先日、急激に進行する認知症患者さんで、家族が入所をためらっているうちに、どこの施設からも入所を断られるケースがありました。主治医として、ご家族には診察のたびに入所を進めていたのですが、説得しきれませんでした。「できるだけ自宅で見てあげたい」というご家族の気持ちを思うと、強く言いきれなかったのです。
日々、認知症の患者さんを診ていると、自宅での介護が困難になるケースはおおよそ想像できます。今回の記事では、月に1000名の認知症患者さんを診察している長谷川嘉哉が、入所をためらってはいけないケースについてご紹介します。
目次
1.認知症が急激に進行するとは?
認知症患者さんの症状が急激に進行するとは、以下のような状態をさします。
1-1.半年から1年で進行する
初診で来院された患者さんの多くが質問されます。「急激に進行することがあるでしょうか?」。実は、初診の段階では明言できません。しかし、初診から半年たつとおおよその見当がつきます。つまり、進行するケースは初診から半年で急激に進んでしまうことが多いのです。逆に、5〜6年進行していない患者さんが急激に進行することは少なく、仮に進行しても緩やかな悪化を示します。
1-2.周辺症状の進行で介護者を困らせる
急激に進行する場合、物忘れを中心とした中核症状よりも周辺症状が問題になります。周辺症状とは、幻覚・妄想・暴力行為、介護抵抗など、介護者を悩ませるものです。詳細は以下の記事も参考になさってください。
1-3.運動機能の低下がみられる
通常、典型的なアルツハイマー型認知症では、運動機能は保たれます。しかし、急激に進行するケースでは、歩行障害などの運動機能も悪化します。実は、その一因に、周辺症状に対する薬の副作用も原因となりますが、介護のためには運動機能の低下に目をつむってでも使用せざるを得ないのです。
2.なぜ家族は躊躇する?
なぜ、ご家族は入所に躊躇するのでしょうか?専門医としては、すぐに入所できるわけではないので、とりあえず申込みだけしてから悩んでほしいものです。
2-1.できるだけ家で見てあげたいという気持ち
当たり前ですが、自分の家族をできるだけ自宅で見てあげたいのは当たり前です。しかし、逆も考えてみませんか? もし自分自身が、認知症になった際、家族に負担をかけてまで自宅で生活したいですか?
2-2.実は、入所を真剣に検討していない
実は、多くのケースでは、「要介護者さんを入所させるか否か?」を真剣に検討していません。主たる介護者の多くは、配偶者であることが多く、自分が倒れてでも自宅で介護することを当たり前と考えているのです。そんな主たる介護者がいると、子供たちも心配をしていても他人事です。介護者が倒れてからようやく、子供たちが真剣に動き始めることが多いのです。
2-3.ケアマネの動きが悪い
ケアマネージャは、在宅サービスの調整をすることで報酬をもらっています。つまり、積極的に施設入所を薦めることは、自分の仕事を失うことを意味します。そのため、介護者がどれだけ大変になっても、在宅サービスだけで対応しようとするのです。専門医としては、やはり在宅介護には限界があることを学んでほしいものです。
3.施設に断られる患者さんの特徴とは
施設に、入所を断られる患者さんには以下のような特徴があります。
3-1.徘徊をしてしまう人
徘徊など、歩き回る患者さんの場合は、介護者一人が頻回に介助に取られてしまいます。介護事業所は、ギリギリで運営しているためなるべくその対応はしたくないのです。特に、徘徊が夜間に起こる場合は、断られる可能性が高くなります。
3-2.介護抵抗をする人
認知症が進行すると、生活すべてに介護が必要となります。食事、着衣、トイレ、入浴介助などです。これらの介助の際に、抵抗する患者さんがいます。やはり、他人に何かされることへは、本能的に抵抗してしまうのです。中には、介護者さんに噛みついてしまう方さえいらっしゃるのです、こうなると入所を断られる可能性が高くなります。
3-3.他の利用者さんへの問題行動を起こす人
患者さんの中には、他の利用者にセクハラ行為をしたり、暴力をふるってしまう方もいらっしゃいます。こうなると、施設としてはとても受け入れることは難しくなります。
