「お父さんは強い痛みを我慢していますね、少しずつ緩和ケアを行っていった方がいいですね」
医師からこう告げられると、モルヒネを使用するのかと思います。
モルヒネのイメージといえば、意識混濁、一日中寝たきりで、廃人に。そのまま数日で亡くなってしまうのではないか、と考える方がいます。ここに大きな誤解があります。
現在、死亡原因の第一位が「癌」です。この癌と聞くと、痛みに対する不安や、薬の副作用をたいへん気にされる方が多くいらっしゃいます。
しかし、在宅医療に関わっている医師に「将来どんな病気で死にたいか?」と質問すると、多くの医師は「癌」を選ぶものです。なぜなら癌は痛みのコントロールも良好で、このことにより最後の数日まで自立した生活を過ごせることを知っているからです。
ここに一般の方の認識と医師のそれとの間に、大きな隔たりがあることがわかります。
今回の記事では、5万件の訪問診療、500件以上の在宅看取りを経験した筆者が、緩和医療及び医療用麻薬使用における正しい知識をお伝えします。
目次
1.緩和医療(ケア)とは
緩和医療は、治癒が望めずに病気の完治を目的としなくなった患者さんに対して行われる、積極的かつ全体的な医療です。緩和医療を行うことで出来る限り苦痛を軽減し、人生の最後まで高いQOL(=quality of life・生活の質)を維持してもらうことで、穏やかに死を迎える事が可能になります。
実際の患者さんでは、全身移転をしていて原発巣(最初に癌が発生した場所)すらわからない方もいらっしゃいます。このような方は、何もしないでおくと猛烈な痛みに苦しみます。適切な緩和医療を行うことで、痛みをとり除くことができ、精神的な平穏が保たれたまま最期を迎えることが可能になるのです。
また、その過程で痛みの程度も異なります。少々の痛みは我慢される方が多いのも事実です。これは「あまり薬に頼りたくない」という気持ちであることもわかります。そこでまずは落ち着いて眠ることができることを目標にします。
【がん疼痛治療の目標】(がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン(日本緩和医療学会・2010年版)より)
第一目標 | 痛みに妨げられない夜間の睡眠 |
第二目標 | 安静時の痛みの消失 |
第三目標 | 体動時の痛みの消失 |
2.痛み緩和のために使われる薬の種類
癌の終末期になると、3分の2以上で痛みが主症状になると言われています。そのため、生活の質を維持するためには、十分な痛みのコントロールが必要です。末期がんといえばモルヒネと思われていますが、最近はモルヒネの使用は減っています。
WHO方式がん疼痛治療法が世界標準として行われています。非オピオイド鎮痛薬(ボルタレン、ロキソニンなどの日常使われる痛み止め)から開始し、痛みの程度が高まり、それだけでは効果が出にくくなってくると、オピオイド鎮痛薬(医療用麻薬)を加えて調節していきます。多くの痛みはこれで和らげられることが可能です。
モルヒネやその仲間は「オピオイド」と言われる化合物ですが、脳や脊髄などに分布しているオピオイドを受け止める場所にくっつくことで、痛みが伝わるのを妨げるほか、痛みを和らげる神経も活性化させます。それにより痛みが軽くなるのです。オピオイド(麻薬)は正しく使えば安全で、苦痛を最小限にしうる薬です。
以下は、よく使用されるオピオイド(麻薬)です。
・モルヒネ(即効性の経口薬・座薬、注射)強オピオイド鎮痛薬
・オキシコンチン(オキシコドン)強オピオイド鎮痛薬
(モルヒネの経口薬に代わって急速に広まった副作用の少ない持続性の薬です)
・デュロテップパッチ(フェンタニル)強オピオイド鎮痛薬
(湿布のように貼って経皮的に吸収されるため、薬の飲めない方の鎮痛に非常に有効です)
経口薬では、消化器症状(悪心等)が伴うこともあるので最近では張るタイプのオピオイド(麻薬)をベースにすることが増えてきました。
以下はWHO方式で使用される鎮痛薬リストです。一部日本では入手できないものも含まれます。(WHO編 がんの痛みからの解放,第2版,金原出版,1996より)
薬剤群 | 代表薬 | 代替薬 |
非オピオイド鎮痛薬 | アスピリン アセトアミノフェン イブプロフェン インドメタシン |
コリン・マグネシウム・トリサルレチレート ジフルニサル ナプロキセン ジクロフェナク フルルビプロフェン |
弱オピオイド(軽度から中程度の強さの痛みに用いる) | コデイン | デキストロプロポキシフェン ジヒドロコデイン アヘン末 トラマドール |
強オピオイド(中等度から高度の強さに用いる) | モルヒネ | メサドン ヒドロモルフォン オキシコドン レボルファノール ペチジン ブプレノルフィン フェンタニル |
3.医療用麻薬の副作用は怖い?
