30年前、研修医の時代に、先輩医師から「日本では少ないが、欧米ではとても多い病気です」と教えられた疾患があります。閉塞性動脈硬化症です。当時は「そんな病気もあるんだ」と思った程度でしたが、現在は日常的に遭遇するようになりました。まさに病気も欧米化なようです。
このように一般的になった閉塞性動脈硬化症ですが、日常生活が維持されている患者さんには、積極的に検査・治療を行います。しかし、認知症が進行したり、75歳を超えた患者さんでは対応は困難です。対応方法を間違えると、患者さんをかえって苦しめることにつながります。今回の記事では、認定内科専門医の長谷川嘉哉が、閉塞性動脈硬化症に対する高齢者の特有の対応方法について解説します。
目次
1.閉塞性動脈硬化症とは?
人間の血液は、心臓を起点として、全身に流れます。その際に、最も大きな血管である大動脈は、胸部~腹部大動脈と名前を変え、その後左右に分かれて足に血流を送ります。閉塞性動脈硬化症は、足の血管の動脈硬化がすすみ、血管が細くなったり、詰まることで血流が維持できなくなる病気です。
その結果、足が冷えたり、痛みを感じます。典型的な症状としては、間欠性跛行(かんけつせいはこう)といって、歩き始めてしばらくすると、足の痛みやしびれで歩けなくなります。しかし休むと再び歩けるようになる症状です。さらに進行すると、安静時にも症状が出現します。
2.閉塞性動脈硬化症の頻度と特徴
私が研修医時代の30年前には珍しかった閉塞性動脈硬化症。以下のような特徴があります。
2-1.患者数は100万人越え!
現在、閉塞性動脈硬化症の患者数は、症状のある方で40〜50万人と考えられています。症状のない方が倍以上いると考えられ、全体では100万人以上の患者さんがいると推測されます。
2-2.半数以上が高齢者
仙台市のデータでは、74歳(調査対象となった高齢者の平均年齢)の住民のうち2%に閉塞性動脈硬化症が診断されたと報告されています。日本全体に置き換えると、2019年には、70歳以上の人口は、2700万人を超えています。発生頻度が2%と考えると50万人程度となります。つまり、閉塞性動脈硬化症の半数以上が70歳以上の高齢者と考えられるのです。
2-3.合併症が多い
動脈硬化症が進行する場合、足の血管だけが侵されることはありません。当然、全身の血管の動脈硬化が進行します。そのため、閉塞性動脈硬化症の患者さんの半分以上に高血圧、20〜30%に虚血性心疾患や脳血管障害を合併しています。また、動脈硬化症の原因とされる、糖尿病も30〜40%で合併しています。
3.高齢者の閉塞性動脈硬化症の症状
高齢になると、歩く機会自体も減りますし、活動性も減るため典型的な「間欠性跛行」を訴える患者さんは少ないのです。現実には、介護者が「足の色が悪い」、「足の傷が治らない」、「軽い打撲でも傷が大きくなる」といった変化に気が付くことが多いのです。
特に、冬場で足が冷えるようになると症状が出現しやすくなります。ひどくなると、皮膚が黒ずんで一部が腐ってくることさえあります。
4.高齢者に通常の診断方法は難しい
高齢者の閉塞性動脈硬化症の診断には以下の特徴があります。
4-1.検査・受診自体が難しい
通常、歩行ができるような方であれば、大きな病院の心臓血管外科を受診します、そこで超音波血流検査や下肢血管造影検査を行います。しかし、75歳を超える高齢者では、検査どころか受診自体が困難となります。
4-2.足の脈を確認しよう
病院を受診しなくても簡単に閉塞性動脈硬化症を診断する方法があります。それは、足の血管の脈に触れることです。まずは、足の付け根の鼡径動脈を触れてみます。患者さんによって、この段階で、脈が弱い方が見えます。左右で脈の差を見るとわかりやすくなります。次に、膝の後ろの膝窩動脈、そして足の甲の足背動脈を同様に脈を取ります。
脈がとりにくい場合は、そもそも閉塞性動脈硬化症が進行している可能性が高いのです。一度、自身の足の血管も触れてみるとよくわかると思います。
4-3.脈波を測定できる診療所も
病院にも受診できない、触診もはっきりしない場合は、脈波の測定も有効です。この機械ですと、開業医レベルでも設備されている診療所があります。この検査では、同時に四肢の血圧を測定します。正常では、腕の血圧に比べ、足の血圧が高くなります。逆に、足の血圧が低くなる場合に、閉塞性動脈硬化症を疑います。
5.治療方法は
日常生活が維持されているレベルの患者さんでは、カテーテル治療や血行再建手術を行います。しかし、全身状態の悪化した高齢者では困難です。
5-1.薬物治療
そのため、薬物療法として、血を固まりにくくする抗血小板療法を行います。具体的にはプロスタグランジンI2製剤(商品名:プロサイリン)を使ったり、アスピリン(商品名バイアスピリン)、クロピドグレル(商品名:プラビックス)、シロスタゾール(商品名:プレタール)などを使用します。
5-2.足の保温・清潔
足が冷えることで、足の血管はさらに収縮して血流が悪くなります。そのため、靴下、電気毛布、入浴での保温が大事です。夏場でも靴下の着用が有効です。傷が治りにくくなるので爪を切る際の深爪には要注意です。感染もしやすいので、水虫も早い段階で、軟膏で処置をしましょう。
5-3.低温やけどに注意
足を温めるための電気あんかや湯たんぽの使用には要注意です。患者さんは、熱さにも鈍感になっているため、低温やけどを起こしやすくなります。低温やけどは、通常のやけどよりも治りにくいこともありますので、周囲の方が注意をする必要があります。
6.高齢者への治療方法の考え方
高齢者の場合、閉塞性動脈硬化症だけを見るのではなく、年齢や全身状態も含めて対応することが大事です。
6-1.閉塞性動脈硬化症の予後は悪い
閉塞性動脈硬化症の5年生存率は、間欠性跛行を認める場合で70%前後、重症虚血肢では50%前後と予後は決して良くはありません。もちろん、閉塞性動脈硬化症以外にも、虚血性心疾患や脳血管障害の合併も予想されます。
*重症虚血肢:安静時の疼痛や潰瘍や壊死がみられるもの
6-2.切断がやむを得ない場合も
高齢者の場合、積極的な治療も行えない。しかし、足だけは徐々に腐ってしまうような状況も起こります。このような場合は、切断も考慮に入れます。全身状態が耐えうるような場合は、切断もやむをえません。放置することで、敗血症になってしまうと患者さん自身の苦痛も重くなってしまいます。
6-3.延命するような治療は考えもの
切断もできないほどの全身状態では、無用な延命は避けたいものです。食事がとれなくなっても、点滴などは不要です。以前に、ご家族から「点滴ぐらいはお願いします」と言われ、延命の意味合いが強い治療を行いましたが、足の壊死がどんどん悪化したこともありました。家族の間違った選択が、患者さんを苦しめてしまうこともあるのです。
7.まとめ
- 高齢者の場合、閉塞性動脈硬化症だけを見るのではなく、年齢や全身状態も含めて対応することが大事です。
- 下肢の壊死が進行した場合、全身状態によっては切断も考慮します。
- 切断にも耐えれない状態では、延命は避けるべきです。