3-4.服薬を拒否する人
以上のような、行動を抑えるためには服薬によるコントロールが重要になります。しかし、服薬拒否といってまったく薬を飲んでくれない方がいます。口に含んでも、吐き出してしまう。こうなると、完全にお手上げです。
3-5.若年性で発症した人
実は、ご紹介したようなケースは、65歳未満で発症する方に多く見られます。そのため、若年発症の認知症患者さんは、最初から断わる施設もあるのです。
4.早めに入所するメリット
認知症が進行している患者さんの場合、「まだ診れるかな?」と感じている状態で入所することがコツです。早めに入所することで以下のようなメリットがあります。
4-1.本人が施設に慣れる
認知症の程度が軽いほど、患者さん自身が短期間で施設に慣れてくれます。具体的には、認知症の側頭葉機能を評価するMMSE(Mini-Mental State Examination 、ミニメンタルステート検査)が、30点満点で10点台の方までなら、問題なく施設に慣れてくれます。しかし、10点を切ってくると、入所後も対応に苦慮することが増えてきます。
4-2.施設も利用者さんに慣れる
早い段階での入所の方が、施設側も利用者さんの特徴を把握することができ、適切な対応ができます。例えば、食事の好き嫌い、トイレ誘導が必要な際の雰囲気、言葉がけの方法などになります。
4-3.適切な介護対応ができる
自宅での介護には限界があります。特に、進行した場合は排便コントロールが重要になります。排便コントロールが悪いために、さらに問題行動が増えることも多々あるのです。そのためには、食事や水分の工夫、緩下剤や座薬の利用、時には座薬、浣腸、摘便も必要になります。こうなると、在宅では難しくなるのです。
5.入所してから悪化した場合の対応は?
多くの施設では、入所してから症状が進行した場合は、何とか対応してくれます。介護方法を試行錯誤したり、時に薬の力を借りたりと、その献身的な対応には頭が下がります。一方で、入所前から、対応が難しい利用者さんの受け入れは、難色を示されます。やはり、症状が進行する前の状況が分からないと、対応も難しいのです。そのためにも、躊躇せず早めの入所をお勧めするのです。
ご家族によっては、「本人が入所を拒否するのでは?」と心配されることがあります。しかし、この心配は、ご家族がすることではありません。ご家族は、ただ入所を決断してくれさえすれば良いのです。入所してからの対応は、施設が行います。なにしろ、喜んで入所する方など誰もいないのですから・・。
6.お薦めの施設
急激に進行する患者さんのご家族が入所を決断した場合、どんな施設を選べばよいのでしょうか?
6-1.グループホーム
最もお薦めな施設は、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)です。その名の通り、認知症に特化しており、1ユニット9名の小規模な定員で介護しますので、患者さんにも細やかな対応が可能です。要支援2から入居が可能です。ただし、運動機能が低下して身体介護が必要な場合は、適応外になることが多くなります。
6-2.特別養護老人ホーム・老人保健施設
認知症だけでなく、身体介護が必要になった場合は、特養や老健を検討します。ただし特養は介護度3以上でないと入所できません。老健は、介護度が3以下でも入所は可能ですが、入所期間が原則3か月になります。(介護状況に応じて延長も可能)。しかし、いずれの施設も待機者が多いため、入所まで2〜3年かかることも珍しくありません。
6-3.精神科入院も検討
介護抵抗が強く、服薬拒否も強く、問題行動もコントロールできない場合は、介護施設での対応は不可能です。このような場合は、精神科への入院を検討します。その際は、ケアマネでなく主治医に精神科への紹介状を書いてもらう必要があります。当院でも、年に数例は精神科病院への入院をお願いすることがあります。
7.まとめ
- 認知症の中には、急激に進行するケースがあります。
- その場合、入所を躊躇っていると、どこの施設も受け入れてくれないことになります。
- 施設は、入所してからの悪化は、施設も対応してくれますので、「まだ早い?」段階での入所がお勧めです。