医療用麻薬の副作用はそれほど心配する必要はありません。
ほとんど出ない吐き気についても対策できますし、投与初期に出る眠気は数日で慣れます。
全投与期間において気を使わねばならない便秘などが、目立つ副作用ですが、医師の処方による範囲で末期がんの方が使う範囲においては頭がおかしくなったり命を縮めたり、廃人になったりするようなことはないでしょう。
4.医療用鎮痛剤を使う3つのメリット
副作用を心配するよりも、医療用鎮痛剤を使うメリットのほうが大きいのです。
4−1.痛みから解放される
痛みから解放されると、患者さん本人の負担が減ります。まずは夜、熟睡できるようになるのが大きいです。これが得られないと精神的にも病んでしまうのです。日中の活動も妨げられないようにすることができます。
4−2.家族の負担も減る
それ以上に周囲の家族の精神的負担も軽減します。痛み苦しむ患者さんを看ることはご家族の負担も重いのです。声がけしようとしても何と声がけすればいいかわからない。それでも声をかけると無視されるか不機嫌になる。「放っておいてくれ」と言われるのです。鎮痛剤を積極的に使用することで、家族のコミュニケーションも円滑になります。
4−3.倦怠感からも解放される
医療用麻薬は「痛い時のみ使用する」と誤解されていますが、それは誤りです。
癌の患者さんは、倦怠感のために身の置き所が無く、床に臥せていることがあります。その時に、「どこが痛いですか?」と伺うと、「どこも痛くありません」と答えられます。これははっきりとした痛みではなく倦怠感が強いからなのです。
この場合も、積極的に医療用麻薬を使用します。そうすると倦怠感から解放され、家族・友人との会話を楽しめるようになるのです。
5.緩和医療の実例
当院で経験した症例をご紹介します。
5−1.泌尿器科で苦痛を訴えるも緩和ケアをされていなかったケース
基幹病院の泌尿科に受診していた患者さんです。前立腺癌の骨転移で、痛みを訴えても弱い鎮痛剤が処方されるだけでした。
困り果てたご家族が、当院の訪問診療を依頼。そこでデュロテップパッチをベースにし、オキシコンチンを痛みが強い時に使用することにしました。この結果、痛みはほぼコントロールできました。結果、最期まで痛みを訴えることもなく自宅で穏やかに看取ることができました。
5−2.あえて意識レベルを下げることもある、というケース
初診の段階で、どこが原発が分からないほど全身に転移した患者さんがいらっしゃいました。
最後は自宅で亡くなりたいという希望で当院に転院。その時点で、全身の痛みと呼吸障害を認めました。
そこでデュロテップパッチを2.1㎎から開始し、痛みが強い際にオキシコンチンを使用。オキシコンチンの使用頻度が増えるため、デュロテップパッチも8.4㎎まで増量。若干、ウトウトされることが増えましたが、痛みのコントロールは可能となりました。
一日中完全に寝ているわけでなく、少しウトウトされる程度が多くなる程度までに意識レベルを下げることで痛みのコントロールが可能になり、最期は自宅で看取ることができました。
6.注意すべき病院、医師とは
これだけ普及してきた緩和医療ですが、全く勉強していない医師がいることも事実です。
特に注意が必要なのは、内科や外科といったメジャーな科でなく、マイナーな科、具体的には言いにくいのですが担当医師が一人しかいないような科は注意が必要です。
メジャーな科であれば、数人の医師が診療に従事しているため、一人だけの判断で、緩和医療を導入しないことはあり得ません。しかし、一人しかいない科であれば、その医師が緩和医療に無関心であれば、誰もそれを咎める人はいません。
結果、今でも『麻薬は廃人になる』『がんの痛みはやむを得ない』などど時代遅れな説明をする医師が存在するのです。皆さんもかかる病院の医療体制をチェックしておきましょう。場合によってはセカンドオピニオンや転院を検討なさってください。
7.末期医療が進んだ「がん対策基本法」成立の経緯
2007年度に策定した国のがん対策の指針「がん対策推進基本計画」に基づき、厚労省は08年から緩和医療研修会を開催するなど、緩和医療の充実を図っています。
「がん対策基本法」は民主党の故・山本孝史氏が自らのがんを告白して成立を訴えた法律に基づくものです。講習会の趣旨は、専門に関係なく、すべての医師に癌における緩和医療を知ってもらうことです。私も参加しましたが、医療用麻薬による疼痛コントロールにかなりの時間が割かれていました。
先日報告された厚労省研究班の調査では、癌患者の苦痛や不安を和らげる緩和医療についての医師の知識を08年と15年で比べると、1割以上増していたことがでわかったそうです。まさに、山本議員が命を懸けて、緩和医療を普及させた結果といえます。
8.まとめ
- 癌の痛みのコントロールは適切な医療用麻薬の使用でコントロール可能です。
- 医療用麻薬の副作用はいずれも対応可能なもので、心配は要りません。
- 時に、緩和医療に不勉強な医師が存在します。十分な疼痛コントロールがされない場合は、医師を変えることも必要です。