当院では平成30年2月から歯科衛生士さんに働いてもらっています。これは『歯周病菌の毒素がアルツハイマー型認知症の症状を悪化させるので、その改善を行う』という理由からです。もちろん、当院には歯科医はいませんから、あくまでサービスとして口腔内のチェックをしてもらっています。
口の中は決して綺麗なものではありません。しかし若い歯科衛生士さんたちが嫌な顔をせず、取り組む姿勢には頭が下がります。高齢者の対応は大変だと思いますが、頑張ってくれています。
私はこのような歯科衛生士の皆さんが超高齢社会に飛躍する職業の一つだと思っています。今回は、その理由を高齢者医療専門家の長谷川嘉哉が解説します。実は、私自身も姪に歯科衛生士の専門学校への進路を勧めているほどです。
目次
1.歯科衛生士とは?
皆さん歯科衛生士という職業をご存知でしょうか?歯科衛生士は、専門教育課程を修了し国家試験に合格した国家資格を持つ医療従事者です。
1-1.仕事内容について
歯科衛生士は歯科医師の指導のもと、診療補助や予防処置・保健指導を行い、歯科医療をサポートする仕事です。 患者さんの歯石・歯垢の除去や、正しい歯ブラシの使い方の指導のほか、器具などの準備・管理なども行います。
1-2.歯科衛生士になるためには
歯科衛生士になるには国家資格を取得する必要があります。この試験を受けるためには、国が指定した専門学校や大学・短大で3年以上学ぶ必要があります。専門学校に入学するためには推薦等で試験もないことが多く、その関門は比較的容易です。もちろん入学後は真面目に勉強する必要があります。
年に一度実施される歯科衛生士国家試験は、例年95%前後という非常に高い合格率を維持しています。専門学校の中には、この国家試験対策を重視しているところが多く、毎年「合格率100%」を達成している学校も少なくありません。このような学校では、カリキュラムにも試験対策が組み込まれているため、きちんと授業を受け、レポートを提出していればあまり心配はないようです。
1-3.年収の目安
平成28年の厚生労働省賃金構造基本統計調査によれば、歯科衛生士の平均年収は34歳で約352万円となっています。新卒の初任給も20万円以上が多くなっています。
これをどう思うかですが、医師の立場で見ると、夜勤や休日も働く看護師さんに比べ、労働環境が恵まれている点は相当に魅力を感じます。体力面の不安で看護師さんへの道を悩んでいる方は、歯科衛生士の道も検討されてはいかがでしょうか?
2.なぜ高齢者医療に歯科衛生士の役割が大きいのか
当院では外来診療だけでなく、以前から訪問診療の患者さんにも積極的に歯科衛生士さんに口腔ケアをお願いしています。最初にお願いして驚いたことは、部屋の臭いが改善したことです。我々が、寝たきり患者さん特有の臭いと思っていた多くが、実は「口臭」だったのです。口腔ケアによって、口腔内の環境が改善されることで口臭も改善したのです。その他、多くのメリットを感じています。
2-1.誤嚥性肺炎の予防
高齢で介護が必要な患者さんの口腔内は相当汚れているものです。これらの状況は口腔内だけでなく誤嚥性肺炎の原因になります。歯科衛生士さんによる口腔ケアが肺炎を予防するのです。
2-2.嚥下機能の維持
歯科衛生士さんは口腔ケアだけでなく、嚥下リハビリを行うことができます。これにより呑み込みが悪くなった患者さんの嚥下機能を改善させられるのです。患者さんは歯科衛生士さんによって、生きるうえで最も基本的な活動の「口から食べること」を維持できるのです。
脳血管障害で嚥下機能に問題があり胃ろうを増設した方も、リハビリによって再び口から食事が取れるようになることは珍しくありません。
2-3.歯周病は全身疾患
歯周病というと歯科医の領域と思われがちです。しかし多くの内科疾患の原因であることがわかってきています。もともと口の中には100億の細菌がいます(肛門にいる菌の数より多く、清掃状態が悪い人は1兆を超えるそうです)。口の中の細菌が体内に取り込まれることで内科疾患を引き起こすのです。
例えば、歯肉炎により産生される炎症性サイトカインが、血中に入り込みインスリンの働きを阻害することで結果、糖尿病になるのです。
