先日、エレベータの前で乗るのを躊躇している親子がいました。声をかけると、中に蛾がいるので怖くて乗られないとのこと。自分が蛾を手で取って外に逃がしてやると、驚いた様子で御礼を言ってからエレベータに乗られました。
最近、感じるのは、「虫などを異常に毛嫌い・恐れる人」。そして、「異常なまでの清潔を求める人たち」です。彼らの行動は医学的に考えると、無意味であり、時に危険です。
そんなことをどうやって伝えればと思っていた時に、ドラマで始まったのが山下智久さん主演の「インハンド」です。主人公の専門が寄生虫学であるため、人間は多くの寄生虫、細菌、ウイルスと共存していることが良く分かります。今回の記事では、この人気ドラマ「インハンド」について、医学的な視点からご紹介します。
目次
1.ドラマ「インハンド」とは?
「インハンド」は、朱戸アオさんによる漫画が原作です。自分は、ドラマを見てから慌てて漫画を購入しました。現在、発売されているのは、「インハンドプロローグ」が1巻と2巻、「インハンド」が1巻のみです。自分ははまってしまって、「ネメシスの杖」と「インハンド 紐倉博士とまじめな右腕」も購入しました。
内容は、右手が義手になっている寄生虫専門の科学者が助手と女性官僚とともに、誰もが驚く科学的な方法で難事件を解決していく医療ミステリーです。2019年4月12日から主演は山下智久でTBS系「金曜ドラマ」で放送されています。
2.寄生虫学とは?
寄生虫学は、寄生虫と宿主、及びそれらの関係について探求する生物学の一分野です。我々も、学生の時は、実習で自分の便を題材にして実験をしたものです。
ちなみに、寄生虫はウイルスや細菌や真菌と同様に病原体の範ちゅうに含まれます。しかし、病原体のうち、ウイルス、細菌、真菌は微生物学で扱われます。
ただし現実の感染症では、簡単に分けることはできないため、寄生虫以外の分野の知識も必要となります。そのためドラマの中でも、寄生虫以外にも細菌、ウイルス、さらには他の疾患にも主人公は関与しています。
3.世界的に見れば、患者数は凄い
日本では、「寄生虫がまだいるの?」と思われる方が多いのではないでしょうか? しかし、寄生虫学が扱う疾患の中には、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases 以下NTDs)」があります。 NTDs は、WHO(世界保健機関)が「人類の中で制圧しなければならない熱帯病」と定義している18の疾患のことを指します。代表的な疾患に「リンパ系フィラリア症」、ドラマでも取り上げられた「シャーガス病」「デング熱」などがあります。世界149の国と地域で蔓延し、感染者数は約10億人にものぼるのです。
4.薬のロイヤリティの凄さ
ドラマの中で主人公は、虫刺されに苦しんでいる猿が背中をこすりつけていた木の成分を元に開発したかゆみ止めの薬で莫大な資産を築いています。
実は寄生虫学は患者数が圧倒的に多いため、薬を開発すれば世界中に素晴らしい貢献ができるのです。ノーベル賞を受賞した大村智教授が開発した抗寄生虫薬イベルメクチンは、熱帯地方の風土病オンコセルカ症(河川盲目症)およびリンパ系フィラリア症に極めて優れた効果を示し、中南米・アフリカにおいて毎年約2億人余りの人々に投与され、これら感染症の撲滅に貢献したのです。
ちなみに、大村博士は自身の所属する北里研究所が250億円のロイヤリティを受け取っています。ドラマの中の話は、現実に起こりうる話なのです。
5.人間は大いなる宿主である理由
人間は、寄生生物にとって格好の棲家です。
たとえばヒトの腸内に棲んでいる細菌の数は500兆〜1000兆個といわれています。人体を作る細胞は37兆個程度ですから、腸内細菌の数はその10倍以上に相当するのです。この数を知れば、少々の除菌、手洗いの無意味さが分かります。
細菌ではなく、寄生虫も、その種類は数百に達します。ダニやシラミのように体の表面に寄生して血を吸うものや、回虫や蟯虫のように内臓に入り込んで生きるものもいます。中には、目、脳に入り込むものまでいます。
寄生生物が、人体に与える影響もさまざまです。マラリア原虫のように多くの人命を奪ってきたものもいるし、それ自身には大きな危険性はなくても、病原体を運んで感染症を広げるツツガムシなどの寄生虫もいます。
一方、消化を助けたり、ビタミン類を合成したりするなど、人体にとって有益な腸内細菌も少なくありません。寄生生物に寄生されていることが、アレルギーなど各種疾患の発生を抑制しているケースもあるのです。
6.過剰な清潔は病気感染の可能性を増やす?
実は、過剰な清潔は病気を引き起こすとこもあります。
6-1.うがい薬は風邪を引きやすくする?
殺菌効果の強いうがい薬は、風邪をひきやすくすることもあります。皮膚や粘膜には「常在菌」がいて、外からの刺激から身体を守ります。しかし、強いうがい薬はのどの粘膜の常在菌を取り払うため、感染源が簡単に体内に入り込んでしまうのです。
6-2.洗いすぎが皮膚症状を引き起こす?
同様に皮膚にも常在菌がいて、肌を酸性にして外部の菌から守ってくれます。毎日の入浴で殺菌作用の強いせっけんを使うと、常在菌が溶けて流れてしまいます。すると角質がバラバラになり、水分が抜けてカサカサの肌になります。その角質のすき間に花粉やホコリなどが入り込むと、アレルギーやアトピーを発症する原因になります。
6-3.ウオッシュレットの使い過ぎにも注意
ウオッシュレットも同様です。肛門を洗いすぎると、肛門の常在菌がいなくなり、かえって炎症を起こしやすくなります。すると、さらに洗わずにいられなくなり、どんどん炎症がひどくなります。
7.まとめ
- ドラマ「インハンド」の主人公は寄生虫学を専門としています。
- 人間は、寄生虫をはじめ、細菌やウイルスと共存しているので、過剰な防御はかえって健康を損ねます。
- 寄生虫学は、幅広い医学知識を必要とするため、ドラマは、医師が見てもかなり楽しめます。