私が社会福祉士の専門学校で認知症の授業を行っている時に、学生に観てもらっていた映画が『恍惚の人』(豊田四郎監督・昭和48年・東宝)です。
原作である有吉佐和子さんの小説「恍惚の人」が、昭和47年6月に出版されると大きな社会的反響をよび140万部を売り上げるベストセラーとなったそうです。
その当時の日本の平均寿命は男性が69歳、女性が74歳。65歳以上の高齢者は当時は7% (平成28年度で26.7%)にすぎませんでした。そんな時代に、超高齢化時代の流れを先取りした作品を書かれた先進性には驚かされます。
小説の題名である「恍惚の人」は、認知症老人を意味しています。認知症を題材とした小説や映画は他にも数多くあるのですが、専門医としては疑問を感じるものも結構あります。しかし、「恍惚の人」は、とてもよく取材、勉強されていて、認知症を学ぶ方にとって非常に参考になります。
この記事では、認知症専門医の長谷川嘉哉が、自らの経験と視点に基づき、独自の見解を交えつつ解説させていただきます。
この名画をこれから見たいと思っている方はもちろん、既に見られた方でも医師の見解を知りたい方は参考になさってください。
目次
1.あらすじ:専門医が見てもリアルな認知症介護の実態
小説「恍惚の人」は84歳の舅・茂造が認知症になり、それを介護する息子の嫁・昭子の苦労話です。
会社員である昭子の夫・立花信利は東京の郊外に住み、離れに信利の父・茂造夫婦が住んでいた。それまで一家の大黒柱だった舅・茂造が定年になり、定年後に勤めた保険集金をやめたころから舅の様子がおかしくなってきた。
茂造の認知症が明らかになったのは老妻の死がきっかけであった。茂造は老妻の死を理解できず、数日後にはボケが進行して徘徊するようになる。茂造は突然家をでてしまい、家族が探し回るようになった。
人間のストレスの中で、最大のものは『配偶者の死』です。そのため、私の認知症専門外来でも配偶者の死をきっかけに認知症を発症される方は多くいらっしゃいます。ただし、配偶者の死後突然、正常な状態から徘徊が出現することはあり得ません。きっと配偶者が生きているうちから認知症の症状があったのでしょうが、子供たちは気が付いていなかったのでしょう。
舅のボケは平穏な家庭を突然おそった悲劇だった。茂造は何もかもを忘れ幼児化していった。雪の日にコートを着ないまま外出したり、食べ物を際限なく食べたり、空腹を訴えながら突然徘徊したり、それは想像もつかない奇行の連続であった。
嫁いびりをするほど元気だった茂造は、自分の息子や娘の顔を忘れ、息子の信利を暴漢呼ばわりした。それでいながらいじめ抜いていた昭子と孫のことは覚えていた。茂造は子どものような無邪気な笑顔を見せながら便をそこら中に塗りつけるようになった。昭子は懸命に介護を行うが、夫の信利は何の役にも立たなかった。
外来をやっていて感じることは、本当に男性は介護において役に立たないということです。理屈ばかりで、何もできないのです。
昭子はそれまで勤めていた仕事を休み、茂造の介護を一身に引き受けた。しかし何も手伝わない夫や親類があれこれと口を出し、昭子の悩みは深まっていった。福祉事務所に相談しても何の役にも立たなかった。
虚栄だけの夫、口先だけの親戚、預ける福祉施設もない馬鹿げた社会、精神病院に入れるしかないという福祉事務所、その結果、昭子ひとりで茂造の面倒を見なければならなかった。
今の時代でさえ、「介護に手を出さない口だけの人たち」が介護者をより苦しめます。そのうえ、当時は介護保険制度がありませんでした。このような介護負担を何とかするために2000年4月に介護保険制度ができたのです。現在の介護保険制度にも多くの問題があります。しかし、このお話しの中の役に立たない福祉事務所の態度を見ていると、介護保険制度のありがたさを感じます。
2.茂造の状態が参考に・「認知症の症状」の実際とは
この小説の中で、認知症専門医として優れていると思うことは、認知症の症状がとてもきめ細かく描かれていることです。
2−1.医師が断言できる「茂造の病名」
認知症の診断は年齢と運動機能を診るだけでおおよそ見当がつきます。小説の中の茂造は84歳の高齢にしては、徘徊ができるほどに運動機能が維持されています。したがって、アルツハイマー型認知症の典型と診断ができます。
しかし、ほかの映画を観ていると診断が間違っていることもあります。例えば、『毎日がアルツハイマー』という映画がありました。登場する患者さんは70歳未満で歩行も不安定です。映画の中で、映った頭部MRIの所見でも梗塞巣が認められます。したがって、正しい診断は血管性認知症です。題名自体が間違っているので、複雑な思いで映画を観ていました。
2−2.かなり進行している「中核症状」
中核症状はアルツハイマー型認知症の場合、比較的初期の段階から発生するものです。「恍惚の人」の場合、小説、映画とも詳細に描かれています。
まず、茂造が幼児化する姿が描かれています。これは失見当識(しっけんとうしき)といって患者さんにとっての時間軸がずれることを言います。本人の実年齢が84歳でも、自身では50歳ぐらいに感じている方がいます。そうすると、奥様に向かって『こんな婆さん知らん』といった発言をします。小説の中では、幼児化していますので、自身ではもっと幼少の時代に戻っているのでしょう
記憶障害については、食事をしたことを忘れてしまっています。『食事をしたことを忘れる』は認知症としては、かなり進行したケースでみられます。茂造はアルツハイマー型認知症のかなり進行したものと考えられます。
