私たちは、日々さまざまな利用者様とそのご家族と向き合いながら、医療・介護の現場を支えています。その中でどうしても感じずにはいられないのが、「介護はサービス業だ」と思っている方の多さ、そしてその結果としての“丸投げ”のような態度です。この記事では、現場で見えるリアルな実情と、医療・介護が本来持つ「社会資本」としての意味について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
目次
1.まるで高級ホテルのような振る舞い?
最近、介護施設や医療機関で見かける家族の中に、まるでホテルにでも来たかのような態度をとる方が増えている印象があります。たとえば、面会に来ても「自分たちは何もしない」、排泄や食事の介助も「職員がやるのが当然」という姿勢。さらには、「遅い」「まだ終わっていないのか」など、クレームまがいの発言が飛び交うこともあります。
しかし、はっきり申し上げます。医療や介護は“サービス業”ではありません。もちろん、私たちは接遇や言葉遣い、礼儀を大切にしています。しかし、提供しているのは「快適さ」ではなく、「命」と「生活」を守るためのケアです。そこに、「お客様だから全てお任せ」という感覚は、本来、存在しないはずなのです。
2.医療・介護は“社会資本”です
そもそも、医療・介護の現場は「社会資本」に支えられています。介護保険制度のもと、利用者の自己負担は原則1〜3割です。つまり、残りの7〜9割は、私たちが納めた税金や保険料によってまかなわれています。特別養護老人ホームなどでは、月額数万円〜十数万円で24時間体制のケアが受けられます。医療についても同様で、世界的に見ても極めて手厚い制度です。
それにもかかわらず、「お金を払っているのだからやって当然」というような感覚で、家族が一切の協力を拒むケースが増えているのは、制度の成り立ちや目的を完全に誤解している証拠ではないでしょうか。
この制度は、「支え合い」を前提としたものです。「利用する側」も、「社会全体で負担してもらっている」立場であることを忘れてはいけません。
3.家族が“何もしない”ことのリスク
「全部任せるから」「プロなんだから全部やって」という考え方は、一見スマートに見えるかもしれません。しかし、実は本人にとっても、施設にとっても、大きなマイナスになります。介護されるご本人にとって、最も心の支えになるのは“家族の存在”です。いくら私たちが専門職であっても、家族の代わりにはなれません。
ほんの少しの関わり——たとえば、車椅子を押す、声をかける、手を握る、そうした些細な行動が、本人の安心感や生活の質(QOL)に大きな影響を与えるのです。また、職員にとっても、家族の協力があることで業務の効率は大きく改善されます。忙しい現場の中で、「一言伝えてくれるだけでも助かる」という場面は、実際に多く存在します。
4.“自分ごと”として考える時代へ
これから日本は、ますます高齢化が進みます。医療・介護のリソースには限りがあります。今のように「施設がやってくれる」「行政がなんとかしてくれる」と思っていては、制度そのものが立ち行かなくなる日が来るかもしれません。医療や介護は、 「してもらうもの」ではなく、「みんなで支えるもの」です。「家族だからこそできること」「利用者だからこそ意識すべきこと」があるはずです。私たちは、家族のすべてを求めているわけではありません。ほんの少しの配慮や協力で、現場も、本人も、大きく変わるのです。
5.まとめ
医療や介護の現場は、今、見えない疲労と戦っています。その背景には、制度の誤解と、利用する側の“サービス業感覚”があります。しかし、医療・介護は社会の共有資産です。「自分たちが支えられている」ことを忘れず、感謝と配慮を持って利用してほしい。そう願うのは、現場で働く私たちの切なる声です。この記事が、少しでも多くの方に「考えるきっかけ」となれば幸いです。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。