また、口腔内の細菌が、口の中の毛細血管から全身に回り、血管内で炎症をおこし動脈硬化を引き起こします。その結果、歯周病の人は、脳梗塞・心筋梗塞の確率が3倍高くなるのです。
3.認知症予防は口腔ケアから
歯周病の予防や治療をすることで、アルツハイマー型認知症の発症や進行の抑制につながる可能性が明らかになりました。国立長寿医療研究センター、名古屋市立大学などの研究グループは、アルツハイマー型認知症を発症するマウスに歯周病菌を感染させて、歯周病ではないアルツハイマー型認知症のマウスの脳と比較。5週間後、歯周病のマウスでは記憶をつかさどる海馬でアミロイドβの量が約1.4倍に増え、さらに記憶学習能力を調べる実験でも、歯周病のマウスでは認知機能が低下していたということです。
別記事でも認知症予防にお口のケアが大事なことについて解説していますので、参考になさってください。
4.変わっていく待遇・活躍の場が多くなる
歯科の開業医は全国で7万件程度と言われています。そのため都会であろうが、田舎であろうが歯科医だけはたくさんあります。しかし、歯科衛生士さんの数は充足されていません。
平成28年末現在の就業歯科衛生士数は123,831人、そのうち90%10万人程度が診療所で働いています。つまり、7万件ある診療所1件当たりの歯科衛生士の数は1.5人程度なのです。
従来の、歯が痛くなったら治療するという昔のスタイル・・。このレベルの歯科医には、そもそも歯科衛生士さんは不要です。歯科医師のレベルも低いと言わざる得ません。もちろん、歯科衛生士のいないクリニックなどは論外です。
一方、予防治療を積極的に行っている歯科医には、歯に対する意識の高い患者さんが集まり自費診療率も高くなり、レベルの高い診療が提供されます。もちろん現場では、歯科医師だけでなく歯科衛生士も活躍し、自然と優秀な人材が集まってきます。歯科衛生士さんの数が一診療所あたり、1.5人と言いましたが、これはあくまで平均値であり偏在しています。(3人のクリニックもあれば0人のところも同数あるということ)
今後、優秀な歯科医院ではメンテナンスを中心に、歯科医と同様に歯科衛生士も同様に活躍していきます。具体的には、診療チェアを10台以上備えるような歯科クリニックが主流になるでしょう。そうなると、多くの患者さんが歯のメンテナンスを受けるようになり、一生涯口から食事がとれるように歯が残り、結果として糖尿病や認知症も予防することにつながるのです。
そのとき、主役となって働くのがこれからの歯科衛生士さんなのです。
5.歯科衛生士さんの前では認知症患者さんも素直になる
当院で歯科衛生士さんによる口腔内チェックを始めたところ、面白いケースを経験しました。若年性アルツハイマーの68歳の男性。認知症も相当進行していて、歯ブラシが何をするものかも理解できないので、自分では歯磨きができません。奥さんが歯を磨こうとすると口を閉じて抵抗、さらに無理に行おうとすると暴力をふるうほどです。結果、歯は磨けずに外来でも、口臭がわかるほどでした。
そこで、歯科衛生士さんに口腔ケアをお願いしました。当初は抵抗して、暴力を振るわないか心配していました。しかし、全く抵抗せずに大人しく素直に口を開けているのです。どうも認知症が進行しても、20歳代の歯科衛生士さんに対する優しさは残っているようです。(奥さんは、あまりの違いに少し不満顔でしたが・・)
6.提言:高齢者に関わる医療機関、介護施設はすべて歯科衛生士と連携した方がいい
実は、介護職も看護職も口腔ケアは行います。その内容は歯科衛生士さんによる口腔ケアに比べると口腔内の乾燥予防、汚れの除去、保湿が中心となります。歯自体や歯周病のチェックや治療までは行えません。昨今の、歯周病菌と全身疾患の関連が明らかになるなかで、医療機関や介護施設においても、定期的な歯科衛生士さんとの協力は不可欠になると思われます。
ますます歯科衛生士さんの需要は高まりますし、「口腔ケアに力を入れているか」が医療機関や介護施設選びにおいても優先事項の高いポイントになるでしょう。
7.まとめ
- 歯科衛生士さんは、これからの時代とてもお勧めな職業です。
- 専門学校への入学も比較的平易で、入学後真面目に勉強すれば国家試験もほぼ合格可能です。
- 歯周病が全身疾患であるという認識により、今後さらに活躍の場が広がると思われます。