私の認知症専門外来で、この2週間で2例ほど、超困難事例に遭遇しました。月に1000人の患者さんを診ていますが、一定数の超困難事例があるのです。このような方は周辺症状が強く、常に介護を要します。そのため介護サービス側としても一人介護者が取られてしまいます。そのため、介護サービスからも利用を断られます。
この状況では、介護施設の入所も不可能です。この場合、精神科入院が考えられますが、運動機能が落ちていると入院を断られます。こうなると家族はお手上げです。介護者も今にも倒れそうです。そんな時は、我々認知症専門医も、やむを得ず患者さんに窒息や骨折のリスクがあるにも関わらず薬を使用せざるを得ません。
今回の記事では、本当の現場における認知症の超困難事例について、認知症専門医である長谷川嘉哉がご紹介します。
目次
1.認知症の超困難事例とは?
認知症の超困難事例とは、家族への過剰な負担を強いる状態です。具体的には以下の様です。
1-1.常に介護を要する
人間は、生活をするうえで、入浴、更衣、移動、排尿・排便、食事の5つの要素が必要です。超困難事例では、これらすべてに介護を要します。特に夜間に1時間おきに尿意を催し、その度に介護を要するケースもあります。さらに、一晩中歩き回っているケースもあります。こうなると、介護者は睡眠もとることもできません。
1-2.認知機能が進行し周辺症状が伴う
超困難事例では認知機能は極めて悪化しています。1分前の事も忘れるため、同じ話、質問を繰り返します。時に、食事をした後に、「食事をしていない!」と強く主張することもあります。さらに、周辺症状として、幻覚、被害妄想、易怒性、介護抵抗が現れると、在宅介護も限界に近づきます。
1-3.運動機能障害を合併する
通常の認知症は、運動機能は比較的保たれることが多いものです。しかし、認知症の超困難事例では運動機能も悪化します。動き回ろうとする割に、歩行は不安定で目が離せません。介護者は一時も目が離せない状態なのです。
2.介護現場も大変
これほどまでに介護負担を強いられる認知症の超困難事例。しかし、介護サービスを利用することもできません。
2-1.介護者が一人取られる
家族が困っていることは、介護事業所も十分理解できます。しかしデイサービスなのでは、認知症の超困難事例の利用者さんがいると、一人の介護者さんが専任で対応する必要があります。頻回にトイレに行く、眼を放すと外に出ていこうとする、歩行は不安定で転倒の危険が高い、食事の際は介助を要する。そのため、1週間の利用日数も制限せざるを得なくなります。
2-2.ショートステイも断られる
ご家族にとっては、一晩でもショートステイで預かってもらいたいものです。しかし、ショートステイの夜間体制は利用者さん20人につき介護者は1人体制です。その状態で、1時間おきのトイレ介助、徘徊ではとても対応できません。残りの19名の方の介護もできなくなってしまいます。そのため、ショートステイからも断られるケースが殆どです。
2-3.そもそも、介護サービスを拒否
これほどに苦労してデイサービスやショートステイが対応しても、そもそも患者さん自身が介護サービスの利用を強く拒否することも多く見られます。こうなると、ご家族は完全にお手上げで、精神的にも肉体的にも限界になってしまいます。
3.対策
このようなケースは、医学的な対応も重要となります。
3-1.周辺症状には、薬で対応
一般的に、認知症の周辺症状は、薬の調整・追加でコントロールが可能です。アクセル系の抗認知症薬を中止し、ブレーキ系のメマリー、抑肝散、抗精神病薬を使用することで大部分の患者さんは、介護負担が激減します。詳しくは、以下の記事も参考になさってください。
3-2.クスリでコントロールできないケースも
しかし、薬の調整・追加でもどうしてもコントロールできないケースもあるのです。このような場合、薬を加えても、夜間徘徊がなくならない、介護抵抗も強く、被害妄想も残ってしまうのです。さらに薬を増やすと、ふらつきや意識混濁が強くなり、薬も少なく使用するしかないのです。
3-3.精神科入院も検討
薬でもコントロールできないと、在宅生活は不可能です。しかし、この状態では介護施設入所も不可能です。こうなると、精神科入院も検討することになります。
4.精神科入院も対応できないケース
家族介護も限界になり、介護施設からも断られ、薬でのコントロールでも対応できないと、最後にすがる思いで精神科入院をお願いします。しかし、以下の場合は精神科からも断られます。
4-1.運動機能障害が強い患者さん
精神科の場合、運動機能が保たれていれば、夜間でも自由に徘徊させています。しかし、運動機能が落ちていて歩行が不安定ですと、精神科病棟での対応は困難となります。
4-2.内科的疾患のフォローが必要な患者さん
さらに、高血圧・糖尿病・高脂血症など内服薬のみで管理ができれば、精神科でも対応が可能です。しかし、インスリン自己注射、在宅酸素、透析、ストーマ―、自己導尿など特殊な内科的管理が必要なケースでは精神科病棟での対応は困難となります。
4-3.部屋が空いていない
運動機能が維持されていて、内科的な管理が不要であれば、精神科入院も可能となります。そのため、最近では精神科に入院する認知症患者さんも増えています。そのため、精神科病棟が満床であるケースも多くなっています。
5.最終手段は
家族介護も限界になり、介護施設からも断られ、薬でのコントロールでも対応できない、精神科入院も断られるとなす術がありません。
5-1.抗精神病薬を増やす
こうなると、ご家族と相談して、薬を増やします。この状態では、すでにメマリーも抑肝散も使用しています。抗精神病薬を増やすしかありません。
5-2.肺炎・窒息のリスクも
その結果、活動性が低下して寝ていることが多くなります。その結果、食事量が減ったり、ムセることも増えてきます。時には、誤嚥性肺炎や窒息のリスクも増えてきます。
5-3.転倒・骨折のリスクも
薬で抑制しても動こうとして転倒骨折することもあります。認知症の困難事例では入院手術リハビリもできませんから、このまま寝たきりになる可能性も増えてきます。
以上をご家族にご説明すると、ほぼ全員が薬による抑制を望まれます。人によっては批判もあるかもしれませんが、現状の医療制度では他になす術がないのです。これを選択されるご家族も、極限まで追いつめられたお気持ちであり、現実なのです。
6.まとめ
- 世の中には、家族介護も限界になり、介護施設でも対応できない認知症の超困難事例が存在する。
- 超困難事例は、精神科の入院さえも断られる。
- 最終手段は、ご家族にも了承を得てから、窒息・骨折のリスクを承知した上で抗精神病薬を増量する。