでお勧めなのは、社会保険労務士さんが障害年金受給のための書類のアドバイスをしてくれるサイトです。実際、私も自分が書いた診断書に指摘を受けましたが、理にかなった適切な指摘でした。高次脳機能障害の障害年金申請の場合は利用されることをお勧めします。「障害年金 サポート」で検索してみてください。

6.障害者手帳があれば障害者雇用での就職・転職活動ができる

障害者雇用促進法に基づき、50人以上の従業員数を雇っている一般事業主は、従業員数の2.0%以上、障害者の労働者を雇用しなければなりません。この雇用率を達成していなければ、事業主は国から一定のお金(障害者雇用納付金)を徴収されますし、雇用率を達成し、かつそれ以上の雇用数であれば国からお金(障害者雇用調整金)が支給されます。

こうした法律もあって、企業は障害者雇用を進めています。実は、この雇用率に算定されるのは、障害者手帳を持っている人のみ。ですから、障害者手帳を持っていると、就職を目指すとき、一般採用だけでなく、障害者雇用での募集にも応募できますから、選択肢が広がります。

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再就職の可能性があります

7.提言:最初から高次脳機能障害を見据えた人生設計を

交通事故でも高次脳機能障害は起こりますから、絶対に避けて通れません。そこで、万が一のことも踏まえた人生設計が大事です。

7-1.無理な住宅ローンは組まない

私が高次脳機能障害で相談を受けたケースで、そもそもの住宅ローンに無理があるケースが何件もありました。年収に比べ、年間の返済額が多いのです。年収に関わらず、年間の返済額が200万円を超えると、万が一の際の対応が難しくなります。

Dentist
歯科医の方で高次脳機能障害になり、仕事ができなくなった方もいます

7-2.万が一の時のために家族関係は良好にしておく

本当に万が一の際には、親や兄弟の力を借りることも大事です。そのためには、家族関係は良好であることに心がけてください。

7-3.脳ドックを受けておこう

高次脳機能障害の大きな原因の一つに、くも膜下出血があります。これは、脳ドックで早期発見が可能です。以下の記事も参考にしてみてください。

8.まとめ

  • 誰でもなりえる高次脳機能障害は、見た目は正常でも働けずに経済的問題に直面します。
  • 高次脳機能障害は「見えにくい障害」であるため、世間の理解が得られないことが多いのです。
  • 高次脳機能障害では、社会資本を使うことで経済的問題を解決する必要があります。
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