2−3.様々な「周辺症状」が家族の負担に
中核症状が進行すると周辺症状が出現します。茂造には本当に多彩な周辺症状が出現しています。
- 徘徊・・運動機能が正常のため、もの凄い勢いで歩くため、ついて歩くことさえ大変です。
- 異食・・映画の中では、骨壺の中の奥様の遺骨を食べようとしていました。衝撃的です。
- 幻覚・・真夜中に幻覚をみて大騒動をしています。
- 妄想・・自分の息子を暴漢と間違えています
- 易怒性・・時に、急に怒り出して手が付けられなくなります。
- 弄便・・便を手でこねまわし、畳に塗りだくってしまいます。認知症介護に畳はとても不便です。
学生の講義では、長男のお嫁さん一人の乏しい介護力。そして、対応が困難な周辺症状。特に、弄便は介護者を一気に疲弊させます。従って、乏しい介護力と周辺症状の状態から、「このような状態になった場合は、これ以上の在宅介護は危険。医療従事者としては、ドクターストップをかけてください」と教えていました。このままでは、いずれ長男のお嫁さんが倒れてしまいます。
認知症の症状については、別記事にて詳細に解説していますので、お知りになりたい方はそちらも参考になさってください。
3.「恍惚の人」と現代では異なる認知症の最後
昭子は「生かせるだけ生かしてやろう」と必死に茂造の世話をするが、茂造はしだいに衰弱してゆき、排泄の始末もできなくなり寝たきりとなった。そして間もなく茂造は安らかに死んでいった。茂造が死ぬまでの日々は、昭子の毎日は心身をすり減らすような戦いの連続であった。
実は、今の時代はこのように自然な死を迎えるには障害があります。1979 年米国で小児患者用に開発された胃瘻(いろう)です。胃瘻とは、胃ろうは人工的に皮膚と胃の間にろう孔を造設しチューブを通す処置のことです。
口から食事がとれなくても、胃瘻から栄養を補給することができます。つまり小説の書かれた昭和47年(1972年)には、胃瘻がなかったため、衰弱すれば自然に亡くなることができたのです。今の時代では、家族が強く拒否をしない限り、衰弱すれば胃瘻が増設されます。結果、さらに長い介護が必要となるのです。
4.専門医の実体験「認知症の爺ちゃんがボクに白衣を着せた」
実は恍惚の人が書かれた頃、私は認知症患者の家族でした。元銀行員の祖父は、配偶者の死をきっかけに認知症の症状が出現しました。まさに小説の茂造と同じきっかけでしたが、年齢が60歳代で歩行障害があった点を考えれば血管性認知症であったようです。
祖父と、両親と姉と自分。今から思うと、父親も働き盛りで仕事が忙しかったのでしょう。専業主婦の母親が介護を一手に引き受けていました。時々、子供である叔父や叔母が尋ねると、元気が良くなり、まさに『まだら痴呆』でした。
母親は、小説の昭子と同様に、精神的にも肉体的にも大変であったと思います。そんな祖父も、最後は子供の顔は忘れても長男の嫁である私の母親の顔は忘れませんでした。とても穏やかに亡くなり、私が中3の時に認知症介護は終わりました。
私は、認知症の家族であった5〜6年は、祖父を好きにはなれませんでした。しかし、そんな経験をもとに医師の道を志し、認知症専門医の道を選択しました。今では、認知症の講演をしたり、本を書いたりとても充実した生活を送っています。
最近では、迷うことなく人生を歩んでこれたのは、祖父のお陰だと思っています。時々、外来で認知症のご家族から、『認知症のお爺さんの存在が、一緒に住む孫に悪い影響を与えないでしょうか?』と質問されることがあります。
そんな時は、自信をもって『超高齢化時代の今、認知症のお爺さんと一緒に暮らした経験は財産です。必ず人生で役に立ちます』とお話ししています。何しろ、認知症の爺ちゃんが僕に白衣を着せてくれたことになるのですから・・
5.作者は認知症と歯とのかかわりを既に指摘していた
この小説の中では、認知症になった茂造とその息子が歯について苦労するシーンが詳細に描かれています。歯周病と認知症の関係など、最近のトピックスともいえます。ここまで有吉佐和子さんは予想していたのかと考えると、敬意を表してしまいます。小説から紹介します。
「先生、歯というのは遺伝ですか」「遺伝もありますが、どうしてですか」「親爺が歯では苦労してたのを思い出したんですよ。総入歯になったのも早かったようでした」
物心づいてから信利の知る限り彼の父親は、相手が妻であれ子であれ、胃腸の不調と歯の具合悪さを訴えなかったことはなかった。
茂造は気難しくて、歯医者だけでも何軒変えたか分からない。そのたびに喧嘩をし、総入歯を何度となく作り直し、それが具合が悪いとすぐまた歯医者を変え、揚句の果ては遂に材料と道具類を買いこんできて自分で入歯を作り出した。何度も何度も作ってもらっているうちに、やり方は見覚えてしまったのだろう。
私も認知症予防にお口のケアは大事だと感じています。将来、認知症になりたくない方は、若いうちから口腔衛生に気を使うことをおすすめします。
6.まとめ
- 小説および映画『恍惚の人』では、重度に進行したアルツハイマー型認知症患者さんが描かれています。
- 家族だけでの介護力は乏しく、患者の周辺症状も進行しているため、自宅での介護は不可能なレベルです。
- 小説の書かれた時代は、胃瘻が開発される以前であったため、とても穏やかな最期でした。しかし、現代では胃瘻によりさらに介護期間は長くなります。