認知症外来をしていると、本当に頭が下がるほど介護を頑張っている方に出会います。仕事を休む。旅行にも行かない。友人にも会わない。夜中も何度も起きる。そして、最後には、「先生、仕事を辞めました。これで母の介護に専念できます」とおっしゃる方までいます。
周囲から見れば、「なんて親孝行な娘さんだろう」と思うかもしれません。しかし私は、その言葉を聞くと心配になります。そして時には、あえてこうお聞きします。「そこまで介護する必要がありますか?」少し厳しい言い方に聞こえるかもしれません。
しかし、親の介護のために仕事を辞めれば、収入を失います。自分の老後資金も減ります。夫婦の時間も、子どもとの時間もなくなっていくかもしれません。しかも認知症介護は、半年頑張れば終わるというものではありません。5年、10年と続くこともあります。果たして、自分の人生をそこまで犠牲にすることを、元気だった頃の親御さんは望んでいたのでしょうか。今回は、「介護はどこまで頑張ればいいのか」について考えてみたいと思います。
目次
第一章 「私がやらなければ」で、自分の人生まで失わないでください
ある娘さんが、認知症のお母さんを自宅で介護していました。最初は仕事を続けながら介護していました。しかし、お母さんはデイサービスを嫌がる。ヘルパーも嫌がる。ショートステイも嫌がる。娘さんは、「本人が嫌がることはしたくありません」と言います。
そのため、病院への付き添い、食事、服薬管理、排泄介助、夜間の対応まで、すべて自分で背負うようになりました。そして、ついには仕事を辞めてしまったのです。私はこういう方を見るたびに思います。介護者が優しすぎるのです。
親が嫌がるから、自分が我慢する。施設はかわいそうだから、自分が頑張る。しかし、それを続ければ介護者の人生そのものが失われていきます。そんな時、私はよく尋ねます。「もし立場が逆だったら、どうですか?」自分が80歳、90歳になり、認知症になった。そのために娘が仕事を辞め、旅行にも行かず、友人とも会わず、毎日自分の排泄介助をしている。「それを望みますか?」多くの方は、「絶対に嫌です」と答えます。
私は、そこに答えがあると思っています。親を大切にすることと、自分の人生を犠牲にすることは同じではありません。
第二章 介護保険は「家族が楽をする制度」ではありません
かつて日本では、「介護は家族がするもの」という考え方が強くありました。特に、お嫁さんや娘さんなど、女性が介護を背負うケースが少なくありませんでした。しかし高齢化が進み、それでは家族がもたなくなった。そこで2000年に介護保険制度が始まりました。その根底にある考え方は、「介護を家族だけで抱えず、社会全体で支える」というものです。
デイサービス、訪問介護、ショートステイ、訪問看護、そして施設。これらは決して「家族が楽をするためのサービス」ではありません。家族の人生を守りながら、介護を続けるための仕組みなのです。ところが制度は令和になっても、介護する側の意識が昭和のままということがあります。「親の介護を他人に任せるなんて」「施設に入れるなんてかわいそう」「自分が頑張れば済むことだから」そう考えてしまう。
しかし、プロに介護を任せることは、親を捨てることではありません。私はむしろ、「家族を、最後まで家族のままにしておくために、介護そのものはプロにも任せる」という考え方が大切だと思っています。介護者が疲れ切って、親子が毎日怒鳴り合う関係になるより、デイサービスや施設を利用しながら、会った時には笑顔で話せる。その方が、ずっと良い親子関係ではないでしょうか。
第三章 良い介護は「どれだけ犠牲にしたか」では決まりません
介護をしている方は、ともすると「どれだけ頑張ったか」で愛情を測ってしまいます。毎日介護した。施設には入れなかった。最後まで自宅で看た。もちろん、それが本人にも家族にも幸せなら素晴らしいことです。しかし、介護者が疲れ切って毎日親に怒っている。仕事も辞めた。夫婦関係も悪くなった。子どもとの時間もなくなった。
それでも「最後まで自宅で介護した」から成功なのでしょうか。私は違うと思います。デイサービスへ行って本人が笑っている。その間に娘さんは仕事へ行く。時には友人と食事をする。ショートステイを使って夫婦で旅行をする。そして帰ってきた時に、また優しい気持ちで親と向き合える。その方が良い介護だと私は思います。
認知症介護では、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。介護者の自己犠牲と、認知症の方の幸せは比例しません。介護者が苦しめば苦しむほど、良い介護になるわけではないのです。だから迷った時には、一度だけ考えてみてください。「自分が親だったら、子どもにそこまでしてほしいだろうか?」仕事を辞めてほしいでしょうか。人生を諦めてほしいでしょうか。
私は嫌です。必要ならデイサービスへ行く。必要なら施設にも入る。その代わり、子どもには子どもの人生を生きてほしい。多くの親御さんも、元気な頃なら同じように答えるのではないでしょうか。
おわりに 昭和の介護から、令和の介護へ
介護は、頑張れば頑張るほど偉いものではありません。仕事を辞めたから立派なのでも、最後まで自宅で看たから成功なのでもありません。大切なのは、介護する人自身の人生も守りながら、親との関係を最後まで続けることだと思います。デイサービスを使ってください。ヘルパーを使ってください。ショートステイも使ってください。必要なら施設も利用してください。そして、できる限り仕事を続けてください。友人にも会ってください。旅行にも行ってください。あなた自身の人生を生きてください。
それは決して親不孝ではありません。もし元気だった頃の親御さんに聞けば、「私のために、あなたの人生まで捨てないで」そう言ってくれるのではないでしょうか。介護で迷った時は、「自分なら、子どもにそこまでしてほしいか?」と考えてみてください。
介護保険という制度は、介護者が人生を犠牲にしなくても済むようにつくられた制度でもあります。介護は一人で背負うものではありません。家族だけで背負うものでもありません。昭和の介護から、令和の介護へ。制度だけでなく、私たち自身の介護に対する考え方も、そろそろ変えていいのではないでしょうか。

認知症専門医として毎月1,000人の患者さんを外来診療する長谷川嘉哉。長年の経験と知識、最新の研究結果を元にした「認知症予防」のレポートPDFを無料で差し上げています。