徘徊したうえ線路内に立ち入り、列車にはねられ死亡した91歳の認知症患者のAさんを、私ならどう対応するか紹介します。
まずは、徘徊・介護への抵抗といった周辺症状が出現した時点で薬でのコントロールをします。周辺症状の治療は、中核症状の治療よりも効果があります。通常は、漢方の抑肝散、メマリー、さらに抗精神病薬少量投与を行います。私の経験では、通常2/3はコントロールすることができます。認知症は物忘れで困るわけではありません。徘徊や幻覚、妄想といった周辺症状で困るのです。周辺症状をコントロールできればかなりの方は自宅での介護が可能なのです。
しかし、残念ながら周辺症状のコントロールができない場合は、先回紹介したように専門医としてドクターストップをかけて入所を薦めます。もちろん通常の介護施設では受入れ困難ですから、精神科病院への入院を進めます。この場合は、医師による紹介状が必要となります。
以上のような流れが、認知症専門医としての診断と対応です。途中、患者さんの状態等をしっかり説明すれば、Aさんの家族のように間違った選択をすることもなかったと思われます。少なくとも、私が主治医であれば今回の事件は起こらなかったと断言できます。
ところで今回の裁判で全く登場しないのが、Aさんの主治医です。経過からすると、認知症の専門医ではないと推察されます。しかし専門でないといって、責任が回避されるのでしょうか?もし私の患者さんが、消化器系の異常を訴えれば専門外であっても専門医に紹介する義務があります。それを怠れば、当然ながら責任を問われることになります。今回のケースでも、主治医として十分な家族への説明・対応・専門医への紹介義務が行われたとは思えません。やはり、認知症患者さん800万人越えの時代、非専門医でも最低限の知識は持っていただきたいものです。